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第21話 出版に向かって~須磨の事情 捌
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「その……。わたくしが上様を観察しすぎたということがありまして……」
「観察、でございますか?」
「は、はい……。わたくしにとって、初めての殿方は上様でしたので、恐ろしくはありましたが、殿方の身体はどのようなものかと、そちらに興味がいってしまい、ついつい、あちこち見入って記憶に焼きつけていたといいますか……。それが、その……殿方が喜ぶような反応ではなかったようで……」
――ああ、目に見えるようだ。きっとガン見したのだろうな。摩羅の絵、すごかったし。
「上様も、ご自分に向けられる視線に物珍しさもあったのでしょう。『なぜ、そうも見つめるのだ』と問われ、つい、絵を描くことが好きなので、上様のお姿を忘れることのなきよう描きとめておきたいのですと答えてしまったのです。そうしたら、上様が『ならば、その絵を余に見せてみよ』と仰って――」
「……それは見事な上様の絵姿を描いてしまったのですね……」
「そうなんですぅぅぅぅ……」
須磨は、蚊のなくような声で答え、いたたまれなさに俯いて、顔を覆ってしまった。
なんといっても天下を納める将軍さまである。
ものの善し悪しをはかる審美眼はある。須磨の絵が、そんじょそこらの技量ではないと見抜いたのだろう。
それに、気遣いとしてかなり盛った絵にしたはずだ。上機嫌になったのは容易に想像がつく。
「それで、あれこれ描けと命じたのですね」
「……はい……。お見せすればするほど、とても面白がられて、最後の方には、こう……美人画の裸体などを所望され、側室というよりお抱えの絵師のようなありさまでした……」
「あー……」
高遠も額に手を当てた。
上様の子を産みたいと熾烈を争う女たちのなかで、須磨だけは肉体目当てではなく、純粋に遊興相手になったというわけだ。
須磨が二十二歳を過ぎたころは、金崎がどんどん若い女を御中臈にすべく投入し始めており、須磨が飽きられた時期と合致する。
――上様は無類の女好きゆえ、そちらに目がいってしまったのだな。ああ、もったいない、もったいない。
須磨が小さい声で言う。
「ですので、さすがに飽きてしまわれたのだと思います。わたくし自身が面白みのある人間ではありませんし、――つまり、わたくしへのお渡りは、物珍しさだったと思います。それで、段々と呼ばれる機会も減り、二十五歳という年齢もあって、すっかり途絶えてしまった今では、正直とても寂しく思います。それでも……」
須磨は、どうしようもないような苦笑を浮かべた。
「わたくしに興味を持たれ、絵を見て、子供のようにはしゃいだ上様とともにすごした時間は楽しいものでした。あれほど、上様と近しくなれた思い出はありません。それに、誰より絵を褒めてくださいました。ですから、わたくしにとって絵を描くことは、自分自身の存在理由――のようなものなのかもしれません。絵を描いていれば、どこかで上様と繋がっているような気がしているのです」
そして、「あっ」といった表情で、
「今は、高遠さまと、こうして男色本に係わることができて、心から嬉しいと思っています」とニコリと笑んだ。
「観察、でございますか?」
「は、はい……。わたくしにとって、初めての殿方は上様でしたので、恐ろしくはありましたが、殿方の身体はどのようなものかと、そちらに興味がいってしまい、ついつい、あちこち見入って記憶に焼きつけていたといいますか……。それが、その……殿方が喜ぶような反応ではなかったようで……」
――ああ、目に見えるようだ。きっとガン見したのだろうな。摩羅の絵、すごかったし。
「上様も、ご自分に向けられる視線に物珍しさもあったのでしょう。『なぜ、そうも見つめるのだ』と問われ、つい、絵を描くことが好きなので、上様のお姿を忘れることのなきよう描きとめておきたいのですと答えてしまったのです。そうしたら、上様が『ならば、その絵を余に見せてみよ』と仰って――」
「……それは見事な上様の絵姿を描いてしまったのですね……」
「そうなんですぅぅぅぅ……」
須磨は、蚊のなくような声で答え、いたたまれなさに俯いて、顔を覆ってしまった。
なんといっても天下を納める将軍さまである。
ものの善し悪しをはかる審美眼はある。須磨の絵が、そんじょそこらの技量ではないと見抜いたのだろう。
それに、気遣いとしてかなり盛った絵にしたはずだ。上機嫌になったのは容易に想像がつく。
「それで、あれこれ描けと命じたのですね」
「……はい……。お見せすればするほど、とても面白がられて、最後の方には、こう……美人画の裸体などを所望され、側室というよりお抱えの絵師のようなありさまでした……」
「あー……」
高遠も額に手を当てた。
上様の子を産みたいと熾烈を争う女たちのなかで、須磨だけは肉体目当てではなく、純粋に遊興相手になったというわけだ。
須磨が二十二歳を過ぎたころは、金崎がどんどん若い女を御中臈にすべく投入し始めており、須磨が飽きられた時期と合致する。
――上様は無類の女好きゆえ、そちらに目がいってしまったのだな。ああ、もったいない、もったいない。
須磨が小さい声で言う。
「ですので、さすがに飽きてしまわれたのだと思います。わたくし自身が面白みのある人間ではありませんし、――つまり、わたくしへのお渡りは、物珍しさだったと思います。それで、段々と呼ばれる機会も減り、二十五歳という年齢もあって、すっかり途絶えてしまった今では、正直とても寂しく思います。それでも……」
須磨は、どうしようもないような苦笑を浮かべた。
「わたくしに興味を持たれ、絵を見て、子供のようにはしゃいだ上様とともにすごした時間は楽しいものでした。あれほど、上様と近しくなれた思い出はありません。それに、誰より絵を褒めてくださいました。ですから、わたくしにとって絵を描くことは、自分自身の存在理由――のようなものなのかもしれません。絵を描いていれば、どこかで上様と繋がっているような気がしているのです」
そして、「あっ」といった表情で、
「今は、高遠さまと、こうして男色本に係わることができて、心から嬉しいと思っています」とニコリと笑んだ。
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参考・引用文献
土方歳三 新撰組の組織者<増補新版>新撰組結成150年
図説 新撰組 横田淳
新撰組・池田屋事件顛末記 冨成博
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