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chapter01 草木の魔女【デビル】

scene05 激突

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 その手に生成した【アロエベラ】を力一杯握りしめ、デビルはその葉から絞り出した汁を顔面に浴びた。それを数回塗り込むように擦り付けてから残った汁を手で拭った彼女の顔は、大火傷を負ったに等しいダメージを受けたとは思えないほどに傷が癒えていた。そして静かに瞼を開けて、蘇った眼球で私の顔を見ると低い声で口を開いた。
 「もういい…お前から魔術書を手に入れるのは諦める…どうせお前の持つ魔術書は私には使いこなせそうにないし…お前はもう要らない…要らないから、殺すっ!!!」
 デビルは絶望と殺気に満ちている。ギリギリと歯を食いしばって強烈な悪意を纏う眼差しを容赦なく浴びせてくる様には、私を生かそうという気など、まして先程のアロエベラなどという魔術を使って傷ついた私を癒そうという気など到底感じられなかった。そして彼女がsuperfaceを零した右手を天に向けると、あの大きなバラの槍が再び姿を現した。
 私はその間によろめきながらも地面に転がったsuperfaceを拾い上げた。そしてクラウドコンテナに保存されている魔方陣の画像をいくつもタップして、ウインドウ上に並べていつでも魔術が使える状態を整えた。五本の指全てを別々の魔方陣に添えて構え、疲労の色をデビルに悟られまいと虚勢を張りつつも、ぴんと背筋を伸ばして私は声を出した。
 「来なさいよデビル、あんたがそこまで欲しがった運命の輪ホイール・オブ・フェイトの魔術書の実力、見せてあげるからっ!!」
 「見せてもらわなくて結構…どうせ悪魔デビルには遠く及ばないから…」
 どこか力無くそう言った直後、デビルは何の予備動作もなく地面を強く蹴り込んだかと思うと、既に10m以上は離れていたはずの私の目前までバラの槍を振りかざす彼女とその刃が迫ってきていた。私は条件反射的に赤い丸に白い線が引かれたデザインの魔方陣をスワイプして叫んだ。
 「標識障壁サイン・シールド、進入を禁止せよっ!!」
 画面上を指で弾かれた魔方陣が私の目の前にぼんやりと黄色い光の輪となって現れた瞬間に、バラの槍の切っ先が魔方陣を突っ切って私の喉元を狙って飛び込んできた。だが、飛び込んでくることはなかった。宙に浮かぶ黄色かった魔方陣は真っ赤に変色し、まるで魔方陣に刃が食い込んだかのように槍の動きはその場で止まっていた。
 「んなっ…結界?!」
 「さぁ、道路標識コンボいくよぉっ!!」
 空中で身体がぴたりと止まり驚きを隠せないデビルに、私は更に立て続けに魔方陣をスワイプして起動させた。今度は魔方陣中心に落石注意のイラストが描かれた露骨なものだ。
 「標識挟撃サイン・フォール、デビルをぶっつぶせぇぇっ!!」
 魔方陣が回り出すや、私の両脇の地面に複数の魔方陣が転写され、その地点から大きな噴水が湧き出すかのように土が隆起すると、地下に埋まっていた大きな岩が次々と宙に舞いあがった。土埃を煙らせて現れた軒並み軽自動車並みのサイズのある岩が生い茂る竹藪の頂点まで一気に浮かび上がると、身動きの取れなくなったデビルめがけて一直線に降り注いだ。
 「ぐううっ!!」
 口惜しそうな表情を一瞬浮かべたデビルは、空中に留まり続ける標識障壁サイン・シールドの魔方陣を両足で蹴り飛ばして、槍を残して後方に飛び退き、体操選手のごとく身を翻して宙を舞ってみせた。私が召喚した大岩は取り残された槍に次々と押し寄せ、大地を揺らす轟音を立てながら地面にめり込み、槍諸共に砕けて四散した。
