上 下
20 / 45
3

思うようにはいかない

しおりを挟む
 侯爵邸に二人を乗せた馬車が帰ってくると、凛花付きの侍女が慌てた様子で出迎えに現れた。
「お客様がおいでですが、いかがいたしましょう?突然の事で私共も困惑している所なのですが……。」
「客?」
 侍女はダニエルに向かって頭を下げるとそのままの姿勢で答えた。
「はい、カテリーナ殿下がダニエル様に会いたいと…。申し訳ございません。」
「……」
「あら、王宮で入れ違いになったのかしら?」
「いや、きっと何か耳にしたんだろう。」
 
──何か…ってより、婚約の話が耳に入ったとした考えられないよね?これってもしかして……修羅場?

「私、部屋に戻っておくから。」
 ダニエルへの来客というのだから遠慮しておこうと凛花が侍女にそう伝えると、ダニエルに腕をグッと引かれた。
「傍にいろと言ったはずだ。」
「ダニエル?」
 侍女が興奮した様子を隠しもせず視線を向けてくるのが分かり、凛花はいろいろと言いたいことがあったのだが我慢する事にした。
「婚約者が自分以外の女性と二人きりになっても平気なのか?」
「……いや、言い方!何かおかしくない?」
「リンカ、一度でいいからカテリーナ殿下にもお前の口から一言言って欲しいんだが…。」
「何…を?」
 聞き返したことを早くも悔やみながら、凛花はダニエルに腕を引かれて強制的に応接室に向かっていた。扉を開く直前にダニエルが凛花の耳に顔を寄せて囁きかける。
「俺を愛してる……と。」

 開いた扉の向こうで、ソファーに座っていたカテリーナ王女が腰を浮かせようとして鬼の形相で凛花を睨んでいるのが目に入った。

──うわ、扉を開けるタイミングまで全て計算した上でやってる?凄い!…というかダニエル酷い…。

「カテリーナ殿下、わざわざお越しくださいましたようで。」
 カテリーナ王女に向かい義務的な笑みを浮かべるとダニエルは凛花の手を握り見せつけるように肩を引き寄せた。
 カテリーナ王女は先程からワインレッドのドレスとお揃いの扇子を手折らんばかりにきつく握りしめて凛花を見据えている。

──私、王女殿下に目だけで殺されそうなんですけど…。お願いだから煽らないで。

「……どういうことなの?」
「…と、言われましても?」
 妙に低く抑えられたカテリーナ王女の声が却ってその怒りをあらわしているようだ。
「出会って間もないそんな怪しげな女を婚約者にしたいとはどういうことなのかと聞いているの。」
「……」
「婚約届を出したら私の言うことに従わなくても良いとでも?」
「殿下、私は以前から何度も申し上げております通り──。」
「知ってるわ!でも私が欲しいのはダニエルであってお兄様ではない!」

 凛花はそっとダニエルを横目で窺った。先程からダニエルは顔色ひとつ変えていないようだが…。今の言葉を聞く限り、王女殿下はかなり我を失っていらっしゃる…。部屋に入ってきて挨拶もなくいきなりこれではたまったもんじゃない。

──カテリーナ殿下、ブラコン?実の兄とは結ばれないからよく似たダニエルを?そんなまさか…ね。

「私の事を顔で選んだのではないとでも仰いたいのですか?」
「もちろんよ。貴方がお兄様の代わりを務めていたあの頃からずっとなのよ?知っているでしょう?」
 ダニエルは凛花をソファーに座らせると、自らは立ったままで話を続けた。
「王宮で殿下が見ていた私の姿は、本来の私の姿ではありません。ですから殿下は何か勘違いをなさっているのでは?」
「王宮の外で会うよう何度も声をかけたのに応えてくれなかったのはダニエルの方でしょう?」
「王宮の外でお会いするにはの姿は目立ちすぎます。お分かり頂けますね?」

 カテリーナ王女はようやく表情を元に戻すと、何かぼんやりと考え始めた。

「どうして?世間では誰もが貴方は私との婚約を望んでいると噂しているのよ?目立った所で平気じゃない?」

 確かに凛花がグランディ伯爵夫人から話を聞いた時もそう言われた。あの時はダニエルが外堀を埋められていると感じたものだが……。

「その世間の人々は私がカテリーナ殿下の横に並んだ姿を見た事は無いはずです。それに、フィルと私が並んだ姿も見せた事はありません。全ては噂話の域です。」
「だから何だと言うの?」
 ダニエルは凛花を見下ろすと、カテリーナ王女ではなく凛花に向かって言い聞かせるように話し出した。
「私は王太子殿下の影武者として自分を殺して生きる事は三年前にもう辞めました。だからと言ってフィルやカテリーナ殿下の隣に堂々と並ぶ事は出来ないのです。幾ら髪の色を変えたとしても…。」
「……影武者の役目が終わってもダニエルは公の場に出る気はないのね…。」
 ダニエルは凛花の隣りに腰を下ろすと少し表情を緩めた。
「リンカ、それは少し違う。俺を俺として見てくれる人の為ならば厭わないよ。」
「ダニエル!私だって降嫁したら王族ではなくなるわ?王女では駄目でも侯爵夫人ならば問題ないじゃない?一体その女と何が違うというのよ?」
「カテリーナ殿下…。」
「気持ちの問題というのは口では上手く説明することが出来ませんが。殿下も既にお気付きなのでしょう?」
 カテリーナ王女はグッと唇を噛みしめ、凛花の肩に回されたダニエルの手を睨みつけた。
「やっと、本当の自分だけを見てくれる人に出会えたんです。離したりしません。」
「ディー!酷いわ!」

──え?今カテリーナ殿下、ダニエルの事ディーって呼んだ……?ディー?
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。

石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。 いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。 前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。 ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

追放された公爵令嬢はモフモフ精霊と契約し、山でスローライフを満喫しようとするが、追放の真相を知り復讐を開始する

もぐすけ
恋愛
リッチモンド公爵家で発生した火災により、当主夫妻が焼死した。家督の第一継承者である長女のグレースは、失意のなか、リチャードという調査官にはめられ、火事の原因を作り出したことにされてしまった。その結果、家督を叔母に奪われ、王子との婚約も破棄され、山に追放になってしまう。 だが、山に行く前に教会で16歳の精霊儀式を行ったところ、最強の妖精がグレースに降下し、グレースの運命は上向いて行く

婚約破棄後のお話

Nau
恋愛
これは婚約破棄された令嬢のその後の物語 皆さん、令嬢として18年生きてきた私が平民となり大変な思いをしているとお思いでしょうね? 残念。私、愛されてますから…

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。

石河 翠
恋愛
婚約者に婚約破棄をつきつけられた公爵令嬢のマーシャ。おバカな王子の相手をせずに済むと喜んだ彼女は、家に帰る途中なんとも不細工な猫を拾う。 助けを求めてくる猫を見捨てられず、家に連れて帰ることに。まるで言葉がわかるかのように賢い猫の相手をしていると、なんと猫の中身はあの王太子だと判明する。猫と王子の入れ替わりにびっくりする主人公。 バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。 もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。

処理中です...