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イヴ

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第三章前編:羽有りの街と世界を呪う女性

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 私は、世界は彼らに何もしてくれないと思った。だから、私が彼らに何かしてあげたいって、そう思ったんだ。でも、それは私の傲慢な考えで、ただのエゴでしかなくて。本当に彼らを救うことなんてできなかった。関わるのをやめて逃げ出した私を、彼らは恨んでいるだろうか。

 私は今、世界を呪っている。彼らが生きられない世界を呪っている。何もできない自分を呪っている。彼らを傷つけるこの世の全てが憎くてたまらない。彼らに寄り添えない自分が憎くてたまらない。

 ひどいことを言った。シエルの前でヒトを撃つなんて、と。事情も知らないくせに、ひどいことをエグルに言ってしまった。本当は怖かった、それによって彼が羽有り全てを憎むんじゃないかって。私も憎まれるんじゃないかって。そんな風に考える自分が一番嫌だった。

 エグルが羽無しになったのは私のせいだ。私があの時エグルのところへ行かなければ。私がもっと強かったら。彼は羽有りを殺すことなんてなかった。傷なんてすぐ治るのに、心の傷なんて一人でも癒せるのに。それでも、私はあの時エグルを頼ってしまった。抱き締められた時のあの感覚が忘れられない。優しい、大きな暖かい手。私は、自分が思っている以上に彼が好きだった。

 ねえ、エグル。貴方は今何をしてる? シエルは元気? ちゃんとご飯、食べてる? 暗い部屋の中、私は考える。そんな時、玄関のドアが遠慮がちにノックされた。

 暫くぶりの来客だ。白い長い髪を急いで梳かしながらドアをゆっくりと開ける。そこには、黄緑色の髪と金色の瞳を持つ羽有りと、茶色いボロボロのフード付きマントを被った少年と少女が立っていた。少年の方には見覚えがある。自然と涙と共に声が溢れた。

「シ、シエルっ……!!」

 彼を優しく抱きしめる。それを見た黄緑色の髪をもつ羽有りが、ゆっくりと玄関のドアを閉めた。シエルとその隣にいた少女はフード帽を外してその姿を私の前に見せる。

 シエルの藍色の長い髪は後ろで括られていて、瞳は一年前と同じ青天のような蒼色だった。その隣にいた見慣れない服を着た白い髪に灰色にも白にも見える瞳を持つ少女は、「貴方がエアリーさんか。私はファレン。シエルくんの友達だ」と頭を下げる。この子は羽無しだ。シエルと同じ、シエルのお友達。

 彼女に倣って、「初めましてエアリーさん。僕はフェアライト。長い名前なのでフェアと呼んでくれ」と黄緑色の髪の男が名乗る。そして恭しく頭を下げた。

 彼は羽有りだ。なんで羽有りがシエル達と一緒に? もしかして彼も羽有りを差別しないヒトなのだろうか。わからないことが多いけれど、私は「まずは上がって。お茶を淹れるから」と言って彼らを家の中に通した。

「アップルティーだけど……お口に合うかしら」

 カップを四つ、後はおやつに食べようと焼いていたチョコチップスコーンを彼らの前に置く。「おお」とファレンと名乗った少女から感嘆の声が漏れた。よかった、どうやら嫌いではないらしい。

 シエルは『いただきます』と端末に打ってからアップルティーを飲む。まだ声は出せないらしい。その事実に、胸が痛くなる。聞きたいことが山のようにある。不便なことはないか、とか。まだスカイフォースには乗っているの、とか。エグルは――エグルは元気? とか。

「うまい!! さすがはシエルくんのセンセイだなあ!! このパンみたいなのも美味しい!! 中に入っている黒いのがとても甘くて、しっとりしていて――このあっぷるてぃーとやらにとても合う!!」

 そんな大きな声で褒めないでほしい。ただのアップルティーとスコーンなのに。表情がコロコロ変わる子だ。きっと、シエルの良いお友達なのだろう。彼は笑って彼女を見ている。

