愛の鐘を鳴らすのは

豆狸

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第九話 復活のベンハミン

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「でも良かった。僕はてっきり君がミゲルを好きなのかと思った」
「嫌いではないけど恋愛感情ではないわ。……イレーネ商会へ遊びに行くと、アレハンドロのお父様が貴方の悪戯に怒ったり商売について教えたりしてたでしょ? 私が折れやすい枝の木に登ろうとしてたときに止めてくれて、庭に咲く花の名前を教えてくれたのは、父ではなくてミゲルなのよ」
「ふうん。……ミゲルはさ、好きだった女性を貴族の男に奪われちゃって、それで独身を通してるらしいよ」

 私は苦笑を漏らした。

「よくそんな踏み込んだことを聞けたわねえ」
「うん。母さんや爺さん達は気づいてないみたいだけど、僕は初めて会ったときから……」

 そのとき背後で、階段の上の方から声がした。父の部屋の辺りからだろうか。

「なんでそんなこと言うのッ? お爺様がアタシを跡取りにするって言ってるんだから、それでいいじゃないッ! あの女に頭を下げて、当主になってもらうなんて嫌よッ!」

 フェティチェの叫び声だった。父の部屋で話をしていたらしい。
 自室へ戻ったのか、二階の廊下を走っていく音がした。
 アレハンドロが溜息を漏らす。

「エウヘニオ伯父さん、あの子に見栄を張ってたんじゃないかな。自分は貴族だから裕福で、なんでも出来るって。今さらイレーネ商会  う ち  の援助がなけりゃやっていけないし、その援助もカルロータがいなけりゃもらえないなんて言えなかったんだろうね。それでカルロータに当主になってもらえ、とだけ言って反発されたんだ」
「そんなところでしょうね」

 私も溜息をついた。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 焼き魚のマヨネーズソースは美味しかった。
 焼き魚と言っても網で焼いて大根おろしと醤油で食べる系じゃなくて、フライパンで香ばしく焼いた……ポワレ? な感じだ。
 夕食の後でアレハンドロに付き添ってもらって、父に忠告はした。でも脅しだと決めつけられた上に睨みつけられたので、言い募るのはやめた。『物語の強制力』でカルロータが無意識に動くのだとしたら、ほかに対処のしようもないし。

 アレハンドロだけでなく、クリストバルも今夜も泊まるらしい。
 少女漫画『愛の鐘を鳴らして~オルティス侯爵家殺人事件~』では、今日は実家へ戻ってたんだけどね。
 少女漫画の中のカルロータがフェティチェ殺しを実行しようとしたのは、クリストバルがいなかったからかもしれない。

 そのクリストバルも夕食の後で、フェティチェに話しかけて怒鳴られていた。
 私に当主の座を返すようにと話したかららしい。素直に私がいなくなったらイレーネ商会からの援助を受けられないからだと言えばいいのに、父もクリストバルも見栄を張るからフェティチェに聞いてもらえないのだ。
 もちろん暴君クソ爺もお金のことはわかっているだろうけど、さすがに自分から言い出したことを曲げる気はないようだ。

 夕食の後、叔母様達にベンハミンに会わせてもらえないかとお願いしたが、若い女性の見るものではないと言われて拒まれた。
 棺のある部屋にも入れてもらえなかった。
 少し寂しかったものの、見たら見たで感情が処理出来なくなりそうな気もする。

 私とオルティス侯爵家の絶縁手続きはベンハミンの葬儀が終わってからということで、今日はいつもより早く自室へと戻った。
 ぼんやりと本のページだけめくるのを繰り返してから寝台へと入る。
 豪雨だった昨夜よりも静かなのに、なぜか眠れない。

 私は何度も寝返りを繰り返していた。
 ベンハミンの死は事故死なのだろうか、殺人なのだろうか。
 犯人はだれなのだろうか、カルロータだったりするのだろうか。どんなに悩んでも答えは出ない。

「……ッ!」

 叫び声のようなものが聞こえたのは、眠りに就くのを諦めて体を起こしたときだった。
 父の部屋の方向から聞こえてきた気がする。
 カルロータはここにいる。では事件を起こしているのはだれ?

 上着を羽織り、部屋の扉を少しだけ開けて廊下を見る。
 父の部屋の扉が開いていた。
 叫び声だけでなく、複数の人間が激しく暴れているような音も聞こえてくる。息を潜めて見つめていると、室内からだれかが転がり出てきた。

「え?……ミ、ミゲル?」

 続いて出てきた男性がミゲルにのしかかる。

「ベンハミン!」

 それはベンハミンだった。
 なんで? ああ、でも彼の遺体は見ていない。遺体は見ていないわ。
 さらにアレハンドロまで父の部屋から出てきた。私の言葉を気にして、父の護衛をしてくれていたのだろうか。彼は扉の隙間から見つめる私に気づき、にっこりと笑いかけてきた。

「やあカルロータ。残念ながらエウヘニオ伯父さんは無事だよ。夜更かしはお肌に悪いから、とりあえず寝直しなよ。種明かしは明日、騎士団を呼んでからにするから」

 ミゲルの両腕を背中に回して縄で縛りながら、ベンハミンも私に気づく。

「やあカルロータ。心配かけて悪かったね。おやすみ、また明日」
「お、おやすみなさい?」
「おやすみ、カルロータ」
「アレハンドロもおやすみなさい」

 こんなにわけのわからない状況で寝られるものか!
 と思ったのに、ベンハミンが生きていたことで悩みが解消されたらしく、寝台に戻った私はすぐに眠りに就いてしまった。
 ああ、これが夢ではありませんように。
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