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第五話 真実の愛じゃない。
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メルクーリ伯爵ゲオルギウスは、自分が弟のミハリスを愛し過ぎていたことに気づいていた。
ミハリスを心配するあまり、ゲオルギウスは王家や両親の親友であったロウンドラス公爵に嘆願して、弟が大暴走の前線に送られないよう画策した。
心配で心配で、元凶を倒した後の残党狩りにも参加させなかった。貴族の子息達は、そこで力を磨いていくのに。
婚約者であるロウンドラス公爵令嬢シンシアの形式的な義妹との関係にも気づいていたけれど、一時的な遊びだと判断して強く注意しなかった。
すべてが裏目に出た。
戦場を知らないミハリスは、女と遊ぶことしか頭にない甘えた莫迦になった。
そして弟は、公爵家の跡取りを作るために娶られた後妻の連れ子に過ぎない女に夢中になって、本来の婚約者であるシンシアを捨てた。いや、捨てるより酷い。なにも知らない彼女に国全体を巻き込む忌まわしい詐欺行為の片棒を担がせ、放り出したのだ。
(あのとき……シンシアに拒まれても連れて逃げていれば良かった)
クリストポロス王国からスフィーリス竜王国まで巨竜で一日、幻獣車で半月、馬なら数ヶ月──だが、伝書用の小型の幻獣なら数日で行き来する。
ゲオルギウスは先日王家に呼び出され、竜王からの手紙の内容を聞かされた。あの男は今になってシンシアは番ではなかったと言い出したのだ。
記されていた情報から調査が始まり、今はすべてが明らかになっている。
竜王ダミアンの本当の番は、ロウンドラス公爵家の後妻の連れ子コラスィアだった。
戦勝パレードでそれに気づいた彼女は竜王の花嫁になることを恐れ、自分の魔力で作った魔結晶を指輪にして、ミハリスから義姉シンシアに贈らせた。
最初から竜王に番を誤認させることが目的の確信犯だ。
「ミハリス」
ゲオルギウスが声をかけると、自室にいた弟は飛び上がった。きちんと扉を叩いて合図したのに聞こえていなかったらしい。
小心者の弟は、シンシアが嫁いでから毎日怯えて暮らしている。
魔結晶の誤認など永遠に続きはしない。さすがにコラスィアと違って、すべてをシンシアのせいになど出来ないと気づいているのだろう。
「な、なんだい、兄さん」
「俺は引退する。お前が次のメルクーリ伯爵だ」
「兄さん? どうしたんだよ、突然。この前の大暴走では怪我しなかったんだろう?」
「ああ、しかし三年前に死にかけた」
「……」
「実はあのとき、家臣達が俺に竜血石を使ったんだ」
「竜血石?」
竜血石は竜結晶と違い、簡単に作れるものではない。
スフィーリス竜王国の王族が自らの心臓から魔力を取り出して作る、一生に一度しか出来ないものだ。
一般の竜人に匹敵する魔力があり、魔道具に使う燃料としてだけでなく、死者を蘇らせる奇跡の石としても知られていた。回復魔術の効かない竜人も魔力の供給によって自己回復能力が高まり蘇るという。
メルクーリ伯爵家にはそれが伝わっていた。
何代か前の令嬢が当時の竜王子の番で婚約の誓いとして贈られたのだ。
残念ながら彼は大暴走で父王を庇って命を失ったのだが、竜血石は彼の形見として持っていてほしいと言われて返却を拒まれた。
「死者を蘇らせる奇跡の石と言われているけれど、人間は強過ぎる魔力を受け入れきれなくて死んでしまうことがあるし、竜人も自分と相性の悪い魔力だと死んでしまう。助かっても竜人は魔力が強くなり過ぎて巨竜化後の竜王のように暴走が収まらなくなったりする、その竜血石だ」
