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思うようにはいかない
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侯爵邸に二人を乗せた馬車が帰ってくると、凛花付きの侍女が慌てた様子で出迎えに現れた。
「お客様がおいでですが、いかがいたしましょう?突然の事で私共も困惑している所なのですが……。」
「客?」
侍女はダニエルに向かって頭を下げるとそのままの姿勢で答えた。
「はい、カテリーナ殿下がダニエル様に会いたいと…。申し訳ございません。」
「……」
「あら、王宮で入れ違いになったのかしら?」
「いや、きっと何か耳にしたんだろう。」
──何か…ってより、婚約の話が耳に入ったとした考えられないよね?これってもしかして……修羅場?
「私、部屋に戻っておくから。」
ダニエルへの来客というのだから遠慮しておこうと凛花が侍女にそう伝えると、ダニエルに腕をグッと引かれた。
「傍にいろと言ったはずだ。」
「ダニエル?」
侍女が興奮した様子を隠しもせず視線を向けてくるのが分かり、凛花はいろいろと言いたいことがあったのだが我慢する事にした。
「婚約者が自分以外の女性と二人きりになっても平気なのか?」
「……いや、言い方!何かおかしくない?」
「リンカ、一度でいいからカテリーナ殿下にもお前の口から一言言って欲しいんだが…。」
「何…を?」
聞き返したことを早くも悔やみながら、凛花はダニエルに腕を引かれて強制的に応接室に向かっていた。扉を開く直前にダニエルが凛花の耳に顔を寄せて囁きかける。
「俺を愛してる……と。」
開いた扉の向こうで、ソファーに座っていたカテリーナ王女が腰を浮かせようとして鬼の形相で凛花を睨んでいるのが目に入った。
──うわ、扉を開けるタイミングまで全て計算した上でやってる?凄い!…というかダニエル酷い…。
「カテリーナ殿下、わざわざお越しくださいましたようで。」
カテリーナ王女に向かい義務的な笑みを浮かべるとダニエルは凛花の手を握り見せつけるように肩を引き寄せた。
カテリーナ王女は先程からワインレッドのドレスとお揃いの扇子を手折らんばかりにきつく握りしめて凛花を見据えている。
──私、王女殿下に目だけで殺されそうなんですけど…。お願いだから煽らないで。
「……どういうことなの?」
「…と、言われましても?」
妙に低く抑えられたカテリーナ王女の声が却ってその怒りをあらわしているようだ。
「出会って間もないそんな怪しげな女を婚約者にしたいとはどういうことなのかと聞いているの。」
「……」
「婚約届を出したら私の言うことに従わなくても良いとでも?」
「殿下、私は以前から何度も申し上げております通り──。」
「知ってるわ!でも私が欲しいのはダニエルであってお兄様ではない!」
凛花はそっとダニエルを横目で窺った。先程からダニエルは顔色ひとつ変えていないようだが…。今の言葉を聞く限り、王女殿下はかなり我を失っていらっしゃる…。部屋に入ってきて挨拶もなくいきなりこれではたまったもんじゃない。
──カテリーナ殿下、ブラコン?実の兄とは結ばれないからよく似たダニエルを?そんなまさか…ね。
「私の事を顔で選んだのではないとでも仰いたいのですか?」
「もちろんよ。貴方がお兄様の代わりを務めていたあの頃からずっとなのよ?知っているでしょう?」
ダニエルは凛花をソファーに座らせると、自らは立ったままで話を続けた。
「王宮で殿下が見ていた私の姿は、本来の私の姿ではありません。ですから殿下は何か勘違いをなさっているのでは?」
「王宮の外で会うよう何度も声をかけたのに応えてくれなかったのはダニエルの方でしょう?」
「王宮の外でお会いするには私たちの姿は目立ちすぎます。お分かり頂けますね?」
カテリーナ王女はようやく表情を元に戻すと、何かぼんやりと考え始めた。
「どうして?世間では誰もが貴方は私との婚約を望んでいると噂しているのよ?目立った所で平気じゃない?」
確かに凛花がグランディ伯爵夫人から話を聞いた時もそう言われた。あの時はダニエルが外堀を埋められていると感じたものだが……。
「その世間の人々は私がカテリーナ殿下の横に並んだ姿を見た事は無いはずです。それに、フィルと私が並んだ姿も見せた事はありません。全ては噂話の域です。」
「だから何だと言うの?」
ダニエルは凛花を見下ろすと、カテリーナ王女ではなく凛花に向かって言い聞かせるように話し出した。
「私は王太子殿下の影武者として自分を殺して生きる事は三年前にもう辞めました。だからと言ってフィルやカテリーナ殿下の隣に堂々と並ぶ事は出来ないのです。幾ら髪の色を変えたとしても…。」
「……影武者の役目が終わってもダニエルは公の場に出る気はないのね…。」
ダニエルは凛花の隣りに腰を下ろすと少し表情を緩めた。
「リンカ、それは少し違う。俺を俺として見てくれる人の為ならば厭わないよ。」
「ダニエル!私だって降嫁したら王族ではなくなるわ?王女では駄目でも侯爵夫人ならば問題ないじゃない?一体その女と何が違うというのよ?」
「カテリーナ殿下…。」
「気持ちの問題というのは口では上手く説明することが出来ませんが。殿下も既にお気付きなのでしょう?」
カテリーナ王女はグッと唇を噛みしめ、凛花の肩に回されたダニエルの手を睨みつけた。
「やっと、本当の自分だけを見てくれる人に出会えたんです。離したりしません。」
「ディー!酷いわ!」
──え?今カテリーナ殿下、ダニエルの事ディーって呼んだ……?ディー?