 デビルは地面を鷲掴みにするように地面に手を突きながら着地したが、私は勢いを殺すことなく立て続けに魔方陣を起動させた。最早デビルに反撃の余地を与えては私に対応するだけの反射神経も運動機能も残されていなかった、がむしゃらに魔術を連発して一気に片を付けるしかないと踏んだのだ。そんな静かな焦りを孕むように、繰り出す魔術も一般人相手なら致死性が高すぎて、魔術が完成して以来ろくに試したことのないものに替わっていく。
 「なら、標識突撃サイン・スマッシュはどーよ?!」
 次に発現させた魔術は、SLが描かれた魔方陣だ。スワイプした瞬間に私の真正面に家一軒ちょうど収まりそうな程の直径の魔方陣が出現すると、その真ん中から古めかしくも艶やかな黒光りする車体の蒸気機関車がゆっくりと顔を覗かせた。私の想像で具現化している魔力で形成された蒸気機関車は、石炭を窯にくべずとも勝手に車輪が回り始め、体勢を戻そうとしているデビルにその冷たい車体を向けて、とても現実の機関車には真似できないカタパルトで撃ち出されるかのような急加速で突き進んでいったのだ。
 放たれた魔力の機関車は真正面にデビルを据えてレールもない地面を抉るように走った。行く手を塞ぐ竹を小枝のように次々と圧し折りながら、あと腕の長さの距離でデビルの頭部を機関車の鼻先が捉える距離まで詰めたところで、突如として機関車は動きが止まった。
 「私が押されているとでも思ってる…? そんな訳無いじゃない…」
 地面に手を突っ込んだまま、デビルは言った。魔術で生み出した虚構の代物と言え、本物と遜色ない質量をもつ機関車の動きを止めたのは、竹だった。彼女の真正面に爪楊枝の束のように密集して生えてきた竹は、車輪を貫き、ボイラー室を穿ち、車体をも地面から数十センチ持ち上げてみせたのだ。あの勢いで向かっていった機関車を止められてたじろぐ私を尻目に、デビルは竹の柱の影からゆっくりをこちらに向かってきた。
 「言ったはずだよ、ここは私にとってとても地の利があるってね…この山一帯に生い茂る竹は全て私の支配下にできる、今見せたこの竹の針を一面に生やすことなんて造作もない。さぁ、お前にこの魔術への対抗策はあるのかな?」
 不敵な笑みを見せるデビルは両手を下に向けた。すると掌から薄紫色のもやのような光が地面に注がれて、水面のように波紋を広げながら周囲を包み込んでいくのが見えた。今まで見てきたものよりもずっと色濃く光るそれはデビルがより強い魔力を放っている証だった。
 地面にぶつぶつと鳥肌が立つかのように、魔力を浴びた土がせり出してきた。そして握りこぶしほどの大きさの地面のこぶは、魔力の強さに私が息を飲んでいる間に視界を埋め尽くしてしまっていた。
 私はそっと、【#デビルとっちめ用フォルダ】の先頭にショートカットを並べておいた、円筒状の渦巻き模様が描かれた魔方陣に指をかけた。今の私にとっての、デビルに対する切り札だ。でも、先程の標識突撃サイン・スマッシュを涼しい顔をしてしのいだデビルにこの魔術を押さえ込まれたら、私は殺される。今度という今度は逃れようのない死への恐怖が私の心臓の鼓動を跳ね上げる。気を抜いたら喉から出てきてしまいそうな早さで脈打つ胸をぐっと押さえて、私はデビルに言い放った。
 「ちゃんと予習はしてきたんだよ、草木の魔女であるあんたは、草属性らしく火が苦手なんでしょ?」
 「だから炎を呼び出せば勝てると? 確かに私は強靭な肉体を持つ魔女だけど、私自身も魔術も炎には滅法弱いのは事実よ…でもね、お前の魔術は多彩だけど強力じゃあない。純粋な魔力の力比べで私に勝てるわけないじゃない」
 デビルは半笑いで答えた。