「でも兄さんは助かったんだよね?」
ゲオルギウスはミハリスに首を横に振って見せた。
「一時的に生き長らえただけだ。俺は限界を感じている。竜人のように暴走することはなくても、いつか体内から魔力が溢れて死んでしまうだろう。……だから、今のうちにお前にこの家を託しておきたいんだ」
「僕には出来ないよ」
「大丈夫だ。信頼出来る家臣達がいるだろう?」
ゲオルギウスに竜血石を使ったのは、当主とともに戦場を駆けている一派だった。
ミハリスについている家臣は、兄である当主がいない間に弟を利用しようというクズばかりだった。さっさと切り捨ててしまいたかったのに、自分に甘い彼らを慕うミハリスに反対されて出来なかった。
それもこれもすべてはゲオルギウスがミハリスを愛し過ぎたためだ。
早くに亡くなった両親の分も弟を慈しんで育てようと思った。
なによりも幼い弟が可愛くてならなかった。
少々の我儘も愚かな言動も自分が取りなしてやればいいと思っていた。──すべてすべて間違いだった。愛しているからこそ厳しくするべきだったのだ。傷つかないよう守るのではなく、傷ついた後に傷を癒す術を教えるべきだったのだ。
しばらく考えて、ミハリスは頷いた。
「……わかった。兄さん、僕がメルクーリ伯爵家を継ぐ」
「ありがとう。ところでお前はあのコラスィアとかいう女と結婚する気なのか?」
「そんなわけないだろ! 僕には兄さんみたいな武勇がない。ちゃんと後ろ盾になってくれる家から妻を娶らなきゃ。……家を継がなかったとしても、彼女とは結婚しなかったと思うけど」
真実の愛なんてこの世にはない。
弟は婚約者を捨てて選んだはずの女を捨てるし、その兄はあんなに愛していた弟を捨てる。そもそもゲオルギウスは両親から受け継いだメルクーリ伯爵家を大切に思っているつもりだったが、あのときシンシアが逃げたいといえば平気で捨てていただろう。
真実の愛なんてこの世にはない。あるのは愛だと思い込んでおこなう愚行だけだ。
ミハリスを心配するあまり、ゲオルギウスは王家や両親の親友であったロウンドラス公爵に嘆願して、弟が大暴走の前線に送られないよう画策した。
心配で心配で、元凶を倒した後の残党狩りにも参加させなかった。貴族の子息達は、そこで力を磨いていくのに。
婚約者であるロウンドラス公爵令嬢シンシアの形式的な義妹との関係にも気づいていたけれど、一時的な遊びだと判断して強く注意しなかった。
すべてが裏目に出た。
戦場を知らないミハリスは、女と遊ぶことしか頭にない甘えた莫迦になった。
そして弟は、公爵家の跡取りを作るために娶られた後妻の連れ子に過ぎない女に夢中になって、本来の婚約者であるシンシアを捨てた。いや、捨てるより酷い。なにも知らない彼女に国全体を巻き込む忌まわしい詐欺行為の片棒を担がせ、放り出したのだ。
(あのとき……シンシアに拒まれても連れて逃げていれば良かった)
クリストポロス王国からスフィーリス竜王国まで巨竜で一日、幻獣車で半月、馬なら数ヶ月──だが、伝書用の小型の幻獣なら数日で行き来する。
ゲオルギウスは先日王家に呼び出され、竜王からの手紙の内容を聞かされた。あの男は今になってシンシアは番ではなかったと言い出したのだ。
記されていた情報から調査が始まり、今はすべてが明らかになっている。
竜王ダミアンの本当の番は、ロウンドラス公爵家の後妻の連れ子コラスィアだった。
戦勝パレードでそれに気づいた彼女は竜王の花嫁になることを恐れ、自分の魔力で作った魔結晶を指輪にして、ミハリスから義姉シンシアに贈らせた。
最初から竜王に番を誤認させることが目的の確信犯だ。
「ミハリス」
