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2・『俺の女』宣言!?
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淡々と授業が進み、やがて午前中最後の数学の授業が始まった。
これが終われば昼休み、お弁当の時間だ。
黒板の横で、数学の先生が腕時計を確認している。
わたしは、黒板の内容を急いでノートに書き写した。
途中ちょっとグチャグチャになったけど、実はちゃんと書き写していても読み返したとき意味がわからないから同じことだ。
授業だけでついていけたのは、小学校の算数までだったなあ。
今は予習復習していても厳しい。
先生が腕時計から顔を上げた。
「授業終了まで残り五分だが、板書が終わっていないものはいるか? まだのものは挙手を」
教室は静まり返っている。
わたしもなんとか書き終えていた。
隣の席のお殿さま、九原雷我くんは机に突っ伏したままだ。
ノートどころか教科書も出していない。
窓から吹き込む春の風の中、気持ちよさそうに眠っている。
数学の先生は九原くんの姿を見て、メガネの奥の瞳を煌めかせた。
黒板消しを手に取り、今日の授業の内容を消していく。
グチャグチャながらも書き写しておいて良かった。
断片だけでもわかれば、教科書や参考書を見て復習できるから。
今の状態では、自分がなにをわかってないのかもわからない状態だもんね。先生に質問なんか、とてもできない。
わたしたちのノートの中身を消し終わった数学の先生は、今度はチョークを手に取った。
ものすごい勢いで数式を記入していく。
「うわ……」
教室のどこかから呟きが聞こえた。
「あれ、うちの大学の今年の内部受験用の問題じゃないか? 院生レベルだって問題になったヤツ」
私立泉下学園は幼稚舎から大学院まである。
幼稚舎からずっと通っているのは泉門市の中でも限られたエリート層だけだ。
高等部は外部入学も多く、わたしもそのひとり。
返済に無理のない奨学金制度を利用できたら良かったんだけど、どうしても数学がネックで条件を満たせず、代わりに九原産業関係者に対する授業料割引制度を利用している。
おばあちゃんが九原産業の下請けでパートをしていてくれたおかげだ。
卒業まで割引してもらえるからありがたい。
泉下学園の大学と院はレベルが高いので、幼稚舎からの生徒も高等部からの外部入学生も外へ出て行くことが多かった。
わたしは大学に進学する予算がないので、卒業後は就職の予定。
勉強したいこと……は、ちょっとだけある。
両親がやっていた趣味の郷土史研究を引き継げたらいいな、と思ってるんだけど、大学に行かなくてもできることだよね。
「九原くん」
苦手なわたしには魔法の呪文のような数式を黒板いっぱいに書き終えて、数学の先生が振り向いた。
その瞳には、わたしの隣の席の九原くんが映っている。
「……ふぁい?」
瞼を擦りながら、九原くんが頭を起こす。
眠たそうな顔をして、彼は唇を開いた。
「黒板の問題ですか? 答えはx=……」
九原くんがすべて言い終わる前に、数学の先生は慌てて首を横に振った。
「九原くん、口頭ではなく黒板に途中式も書いてくれたまえ」
「わかりました」
立ち上がって、九原くんが黒板へと向かう。
彼が学校で寝てしまうのは、夜遅くまで仕事をしているからだと聞く。
九原産業の本社は泉門市にあるものの、社長である九原くんのお父さんは東京支社にいることが多い。東京のほうが経済活動が盛んなんだから仕方がない。
泉門市に残った跡取りの九原くんは、東京支社のお父さんと泉門本社の重役たちの間を取り持っているのだ。
そんなわけで大目に見られてはいるのだけれど、お殿さまが追試常連者では困る。
かといって授業中寝てばっかりなのに成績優秀だと裏での忖度を疑われる。
授業終わりのわずかな時間で九原くんが能力を示すのは、眠っていてもほかのみんなと同じ、もしくはほかのみんな以上の学力を維持していますよと、先生や生徒たちに示すためなのだ、と思う。
外部入学生なので、こうして九原くんにだけ問題を出されるのを初めて見たときは驚いた。
いきなり始まったんだもん。
幼稚舎からの人たちはこれが当たり前で、意味なんて考えたことがないし説明を受けたこともないと言うし……うん、受け入れるしかないよね。
「……よろしい、正解だ」
数学の先生の声には、少し悔しそうな響きがあった。
わたしが、先生の書いた数式からなにを導き出せばいいのかと考えている間に、黒板の前に立った九原くんが答えを記入し終えたのだ。
ちなみにわたしは、九原くんが書いた答えと最初の数式のつながりもよくわかってない。
九原くんは天才型なんだろうな。
「あ、忘れてた」
席に戻ろうと振り返った九原くんが、掠れた声を上げた。
黒板に広がる式と答えを見つめて、なるほど、と頷いていた先生が、怪訝そうに彼を見る。
「どうした、九原くん」
「後々面倒なことになるといけないから言っておくね。晴田十花は俺の女だから、みんな手を出さないように」
教室が沈黙に染まる。
……びっくり。
九原くん、好きな女の子(俺の女、っていうのはそういうことよね?)がいたんだ。
だからって授業中に宣言するなんて情熱的だなあ。
でもいつも飄々としてマイペースな彼らしい告白だとも思う。
表情は笑顔だったけど、掠れた声は力強くて迫力があったよね。
晴田か。わたしと同じ名字……あれ? 十花っていうのもわたしの名前と同じ?
静寂の中、悠々と自分の席に戻ってきた九原くんに顔を向けると、机の上に肘をついた彼が、わたしに向けてウインクしてきた。
……!?
