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第23話 いざ、勝負 壱
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御右筆の藤巻も同席し、準備万端、ぬかりなしで迎えた席は和やかに始まった。
高遠が口火を切る。
「年明け早々、すまぬな」
「そのようなお気遣い、痛み入ります」
「今日は契約を交わすゆえ、同席させておる者がおる。問題がなければ滞りなく進められよう」
紹介された藤巻を見て、佐枝は頭を垂れ、「よろしくお願いいたします」と言った。
「では、さっそくだが表紙と挿画の確認をしてくれ」
四つ足の黒漆が塗られた台座を前に佐枝は身体を進め、「では」と絵を手に取った。
ためつすがめつ眺めている目は『これは売り物になるか』という商人の目だ。
高遠的にはギリギリを攻めた最高の絵だが、果たして鶴屋が納得するか。カサリと紙がこすれる音が続き、佐枝の検分する時間を待った。
すべてを確認し終えた佐枝は、晴れやかな顔で、
「――大変素晴らしい絵にございます。これに色が付けば、どれほど映えましょうか。この絵だけでも十分話題になりましょう」と笑みを浮かべた。
「そうか」
卑猥すぎてダメだと断られる可能性もあったので、佐枝の言葉に心底胸をなで下ろした。
「これほどの絵ならば、引く手あまた。専属契約を結べることは当家にとっても嬉しいことでございます」
「うむ。こちらは約束の残り二作品だ」
死ぬ気で推敲し、清書したものが佐枝の手に渡った 。
佐枝は箱に小説を納め、手を突いて言った。
「確かに受け取りました。持ち帰り、主人と吟味いたします」
「うむ。頼むぞ」
「では、こちらが出版契約書になります。お改め下さい」
高遠は折りたたまれた契約書を開き、目をとおしていった。
高遠の小説と須磨の絵は鶴屋が独占し、他の店から出版しないことや、印税として一冊に対し二割の税がかけられていること、出版部数、出版できない場合に発生する違約金などの確認をし、藤巻に渡した。
受け取った藤巻も念入りに読み進めていく。
不備があってはならない。藤巻は時間をかけ確認を行ったのち、ようやく「問題ございませぬ」と高遠に言った。
あとは高遠がサインするだけだ。
「佐枝。最後に確認するが、間違いなく本は出るのだな?」
「はい。十一月にいただきました草稿はすでに種本にいたしております。本日お預かりいたしました絵を添えて行事に出すだけにございます。それに――」
「なんだ?」
佐枝は声を潜めて、囁いた。
「行事には袖の下を渡しておりますれば」
「……なるほどな」
この厳しい難局を乗り切るためには賄賂を渡してでも、確実に本を出せる方を選ぶのだろう。本屋が本を売れなくなっては店が潰れる。本が出なくては行事も食えぬ。持ちつ持たれつの関係なのだと伺い知れた。
――しかし、これで出版は確約されたも同然。
高遠は震える胸の内を隠して、墨を含ませた筆をおもむろに持ち、契約書に名前を記した。
佐枝も目を通し、「はい。間違いなく」と答え、鶴屋との正式な出版契約が結ばれた。
――これで本が世に出る。
武者震いがした。
いつか男色本を出したいと願っていたが、その夢が須磨という存在のお陰で叶ったのだ。それも、大奥を救うための手段としてだ。これほどの喜びがあろうか。
――鶴屋へ出向いたことは間違っていなかったのだ。
「ではあとは頼むぞ。佐枝」
「はい。しかと承りました」
高遠が口火を切る。
「年明け早々、すまぬな」
「そのようなお気遣い、痛み入ります」
「今日は契約を交わすゆえ、同席させておる者がおる。問題がなければ滞りなく進められよう」
紹介された藤巻を見て、佐枝は頭を垂れ、「よろしくお願いいたします」と言った。
「では、さっそくだが表紙と挿画の確認をしてくれ」
四つ足の黒漆が塗られた台座を前に佐枝は身体を進め、「では」と絵を手に取った。
ためつすがめつ眺めている目は『これは売り物になるか』という商人の目だ。
高遠的にはギリギリを攻めた最高の絵だが、果たして鶴屋が納得するか。カサリと紙がこすれる音が続き、佐枝の検分する時間を待った。
すべてを確認し終えた佐枝は、晴れやかな顔で、
「――大変素晴らしい絵にございます。これに色が付けば、どれほど映えましょうか。この絵だけでも十分話題になりましょう」と笑みを浮かべた。
「そうか」
卑猥すぎてダメだと断られる可能性もあったので、佐枝の言葉に心底胸をなで下ろした。
「これほどの絵ならば、引く手あまた。専属契約を結べることは当家にとっても嬉しいことでございます」
「うむ。こちらは約束の残り二作品だ」
死ぬ気で推敲し、清書したものが佐枝の手に渡った 。
佐枝は箱に小説を納め、手を突いて言った。
「確かに受け取りました。持ち帰り、主人と吟味いたします」
「うむ。頼むぞ」
「では、こちらが出版契約書になります。お改め下さい」
高遠は折りたたまれた契約書を開き、目をとおしていった。
高遠の小説と須磨の絵は鶴屋が独占し、他の店から出版しないことや、印税として一冊に対し二割の税がかけられていること、出版部数、出版できない場合に発生する違約金などの確認をし、藤巻に渡した。
受け取った藤巻も念入りに読み進めていく。
不備があってはならない。藤巻は時間をかけ確認を行ったのち、ようやく「問題ございませぬ」と高遠に言った。
あとは高遠がサインするだけだ。
「佐枝。最後に確認するが、間違いなく本は出るのだな?」
「はい。十一月にいただきました草稿はすでに種本にいたしております。本日お預かりいたしました絵を添えて行事に出すだけにございます。それに――」
「なんだ?」
佐枝は声を潜めて、囁いた。
「行事には袖の下を渡しておりますれば」
「……なるほどな」
この厳しい難局を乗り切るためには賄賂を渡してでも、確実に本を出せる方を選ぶのだろう。本屋が本を売れなくなっては店が潰れる。本が出なくては行事も食えぬ。持ちつ持たれつの関係なのだと伺い知れた。
――しかし、これで出版は確約されたも同然。
高遠は震える胸の内を隠して、墨を含ませた筆をおもむろに持ち、契約書に名前を記した。
佐枝も目を通し、「はい。間違いなく」と答え、鶴屋との正式な出版契約が結ばれた。
――これで本が世に出る。
武者震いがした。
いつか男色本を出したいと願っていたが、その夢が須磨という存在のお陰で叶ったのだ。それも、大奥を救うための手段としてだ。これほどの喜びがあろうか。
――鶴屋へ出向いたことは間違っていなかったのだ。
「ではあとは頼むぞ。佐枝」
「はい。しかと承りました」
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