上 下
49 / 69

第49話 大奥は再び咲く~七夕 壱

しおりを挟む
 七月一日。御広座敷おひろざしきにお目見え以上が集められた。
 皆、なんだろう? また、誰かが捕らえられるのか、締め付けが厳しくなるのかと不安げな声が洩れ聞こえている。

 塩沢が姿を見せると一同は平服した。
 塩沢はそれを眺め、不安を吹き飛ばすように力強い声を響かせた。

「皆の者。金崎の一件で大奥の火が消えたことは大奥総取締役であるわしの落ち度だ。不安にさせたことを詫びる。――しかし、考えてくれ。ここは大奥じゃ。上様の子を育て、世継をもうけるは日の本の安寧と秩序を保つためにもっとも必要な場所。欠かせぬ場所じゃ。
 じゃが今は飢饉のせいで苦しいこともまた事実。すぐに催事の縮小を撤廃することは叶わぬ。だが、皆に頼みたい。今一度、大奥に花を咲かせてくれ」

 どよ、と広間がざわついた。

「己の金を使うのならば好きな着物を着てもよい。食事も菓子も好きなようにせよ。上様をお慰めする場所として相応しいように過ごせ。金崎のような悲劇は二度と起こさせぬ。そのためならばわしはどんなことも厭わぬ覚悟じゃ」

「し、塩沢さま……。それは、その……。以前のようにしてもよい……ということでございましょうか?」

 上様におねだりをして、謹慎となっていた御中臈のひとり、小夜がおそるおそる尋ねた。

「そうじゃ。二度とおねだりをせぬと誓うなら謹慎を解こう。上様のおそばに侍るがよい」
「――は、はい……!」

 小夜と、横にいた八重の表情が明るく輝いた。
 塩沢は続ける。

「七月七日の七夕も、各々が入り用と購入するぶんには差し支えないものとする。ことをひき、三味線を鳴らし、酒を呑み、大いに宴を催すがよい」

 広間にワッと明るい声が湧き上がった。


 ***


 高遠の策が成ったあと、塩沢たち三人と今後の大奥について衆議を重ねた。塩沢は幕閣ばっかくとの面談を繰り返し、表向きの詳細な事情と、沢渡主殿頭さわたりとものかみの抑止力となる手立てを打った。

 また、高遠ひとりの策では握りつぶされる可能性が高いため、大奥全体で動くことが有効だろうと結論づけた。
 そのために表向きは減額された財源を受け入れるが、大奥内で個人で使う金に制約をなくすこととした。決まりごとは

『必ず表使をとおし、手間賃一匁いちもんめ(約一千五百円)を支払うこと』

 身分あるお目見え以上ならば余裕で支払える額だ。
 自由と控えならば迷いなく支払うだろう。その金は催事やお目見え以下に振る舞う酒や菓子などにあてる。催事は縮小のままだが倹約を大奥の定めとして高遠たち上役が仕切るのではなく、個人に委ねる形としたのだ。

 これならば幕府の懐は痛まない。
 いくら沢渡主殿頭が気に入らないとしても、御台所や上臈御年寄じょうろうおとしより、お腹さまやお部屋さまたちなど数百名にのぼるお目見え以上の身分を持つ者を取り締まることなど不可能だ。
 金崎のような心づもりで手を出せば即座に老中首座の地位は消し飛ぶ。

 江戸市中は男色本、大奥内では個人消費。

 一個人が対応できるはずもなく、沢渡主殿頭を支持し、率先して動く幕閣も僅かだ。塩沢のもたらした沢渡主殿頭の現状はそれほど人心を離れさせているものだと裏付けるものばかりだった。
 また、御中臈たちの謹慎を解いたことで、再び上様が奥泊まりするようになり、いっときは消えた華やぎが少しずつ戻り始めた。

 そのお陰で七月七日に行われた七夕の宴も賑やかなものとなり、皆、願いごとを書いて笹に吊し、それぞれの部屋の主が宴を催し、お目見え以下の女中たちのみ、大奥から酒と料理を振る舞うことができた。
 ここはケチるところではない。
 下々まで恩恵が行き渡ることは全体の勢いに繋がる。
 息を潜めるように暮らしていた者たちは着飾り、酒が入った部屋から笑い声が賑やかに響き、箏や三味線の音色が流れ、晴れやかな大奥の姿が舞い戻ったような賑わいだった。

  ――さて、そろそろだな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

【完結】勝るともなお及ばず ――有馬法印則頼伝

糸冬
歴史・時代
有馬法印則頼。 播磨国別所氏に従属する身でありながら、羽柴秀吉の播磨侵攻を機にいちはやく別所を見限って秀吉の元に走り、入魂の仲となる。 しかしながら、秀吉の死後はためらうことなく徳川家康に取り入り、関ヶ原では東軍につき、摂津国三田二万石を得る。 人に誇れる武功なし。武器は茶の湯と機知、そして度胸。 だが、いかに立身出世を果たそうと、則頼の脳裏には常に、真逆の生き様を示して散った一人の「宿敵」の存在があったことを知る者は少ない。 時に幇間(太鼓持ち)と陰口を叩かれながら、身を寄せる相手を見誤らず巧みに戦国乱世を泳ぎ切り、遂には筑後国久留米藩二十一万石の礎を築いた男の一代記。

大奥~牡丹の綻び~

翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。 大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。 映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。 リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。 時は17代将軍の治世。 公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。 京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。 ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。 祖母の死 鷹司家の断絶 実父の突然の死 嫁姑争い 姉妹間の軋轢 壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。 2023.01.13 修正加筆のため一括非公開 2023.04.20 修正加筆 完成 2023.04.23 推敲完成 再公開 2023.08.09 「小説家になろう」にも投稿開始。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

王を恨んだ妃 第1章~復讐~

木継 槐
歴史・時代
ある暴れ馬に蹴られ燦は双子の妹謝那を亡くしてしまう。 そしてその暴れ馬の上にいたこの国の世子煌に復讐を誓い、王宮に煌の妃として迎えられる。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

第一機動部隊

桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。 祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

処理中です...