ゲオルギウスが声をかけると、自室にいた弟は飛び上がった。きちんと扉を叩いて合図したのに聞こえていなかったらしい。
小心者の弟は、シンシアが嫁いでから毎日怯えて暮らしている。
魔結晶の誤認など永遠に続きはしない。さすがにコラスィアと違って、すべてをシンシアのせいになど出来ないと気づいているのだろう。
「な、なんだい、兄さん」
「俺は引退する。お前が次のメルクーリ伯爵だ」
「兄さん? どうしたんだよ、突然。この前の大暴走では怪我しなかったんだろう?」
「ああ、しかし三年前に死にかけた」
「……」
「実はあのとき、家臣達が俺に竜血石を使ったんだ」
「竜血石?」
竜血石は竜結晶と違い、簡単に作れるものではない。
スフィーリス竜王国の王族が自らの心臓から魔力を取り出して作る、一生に一度しか出来ないものだ。
一般の竜人に匹敵する魔力があり、魔道具に使う燃料としてだけでなく、死者を蘇らせる奇跡の石としても知られていた。回復魔術の効かない竜人も魔力の供給によって自己回復能力が高まり蘇るという。
メルクーリ伯爵家にはそれが伝わっていた。
何代か前の令嬢が当時の竜王子の番で婚約の誓いとして贈られたのだ。
残念ながら彼は大暴走で父王を庇って命を失ったのだが、竜血石は彼の形見として持っていてほしいと言われて返却を拒まれた。
「死者を蘇らせる奇跡の石と言われているけれど、人間は強過ぎる魔力を受け入れきれなくて死んでしまうことがあるし、竜人も自分と相性の悪い魔力だと死んでしまう。助かっても竜人は魔力が強くなり過ぎて巨竜化後の竜王のように暴走が収まらなくなったりする、その竜血石だ」
「でも兄さんは助かったんだよね?」
ゲオルギウスはミハリスに首を横に振って見せた。
「一時的に生き長らえただけだ。俺は限界を感じている。竜人のように暴走することはなくても、いつか体内から魔力が溢れて死んでしまうだろう。……だから、今のうちにお前にこの家を託しておきたいんだ」
「僕には出来ないよ」
「大丈夫だ。信頼出来る家臣達がいるだろう?」
ゲオルギウスに竜血石を使ったのは、当主とともに戦場を駆けている一派だった。
ミハリスについている家臣は、兄である当主がいない間に弟を利用しようというクズばかりだった。さっさと切り捨ててしまいたかったのに、自分に甘い彼らを慕うミハリスに反対されて出来なかった。
それもこれもすべてはゲオルギウスがミハリスを愛し過ぎたためだ。
早くに亡くなった両親の分も弟を慈しんで育てようと思った。
なによりも幼い弟が可愛くてならなかった。
少々の我儘も愚かな言動も自分が取りなしてやればいいと思っていた。──すべてすべて間違いだった。愛しているからこそ厳しくするべきだったのだ。傷つかないよう守るのではなく、傷ついた後に傷を癒す術を教えるべきだったのだ。
しばらく考えて、ミハリスは頷いた。
「……わかった。兄さん、僕がメルクーリ伯爵家を継ぐ」
「ありがとう。ところでお前はあのコラスィアとかいう女と結婚する気なのか?」
「そんなわけないだろ! 僕には兄さんみたいな武勇がない。ちゃんと後ろ盾になってくれる家から妻を娶らなきゃ。……家を継がなかったとしても、彼女とは結婚しなかったと思うけど」
真実の愛なんてこの世にはない。
弟は婚約者を捨てて選んだはずの女を捨てるし、その兄はあんなに愛していた弟を捨てる。そもそもゲオルギウスは両親から受け継いだメルクーリ伯爵家を大切に思っているつもりだったが、あのときシンシアが逃げたいといえば平気で捨てていただろう。
真実の愛なんてこの世にはない。あるのは愛だと思い込んでおこなう愚行だけだ。
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