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第二話 私の婚約者様から逃げたい!
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「死ねば良かろう」
翌日の魔術学園のお昼休み。
昨日お借りした魔術書を魔術科のレニー様に返した私は、同じ錬金術科の親友ロティ王女と校内のカフェに来ている。ちなみに呪術科というのはない。
レニー様と結婚したくないと言うと、彼女はあっさり答えてコカトリスのソテーを口に運んだ。
「酷い。ロティ様は私がいなくなってもいいんですね」
「いいわけなかろう。チルダはわらわの親友じゃ。しかし侯爵家の力は強いからのう。王家にも口出しできぬ。……前の王太子のこともあるしな」
お父様やお母様がこの学園の生徒だったころ、前の王太子殿下が妖しい女に惑わされて公爵令嬢との婚約を破棄した。
妖しい女が呪術で王太子殿下とその取り巻きを魅了していると見破り、解呪したのは当時の侯爵令息、現侯爵閣下である。
前の王太子殿下は廃嫡され、弟に当たる今の国王陛下、ロティ王女のお父君が即位なさった。陛下は侯爵閣下の活躍を高く評価している。
「じゃから……」
コカトリスのソテーを飲み込んで、ロティ王女が私の耳に顔を近づける。
さりげなく私のお皿のベヒーモスの赤野菜煮にフォークを向けていらっしゃいますが、差し上げませんよ。
「伯爵殿の仮死薬で死んだ振りをして逃げれば良かろう?……母御と同じように」
前の王太子殿下は公爵令嬢との婚約を破棄しただけでなく、彼女に冤罪を着せて処刑しようとした。
その公爵令嬢が私のお母様。
お母様は処刑前にお父様が調合した仮死薬を飲み、毒で自害した振りをして投獄されていた牢から逃げ出したのだ。私の親友であるロティ王女とお母様の兄君の現公爵閣下以外の方は、みんなお母様が亡くなったのだと思っている。ロティ王女の婚約者である公爵令息も叔母の生存をご存じない。
「無理ですわ」
さりげない所作でロティ王女のフォークの先を私の赤野菜煮から、彼女のコカトリスのソテーのお皿に残った人参へ向けて言う。
「錬金術は素材の力に頼る部分がありますの。お父様の仮死薬はブルードラゴンの血を素材としています。簡単には用意できませんわ」
「そうか。伯爵領で眠るドラゴンは……ブラックドラゴンじゃったな」
ロティ王女はご自分の指を飾る黒い指輪に視線を落とした。
同じ錬金術科に所属しているが、彼女には錬金術の才はない。
彼女が生まれ持ったのは呪術の才で、人心を操る危険なその力は、私が作ったブラックドラゴンの鱗の指輪で封じられていた。
「ブラックドラゴンの鱗ならまだ数枚あるんですよね」
「昨日借りたという魔術書に、良さそうな錬金術の記述はなかったのかえ?」
「ブラックドラゴンの鱗から作る腕輪について書かれていましたが、どのような効果があるのかはよくわかりません。魔術書は力と知識のあるものにしか読み解けないよう隠語を使って書かれていますし、錬金術は特に謎めいた書き方をするものですから」
卒業が近いので、ほとんどの授業が自由参加になっていた。
魔術学園をお休みして領地へ戻り、お父様に協力を仰いでブラックドラゴンの鱗から作る腕輪について調べようかと思っている。
昨日の夜、該当する部分は別紙に書き写しておいたのだ。
その考えを伝えると、ロティ王女が酷く寂しがったので、私はベヒーモスの赤野菜煮を少し分けてあげた。
ロティ王女はお返しにと、ご自分のお皿に残っていた人参をくださった。
彼女は人参が嫌いだ。
……こんなことだから、レニー様にも甘く見られているのでしょうね。
翌日の魔術学園のお昼休み。
昨日お借りした魔術書を魔術科のレニー様に返した私は、同じ錬金術科の親友ロティ王女と校内のカフェに来ている。ちなみに呪術科というのはない。
レニー様と結婚したくないと言うと、彼女はあっさり答えてコカトリスのソテーを口に運んだ。
「酷い。ロティ様は私がいなくなってもいいんですね」
「いいわけなかろう。チルダはわらわの親友じゃ。しかし侯爵家の力は強いからのう。王家にも口出しできぬ。……前の王太子のこともあるしな」
お父様やお母様がこの学園の生徒だったころ、前の王太子殿下が妖しい女に惑わされて公爵令嬢との婚約を破棄した。
妖しい女が呪術で王太子殿下とその取り巻きを魅了していると見破り、解呪したのは当時の侯爵令息、現侯爵閣下である。
前の王太子殿下は廃嫡され、弟に当たる今の国王陛下、ロティ王女のお父君が即位なさった。陛下は侯爵閣下の活躍を高く評価している。
「じゃから……」
コカトリスのソテーを飲み込んで、ロティ王女が私の耳に顔を近づける。
さりげなく私のお皿のベヒーモスの赤野菜煮にフォークを向けていらっしゃいますが、差し上げませんよ。
「伯爵殿の仮死薬で死んだ振りをして逃げれば良かろう?……母御と同じように」
前の王太子殿下は公爵令嬢との婚約を破棄しただけでなく、彼女に冤罪を着せて処刑しようとした。
その公爵令嬢が私のお母様。
お母様は処刑前にお父様が調合した仮死薬を飲み、毒で自害した振りをして投獄されていた牢から逃げ出したのだ。私の親友であるロティ王女とお母様の兄君の現公爵閣下以外の方は、みんなお母様が亡くなったのだと思っている。ロティ王女の婚約者である公爵令息も叔母の生存をご存じない。
「無理ですわ」
さりげない所作でロティ王女のフォークの先を私の赤野菜煮から、彼女のコカトリスのソテーのお皿に残った人参へ向けて言う。
「錬金術は素材の力に頼る部分がありますの。お父様の仮死薬はブルードラゴンの血を素材としています。簡単には用意できませんわ」
「そうか。伯爵領で眠るドラゴンは……ブラックドラゴンじゃったな」
ロティ王女はご自分の指を飾る黒い指輪に視線を落とした。
同じ錬金術科に所属しているが、彼女には錬金術の才はない。
彼女が生まれ持ったのは呪術の才で、人心を操る危険なその力は、私が作ったブラックドラゴンの鱗の指輪で封じられていた。
「ブラックドラゴンの鱗ならまだ数枚あるんですよね」
「昨日借りたという魔術書に、良さそうな錬金術の記述はなかったのかえ?」
「ブラックドラゴンの鱗から作る腕輪について書かれていましたが、どのような効果があるのかはよくわかりません。魔術書は力と知識のあるものにしか読み解けないよう隠語を使って書かれていますし、錬金術は特に謎めいた書き方をするものですから」
卒業が近いので、ほとんどの授業が自由参加になっていた。
魔術学園をお休みして領地へ戻り、お父様に協力を仰いでブラックドラゴンの鱗から作る腕輪について調べようかと思っている。
昨日の夜、該当する部分は別紙に書き写しておいたのだ。
その考えを伝えると、ロティ王女が酷く寂しがったので、私はベヒーモスの赤野菜煮を少し分けてあげた。
ロティ王女はお返しにと、ご自分のお皿に残っていた人参をくださった。
彼女は人参が嫌いだ。
……こんなことだから、レニー様にも甘く見られているのでしょうね。
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