「うむ、美味い。スコーンもとても美味しいよ。エアリーさんは話に聞いていた通りの女性のようだ」

 フェアライトと名乗った男性はそう言って私の瞳を見る。一体シエルはどういう紹介をしたのだろうか。でも、何かを褒められるなんて久しぶり。エグル達に呼ばれていた時以来かな。エグルはよく私の料理を褒めてくれていたっけ。

 私はアップルティーに口をつけてから、「でも、どうやってここに? 羽有り達に会わなかったの?」と気になっていたことを尋ねる。

「そこは僕から説明しよう。もちろん羽有りには会ったさ。そこで一芝居うったわけだ。僕がご主人で彼らは僕の奴隷だとね」

 なるほど。それであんなボロボロのフード付きマントを羽織っていたわけか、と納得がいく。ファレンは「ゴシュジンサマ、とか言えって言われたから言ったぞ!」とフェアライトを見てニコニコしている。

「ああ、奴らも他人の奴隷にまでは手出ししないというわけだ。シエルとファレンさんには少々心苦しかったがね」

 そう言ってフェアライトはアップルティーに口をつける。その様子は全然心苦しそうではなかったが、彼がそう口にしたということはそういうことなのだろう。エグルと似て顔に出ないヒトなのかもしれない。

『今日はエアリーにどうしても言いたいことがあって来たんだ』

 どきり、と心臓が高鳴った。何を言われるんだろう。恨み言だろうか。そう真っ先に考えてしまう自分が嫌になる。まさか羽有りに襲われる危険をおかしてまで私に恨み言を言いに来たわけではないだろう。

『エグル、エアリーのこととても心配してた。お願いです、もう一度エグルと会ってくれませんか』

 予想はしていた。いや、これは期待だ。期待はしていたんだ、シエルの顔を見た時に。あんなに酷いことを言ったのに、私を迎えに来てくれたんだと。

 シエルは私に向かって頭を下げる。私からも頼む、とファレンが立ち上がって頭を下げた。これじゃあまるで私がエグルに会いたくないみたいだ。もしかしたら、そう見えてしまっていたのだろうか。だとしたらそれは誤解だ。私は自分がエグルやシエルに会う資格がないと思っていた。

 だって、一年だ。あの日から一年も彼らを無視し続けたのだから。だから、今更会う資格がない。そう、思っていた。

『アンタなんてヒトもどきよ! シエルがどれだけ怖い思いをしたと思っているの!?』

 言ってから、しまったと思った。エグルの表情が悲しげに伏せられるのを今でも覚えている。言ってはいけない言葉を言った。私は、彼を傷つけた。だから、今更どんな顔をして会えばいいのかわからない。

「会いに行って、いいの?」

 気づけば、そう声に出していた。それは自惚れだ。でも、三人の反応は違った。

『いいに決まってるじゃないか』
「よし!そうと決まれば善は急げだ! なあ、シエルくん、フェア!」
「そうだね。彼女も連れて行こう、エグルの家へ」

 急な展開に私は相当間抜けな顔をしていたと思う。ちょっと待って、せめてお化粧とか、服を選ぶ時間とか、考える時間を――。

「ちょ、ちょっと待って! まだ心の準備が――! それに、お化粧とか服とか! これじゃあ外を歩けないから!」

 何よりエグルに会うんだ、一年ぶりに会えるんだ。それが嬉しくて、浮き足立ってしまう。

「化粧などしなくても美人だと僕は思うけどね。そして何より、その白い服は君によく似合っている」

 初対面の男に容姿を褒められた。嬉しいような、なんか胡散臭くて複雑なような。

「とにかく! 少し時間を頂戴!」

 私はそう叫ぶと自室へ足を向けた。ああ、どうしよう。嬉しい。エグルに会える。本当にいいの? 私が会いに行っても、いいの? シエルとあの子――ファレンはいいと言ったけど、それは彼らの独断でエグル自身は望んでいなかったら?

 そんな言葉がぐるぐると頭の中を回る。でも、もう一度信じてみよう。そして、ちゃんとあの時のことを謝ろう。そしてまた、ここから始めるんだ。私の、第一歩を。

 服を着替え、軽く化粧を済ませる。世界を呪う暇なんて、もうどこにもなかった。



 世界を呪う女性の時は動き出す。その未来に何があるかは、いまはだれもしらなかった。
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