さよならは君のために

ゆみ

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「健康な人と書いて健人。健康な人に幸せな人ってネーミングセンス、親のやる気を一切感じられないよね。」
「そうですか?私は込められた熱い思いを感じますよ。」
「アツいか?」

 自己紹介をしながら幸人とよく似た人懐っこい笑顔を見せた健人さんは私たちより四つほど年上で、ジムでインストラクターをしていると教えてくれた。

「幸人はそこそこ勉強できるみたいだけど、俺はただの体力馬鹿だから。」
「体力馬鹿って。じゃ あのサイよりも運動神経いいんですね。想像つかないな。」
「俺は水泳の方が得意だから、バスケではアイツに負けるかも。」
「そう言えば……サイの右足。事故だったって聞きましたけど、ほんとですか?」
「アイツ何も言わなかった?」
「あまり話す時間がなくて。」

 健人さんはしばらく困ったように考えた後で校舎の方を見ながら小声で囁いた。

「直哉だっけ?アイツのとこに行った帰りに車にはねられたらしい。チャリぺちゃんこだよ。まじあれで骨折だけで済んだのは運良かったとしか言いようがないな。」
「そんなに?」
「まぁ幸人も身体だけは頑丈だったみたいで。ほんとはもう少し休めばいいものをあのバカは。」

 松葉杖をついてこちらに近付いてくるサイとナオはずっと何かを話し込んでいるようだったが、いつものふざけ合っている時のような笑顔はなかった。

「繭ちゃんは助手席でいい?幸人は後ろの方が広いからいいだろうし。」
「はい。」
「うわ、健人学校でナンパ?しかも相手マユとか勘弁してよ。」
「おう、繭ちゃん家まで送ってくから。お前ら男は後ろな。」
「え?俺も?俺は駅まで歩くから──」
「ついでだよ、ごちゃごちゃ言わずにとっとと乗れって。」

 助手席に乗った私に周囲にいた生徒たちの好奇の視線が一気に向けられる。健人さんの車は私達を乗せるとすぐに学校を出た。

「あー、なんか悪かったね。これじゃ俺が繭ちゃんの事迎えに来たみたい。晒し者感すげぇ。」
「ですね……。」
「お詫びにサイトに何か奢ってもらってよ。」
「何で俺なんだよ。」
「足代だと思っとけ。俺だって毎日お前の送り迎えするほど暇じゃねぇんだから。」
「健人さん、サイ今お金ないって言ってたから、また今度がっつり奢ってもらいますね。」
「そうして~。ほんと、繭ちゃん小動物みたいでカワイイよね。今彼氏募集中なら俺とかどうよ?」
「残念でした。俺ついこの前同じ事言ってマユにフラレたばっかだし。」
「なんだよそのマンガみたいな展開。もっと詳しく教えろ。」
「ちょっとサイ、誤解されるような言い方しないでよ!」
「もしかしてお前ら男二人で繭ちゃんのこと取り合ってんのか?うわ~、マジもんの青春じゃん。羨まし~。俺も高校くらいまで戻りたいわ。」
「健人、高校の時彼女いたっけ?」
「それ普通聞く?俺男クラだったし。」
「ウソ。体育科にだって女子少しはいたでしょ?」
「あれは別枠。」

 楽しそうに笑う健人さんを見ていてふと気が付いた。4つ年上ということは、大学に進学していたらちょうど卒業する頃。その頃にはもう高校時代は青春という名前の遠い過去になっているという事だ。
 私達三人は足踏みをして先に行くことをためらっているというのに、健人さんは数歩先の未来からこちらを振り返り、笑いながらあの頃に戻りたいと言っている。
 ルームミラーをちらっと見ると窓の外を黙って眺めている直哉の横顔が見えた。


「え、繭ちゃんの家ってこれ?」
「いえ、この隣です。」
「おー、マジか。俺初めてだ。ナオは?」
「え?」
「話聞いてたのかよ?マユの家って来たことあるん?」
「あぁ、何回か送って来たことある。」
「健人さん、どうもありがとうございました。じゃ私はこれで。サイもお大事に。」
「ほーい。繭ちゃんおつかれー。」
「じゃな、マユ。」

 三人の乗った車が遠ざかって行くのを見送ると小さくため息をついた。

「密室に幸人二人分と直哉とか……流石に疲れた。」

 結局幸人の口から事故のことは何も聞き出すことができなかった。幸人の方がなんとなく言いたくないという雰囲気を出していたし、直哉の前で話してくれるような気もしなかった。

「ナオと会ってたこと私に言いたくないから……なんだろうな。」

 あの夜直哉と幸人が会って話す事と言えばやはり自分に関する事だったはずだ。
 その帰りに幸人は事故にあい、それを知らなかった直哉は翌日二人きりになった時に別れたいと言った本当の理由を私に説明してくれた。

「馬鹿だな、ほんと。」

 あれで骨折だけで済んだのは運が良かったとしか言いようがない、そう健人さんが言っていた。
 バッグのポケットからスマホを出す手が今頃になって震えた。幸人の連絡先を検索すると時間があるときに連絡がほしいとだけメッセージを送る。

「ほんと。馬鹿。」

 直哉は私との関係も、幸人との関係もいい状態のままで時間を止めたいと言った。それが自分の我儘だというのは分かっているみたいだったけれど、きっと今頃後悔しているはずだ。
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