「お客様がおいでですが、いかがいたしましょう?突然の事で私共も困惑している所なのですが……。」
「客?」
侍女はダニエルに向かって頭を下げるとそのままの姿勢で答えた。
「はい、カテリーナ殿下がダニエル様に会いたいと…。申し訳ございません。」
「……」
「あら、王宮で入れ違いになったのかしら?」
「いや、きっと何か耳にしたんだろう。」
──何か…ってより、婚約の話が耳に入ったとした考えられないよね?これってもしかして……修羅場?
「私、部屋に戻っておくから。」
ダニエルへの来客というのだから遠慮しておこうと凛花が侍女にそう伝えると、ダニエルに腕をグッと引かれた。
「傍にいろと言ったはずだ。」
「ダニエル?」
侍女が興奮した様子を隠しもせず視線を向けてくるのが分かり、凛花はいろいろと言いたいことがあったのだが我慢する事にした。
「婚約者が自分以外の女性と二人きりになっても平気なのか?」
「……いや、言い方!何かおかしくない?」
「リンカ、一度でいいからカテリーナ殿下にもお前の口から一言言って欲しいんだが…。」
「何…を?」
聞き返したことを早くも悔やみながら、凛花はダニエルに腕を引かれて強制的に応接室に向かっていた。扉を開く直前にダニエルが凛花の耳に顔を寄せて囁きかける。
「俺を愛してる……と。」
開いた扉の向こうで、ソファーに座っていたカテリーナ王女が腰を浮かせようとして鬼の形相で凛花を睨んでいるのが目に入った。
──うわ、扉を開けるタイミングまで全て計算した上でやってる?凄い!…というかダニエル酷い…。
「カテリーナ殿下、わざわざお越しくださいましたようで。」
カテリーナ王女に向かい義務的な笑みを浮かべるとダニエルは凛花の手を握り見せつけるように肩を引き寄せた。
カテリーナ王女は先程からワインレッドのドレスとお揃いの扇子を手折らんばかりにきつく握りしめて凛花を見据えている。
──私、王女殿下に目だけで殺されそうなんですけど…。お願いだから煽らないで。
「……どういうことなの?」
「…と、言われましても?」
妙に低く抑えられたカテリーナ王女の声が却ってその怒りをあらわしているようだ。
「出会って間もないそんな怪しげな女を婚約者にしたいとはどういうことなのかと聞いているの。」
「……」
「婚約届を出したら私の言うことに従わなくても良いとでも?」
「殿下、私は以前から何度も申し上げております通り──。」
「知ってるわ!でも私が欲しいのはダニエルであってお兄様ではない!」
凛花はそっとダニエルを横目で窺った。先程からダニエルは顔色ひとつ変えていないようだが…。今の言葉を聞く限り、王女殿下はかなり我を失っていらっしゃる…。部屋に入ってきて挨拶もなくいきなりこれではたまったもんじゃない。
──カテリーナ殿下、ブラコン?実の兄とは結ばれないからよく似たダニエルを?そんなまさか…ね。
「私の事を顔で選んだのではないとでも仰いたいのですか?」
「もちろんよ。貴方がお兄様の代わりを務めていたあの頃からずっとなのよ?知っているでしょう?」
ダニエルは凛花をソファーに座らせると、自らは立ったままで話を続けた。
「王宮で殿下が見ていた私の姿は、本来の私の姿ではありません。ですから殿下は何か勘違いをなさっているのでは?」
「王宮の外で会うよう何度も声をかけたのに応えてくれなかったのはダニエルの方でしょう?」
「王宮の外でお会いするには私たちの姿は目立ちすぎます。お分かり頂けますね?」
カテリーナ王女はようやく表情を元に戻すと、何かぼんやりと考え始めた。
「どうして?世間では誰もが貴方は私との婚約を望んでいると噂しているのよ?目立った所で平気じゃない?」
確かに凛花がグランディ伯爵夫人から話を聞いた時もそう言われた。あの時はダニエルが外堀を埋められていると感じたものだが……。
「その世間の人々は私がカテリーナ殿下の横に並んだ姿を見た事は無いはずです。それに、フィルと私が並んだ姿も見せた事はありません。全ては噂話の域です。」
「だから何だと言うの?」
ダニエルは凛花を見下ろすと、カテリーナ王女ではなく凛花に向かって言い聞かせるように話し出した。
「私は王太子殿下の影武者として自分を殺して生きる事は三年前にもう辞めました。だからと言ってフィルやカテリーナ殿下の隣に堂々と並ぶ事は出来ないのです。幾ら髪の色を変えたとしても…。」
「……影武者の役目が終わってもダニエルは公の場に出る気はないのね…。」
ダニエルは凛花の隣りに腰を下ろすと少し表情を緩めた。
「リンカ、それは少し違う。俺を俺として見てくれる人の為ならば厭わないよ。」
「ダニエル!私だって降嫁したら王族ではなくなるわ?王女では駄目でも侯爵夫人ならば問題ないじゃない?一体その女と何が違うというのよ?」
「カテリーナ殿下…。」
「気持ちの問題というのは口では上手く説明することが出来ませんが。殿下も既にお気付きなのでしょう?」
カテリーナ王女はグッと唇を噛みしめ、凛花の肩に回されたダニエルの手を睨みつけた。
「やっと、本当の自分だけを見てくれる人に出会えたんです。離したりしません。」
「ディー!酷いわ!」
──え?今カテリーナ殿下、ダニエルの事ディーって呼んだ……?ディー?
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