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第七話 ヤニス

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 夜会でサヴィナと話をしてから、ヤニスは自分直属の近衛騎士にペリクレスの監視を命じていた。
 あの夜ヤニスに同行していた女性騎士も選ばれた監視隊の一員だ。
 秘匿すべき情報を知ってしまった彼女を野放しにすることは出来ない。

 一方ヤニスは、側近であり親友であるロウバニスにはこの件を明かしていなかった。
 ロウバニスはペリクレスの親友でもある。
 友情から妙な義侠心を出されては困ったことになる。

 サヴィナは自分が離縁すれば、と言っていたが、どちらがペリクレスの相手だったとしても、付き合い始めたときの彼が既婚者だったことが問題なのだ。
 初めから弄ぶつもりで近づいたと言われても反論出来ない。
 それに、あの夜サヴィナには言わなかったけれど、ただの浮気でない場合もある。

(グナエウス皇帝の粛清を生き延びた皇族が反逆を企んでいるのかもしれない)

 シミティス辺境伯家はヌメリウス帝国と国境を接している。
 ペリクレスは浮気しているのではなく、反逆者に篭絡されて帝国へ攻め入るつもりなのかもしれない。
 もしそうだったとしたら、否が応でも王国全体が戦火に包まれる。

 王妃の尽力で、この王国は帝国と友好関係にありながらも周辺諸国とも悪い関係ではなかった。
 穀倉地帯を治めるカンバネリス公爵家が、帝国に敵対行為と認識されないギリギリのところで、この辺りの主食である麦を周辺諸国へも安く販売していたからだ。
 王国と帝国が戦争状態になったら、周辺諸国は──

(助けは期待出来ないな)

 ヤニスは心の中で呟く。
 帝国の脅威で周辺諸国が疲弊していることもあるが、そもそもこの王国は、いや王家は信頼を失っていた。
 ヤニスのせいだ。ヤニスがカッサンドラとの婚約を破棄したからだ。彼女に冤罪を着せて国外追放したからだ。

 長年仕えてくれていた自国の公爵家の令嬢との婚約を浮気で破棄するような王太子のいる国など、だれも信用しない。
 ヤニスがイロイダと結婚出来たのは、ふたりが認められたからではない。認められるための努力をしたからでもない。
 国内外の女性が、信用出来ないヤニスとの婚姻を拒んだからだ。ほかにヤニスの妻になろうという人間がいなかったのである。

 ヤニスの婚約破棄がきっかけで、王妃への冷遇も衆目に晒されることとなった。
 公務を果たすだけのお飾り王妃と蔑んでいたのは、王宮内にいる国王と愛妾の一味だけだ。
 国外では彼女の有能さは認められていた。そしてヤニスと愛妾の存在は、王妃に子どもが出来なくて迎え入れた愛妾とその子どもとして受け入れられていた。

 真実が明らかになった今、ヤニスも国王もシモの緩い浮気男と見られている。
 帝国と王国が戦争を始めたなら、周辺諸国は王家に救いの手を伸ばすのではなく、有能で信頼の置ける王国の貴族家を勧誘することを選択するだろう。
 下手をしたら、もうどこかの国がカンバネリス公爵家に離反を囁いている可能性もある。国内の貴族家だって公爵家を旗頭にして王家のすげ替えを計画していてもおかしくない。

は、俺の側近のペリクレスから切り崩そうという策略なのかもしれない)

 だが食い止めてみせる、と思いながら、ヤニスは執務室の机を離れた。
 本日監視当番だった女性騎士から連絡があったのだ。
 ペリクレスが目的を言わずにシミティス辺境伯邸を出て、怪しい女と密会していると。

 しばらくは現場の判断に任せるつもりだったが、どうしても心が騒ぐ。
 ふたりの様子だけでも確認しておくために、ヤニスは護衛とともに王宮を出た。
 もちろん護衛も事情を知る監視隊の近衛騎士だ。ロウバニスは非番であった。
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