これが終われば昼休み、お弁当の時間だ。
黒板の横で、数学の先生が腕時計を確認している。
わたしは、黒板の内容を急いでノートに書き写した。
途中ちょっとグチャグチャになったけど、実はちゃんと書き写していても読み返したとき意味がわからないから同じことだ。
授業だけでついていけたのは、小学校の算数までだったなあ。
今は予習復習していても厳しい。
先生が腕時計から顔を上げた。
「授業終了まで残り五分だが、板書が終わっていないものはいるか? まだのものは挙手を」
教室は静まり返っている。
わたしもなんとか書き終えていた。
隣の席のお殿さま、九原雷我くんは机に突っ伏したままだ。
ノートどころか教科書も出していない。
窓から吹き込む春の風の中、気持ちよさそうに眠っている。
数学の先生は九原くんの姿を見て、メガネの奥の瞳を煌めかせた。
黒板消しを手に取り、今日の授業の内容を消していく。
グチャグチャながらも書き写しておいて良かった。
断片だけでもわかれば、教科書や参考書を見て復習できるから。
今の状態では、自分がなにをわかってないのかもわからない状態だもんね。先生に質問なんか、とてもできない。
わたしたちのノートの中身を消し終わった数学の先生は、今度はチョークを手に取った。
ものすごい勢いで数式を記入していく。
「うわ……」
教室のどこかから呟きが聞こえた。
「あれ、うちの大学の今年の内部受験用の問題じゃないか? 院生レベルだって問題になったヤツ」
私立泉下学園は幼稚舎から大学院まである。
幼稚舎からずっと通っているのは泉門市の中でも限られたエリート層だけだ。
高等部は外部入学も多く、わたしもそのひとり。
返済に無理のない奨学金制度を利用できたら良かったんだけど、どうしても数学がネックで条件を満たせず、代わりに九原産業関係者に対する授業料割引制度を利用している。
おばあちゃんが九原産業の下請けでパートをしていてくれたおかげだ。
卒業まで割引してもらえるからありがたい。
泉下学園の大学と院はレベルが高いので、幼稚舎からの生徒も高等部からの外部入学生も外へ出て行くことが多かった。
わたしは大学に進学する予算がないので、卒業後は就職の予定。
勉強したいこと……は、ちょっとだけある。
両親がやっていた趣味の郷土史研究を引き継げたらいいな、と思ってるんだけど、大学に行かなくてもできることだよね。
「九原くん」
苦手なわたしには魔法の呪文のような数式を黒板いっぱいに書き終えて、数学の先生が振り向いた。
その瞳には、わたしの隣の席の九原くんが映っている。
「……ふぁい?」
瞼を擦りながら、九原くんが頭を起こす。
眠たそうな顔をして、彼は唇を開いた。
「黒板の問題ですか? 答えはx=……」
九原くんがすべて言い終わる前に、数学の先生は慌てて首を横に振った。
「九原くん、口頭ではなく黒板に途中式も書いてくれたまえ」
「わかりました」
立ち上がって、九原くんが黒板へと向かう。
彼が学校で寝てしまうのは、夜遅くまで仕事をしているからだと聞く。
九原産業の本社は泉門市にあるものの、社長である九原くんのお父さんは東京支社にいることが多い。東京のほうが経済活動が盛んなんだから仕方がない。
泉門市に残った跡取りの九原くんは、東京支社のお父さんと泉門本社の重役たちの間を取り持っているのだ。
そんなわけで大目に見られてはいるのだけれど、お殿さまが追試常連者では困る。
かといって授業中寝てばっかりなのに成績優秀だと裏での忖度を疑われる。
授業終わりのわずかな時間で九原くんが能力を示すのは、眠っていてもほかのみんなと同じ、もしくはほかのみんな以上の学力を維持していますよと、先生や生徒たちに示すためなのだ、と思う。
外部入学生なので、こうして九原くんにだけ問題を出されるのを初めて見たときは驚いた。
いきなり始まったんだもん。
幼稚舎からの人たちはこれが当たり前で、意味なんて考えたことがないし説明を受けたこともないと言うし……うん、受け入れるしかないよね。
「……よろしい、正解だ」
数学の先生の声には、少し悔しそうな響きがあった。
わたしが、先生の書いた数式からなにを導き出せばいいのかと考えている間に、黒板の前に立った九原くんが答えを記入し終えたのだ。
ちなみにわたしは、九原くんが書いた答えと最初の数式のつながりもよくわかってない。
九原くんは天才型なんだろうな。
「あ、忘れてた」
席に戻ろうと振り返った九原くんが、掠れた声を上げた。
黒板に広がる式と答えを見つめて、なるほど、と頷いていた先生が、怪訝そうに彼を見る。
「どうした、九原くん」
「後々面倒なことになるといけないから言っておくね。晴田十花は俺の女だから、みんな手を出さないように」
教室が沈黙に染まる。
……びっくり。
九原くん、好きな女の子(俺の女、っていうのはそういうことよね?)がいたんだ。
だからって授業中に宣言するなんて情熱的だなあ。
でもいつも飄々としてマイペースな彼らしい告白だとも思う。
表情は笑顔だったけど、掠れた声は力強くて迫力があったよね。
晴田か。わたしと同じ名字……あれ? 十花っていうのもわたしの名前と同じ?
静寂の中、悠々と自分の席に戻ってきた九原くんに顔を向けると、机の上に肘をついた彼が、わたしに向けてウインクしてきた。
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