 「それに万一お前が私の力を上回る炎を呼び出せたところで、その後にはここは一面焼け野原になるのよ? ろくに走れないフラフラの状態で山火事の中心から逃げられると思ってる? どのみちお前の命はここまでなのよ」
 そう言い終わったところで、足元の振動が止んだ。既にこの田神明神一帯の地面の下にはデビルが生み出した数えきれない竹の杭が仕込まれ、彼女の号令ひとつで私を含む全てのものが串刺しにされるのだろう。私は全身の震えを押し殺して覚悟を決めた。
 「デビル、あんたに今の私の全力をぶつけるっ!! 起動せよ、電磁熱射カーボン・ヒートっ!!」
 私はsuperfaceに映し出された魔方陣を鋭くスワイプした。魔方陣が茜色の光を帯びて画面内で回転し始めると、私の前方に両手を広げたくらいの直径はある魔方陣の実体が浮かび上がった。すると魔方陣の内側の模様が燃えているかのように真っ赤な閃光を発し、やがて朱色のスポットライトのようにデビルを明るく照らし出した。
 その光を浴びたデビルの身体の表面から湯気が出始めてきた。彼女は電磁熱射カーボン・ヒートから発せられる遠赤外線によって、炎に巻かれることなく高温に熱せられていたのだ。
 「うっ?! これはっ…」
 「炎を出すのは難しいけど、うちで使ってる暖房をそのまま魔術にしたのがこの電磁熱射カーボン・ヒートだよ!! 最大パワーなら焼肉だってできちゃうこの魔術なら流石に効くでしょ?!」
 歯を食いしばり真っ赤に光る遠赤外線の直射に立ち向かうデビルに私は胸を張って言った。だが、その魔方陣を映し出すsuperfaceに添えている手が今にも液晶を割ってしまいそうなほどに力んでいるのが私の本音だった。赤い光線を受けた周囲の竹は次第にその幹が真っ赤に腫れ上がり始め、魔方陣の外側にいる私にすらもサウナにいるかのような熱気が伝わってきた。私はそこに確かな手応えを感じた。それでも、そんな私の気持ちを振り払うかのように、デビルは顔を上げて言った。
 「暖房だって…? 焼肉だってぇ? どこまで私を愚弄するつもりなのかなぁお前はぁ?!」
 激しく湯気は出ているが、デビルはまだ立っていた。高温にさらされて爛れていく皮膚がそれを相殺するようにたちまち修復されていき、彼女の手や首は火傷が水面のように絶えず揺らめいている。アロエベラの魔術によって治癒を受けている顔に至っては赤く色めいているだけでしかなかった。遠赤外線の効果で熱せられた竹藪が耐え切れずに次々と甲高い破裂音を立てて真ん中から圧し折れていく中でも不敵に微笑むデビルの表情は、この魔術が彼女の魔女としての人並み外れた生命力に敗れた証拠だ。
 「やっぱりお前の負けだよ絵美、お前の魔術が魔女の私に通用するわけ…」
 「通用するわけないよね。分かってるよ。だから、いっぱい出す。出して出して、出しまくってやるっ!!!」
 デビルの言葉をかき消して私がそう言い放った直後、私の両隣に電磁熱射カーボン・ヒートの魔方陣が新たに浮かび上がった。そしてそれを合図に、魔方陣がアメーバよろしく分裂して増殖するかのように、二つが四つに、四つが八つに増えていった。放射状に広がって増殖を続けていく魔方陣が最早視界に収まりきれなくなるくらいの数になり、そしてその角度が一斉にデビル一人に向けられた時、デビルの表情から笑みは消えた。

 「…そんなっ…」

 夜空に浮かぶ星の数ほどに視界埋め尽くす魔方陣が同時に真っ赤に光を帯びていった時、私はデビルの悲壮感を含んだ呟きを耳にした。だがその声は、直後に放たれた電磁熱射カーボン・ヒートの同時発射がもたらす太陽よりも眩しい閃光と竹藪を焼き払う轟音によってかき消されてしまった。
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