1 / 5
第一話 私の求婚者様達が多過ぎる。
しおりを挟む
私は溜息をついた。
卒業パーティもそろそろ終わり。ゾンネンズゥステーム連邦六王国の王侯貴族の跡取り達が集められた魔道学園での日々もこれでお終いだ。学園は、六王国のどこにも属さない自治領にある。
室内楽団がラストダンスの前奏を奏で始める。
グランツ様は婚約者の私ではなく、特待生のベギーアデ様をお相手に選ばれたようだ。
ひとり壁際へと向かう。親友のエーデル様が、苦笑して出迎えてくれた。
「ほかの方を誘えばよろしかったのに」
「そういうわけにはいきませんわ。私はグランツ様の婚約者なんですもの。ファーストダンスとラストダンスだけは……」
「あちらはほかの方と踊るつもりのようですわよ? ほら、あの、どんなに莫迦な男でも権力と財産さえあれば目が眩む女と」
返す言葉を見つけられなくて、私は力なく微笑んだ。
莫迦ね、と呟いて、エーデル様が抱き寄せてくださる。
見上げた微笑みは、どこか懐かしく思えた。友達になったのは魔道学園に入学してからだけど、それ以前にもどこかで会っているのかもしれない。故郷のヴェーヌス王国で六王国会議が開かれたのは、何年前のことだったかしら。
「エーデル様こそおひとりですの?」
「ゾンネンズゥステーム連邦六王国のひとつ、ザトゥルン王国の跡取りが殿方とラストダンスを踊ったりしたら、たちまち大騒ぎになってしまうわ。私は処女王として連邦の殿方を手玉に取る予定ですの」
「うふふ」
「私が男だったなら、ヴェーヌス王国の莫迦王子からあなたを奪い取ったのだけれど」
「ありがとうございます。でも……考えてみれば、今夜はたっぷりダンスを踊りましたわ。ラストダンスは踊らなくてもいいくらい」
ファーストダンスだけは会場までエスコートしてきてくださったグランツ様と踊って、ラストダンスはこうしてひとり。
だけど途中のダンスでは、誘ってくださる殿方もいた。
「みんな、ラストダンスの前に聞いてほしい!」
ラストダンスが始まろうとしていたとき、グランツ様が壇上で声を上げた。ヴェーヌス王国の王太子である彼は、私の婚約者だ。
ヴェーヌス王国は六王国の中で一番小さい国だ。
彼の傍らには、か弱い小動物のような風情のベギーアデ様がいらっしゃる。
「今ここに宣言したい! 私、ヴェーヌス王国王太子グランツは、我が国の侯爵令嬢アプリルとの婚約を破棄する! なぜなら彼女はベギーアデ嬢に……」
「あー黙れ黙れ」
グランツ様の言葉を遮ったのは、マルス王国の王太子シャルラハロート殿下だ。
燃え盛る炎のような緋色の髪が美しい。
グランツ様とのファーストダンスの後で、私にダンスを申し込んでくださった方だ。大柄で、鍛え抜かれた逞しい体の持ち主だ。広大なマルス王国は凶暴なモンスターが多く、国民はみな戦闘能力を磨いている。
「理由なんかどーでもいい。大事なのは貴様がアプリル嬢と別れるってことだ。婚約を破棄するってのはそういうことだろ?」
「あ、ああ」
「……なるほど」
「きゃ」
隣で声がして飛び上がる。
そこには、シャルラハロート殿下の次にダンスを申し込んでくださったメルクーア王国の王太子ズィルバー殿下がいらっしゃった。
麗しい銀の髪を揺らして、彼は私の手を取り甲に口づけた。メルクーア王国は芸術と恋愛の国。魔道学園ではズィルバー殿下の華やかな恋愛模様が、毎日のように噂されていた。
「それでは私がアプリル嬢に結婚を申し込んでも良いということですね」
「ズィルバー! 俺がグランツと話してる間に抜け駆けしてんじゃねぇぞ!」
「そうだよ。アプリル嬢、騙されちゃダメだよ。シャルラハロートもズィルバーも、滅茶苦茶女癖悪いんだから! その点、僕は好きな娘一筋だよー」
いつの間にか目の前に立っていたユーピター王国のアメテュスト大公が、紫水晶の瞳で見つめてくる。
彼とはズィルバー殿下の後でダンスを踊った。
ユーピター王国は智者の国。卒業後のアメテュスト大公は、六王国で一番大きな自国の大学にご入学なさるのだろう。学園の試験では、いつも飄々と首位を獲得され続けていた。
「……騒ぐな。決めるのはアプリル嬢だろう」
アメテュスト大公の後ろでおっしゃるのは、ウーラヌス王国の若き王ラピスラーツリ陛下。
ラストダンスの直前に踊ったときは、さまざまな青が入り混じる瞳に吸い込まれそうだった。
ウーラヌス王国は連邦の食糧庫。ラピスラーツリ陛下は、戦闘向きとは違う方向に鍛えられたがっしりとした体をお持ちだ。お国では民と一緒に畑を耕していると聞く。
「そうだな」
グランツ様に話しかけていたシャルラハロート殿下が、こちらへやって来る。
ゾンネンズゥステーム連邦の六王国、エーデル様のザトゥルン王国とグランツ様のヴェーヌス王国を除く四王国の重鎮が、私を囲んで跪く。
エーデル様が小声で、私も跪きましょうか? なんておっしゃるけどやめてください。
「「「「アプリル嬢」」」」
シャルラハロート殿下が、ズィルバー殿下が、アメテュスト大公が、ラピスラーツリ陛下が立ち上がり手を差し伸べてくる。
「俺と」
「私と」
「僕と」
「余と」
四人が声を揃えた。
「「「「結婚してください!」」」」
「……お断りいたします」
私はぺこりと頭を下げた。
隣に立つエーデル様は笑いを噛み殺しながら、そうよねえ、と呟いてらっしゃる。
「なぜだ」
「なぜです」
「どうして?」
「理由が聞きたい」
求婚者達に結婚を断った理由を問われて、私は溜息をついた。
卒業パーティもそろそろ終わり。ゾンネンズゥステーム連邦六王国の王侯貴族の跡取り達が集められた魔道学園での日々もこれでお終いだ。学園は、六王国のどこにも属さない自治領にある。
室内楽団がラストダンスの前奏を奏で始める。
グランツ様は婚約者の私ではなく、特待生のベギーアデ様をお相手に選ばれたようだ。
ひとり壁際へと向かう。親友のエーデル様が、苦笑して出迎えてくれた。
「ほかの方を誘えばよろしかったのに」
「そういうわけにはいきませんわ。私はグランツ様の婚約者なんですもの。ファーストダンスとラストダンスだけは……」
「あちらはほかの方と踊るつもりのようですわよ? ほら、あの、どんなに莫迦な男でも権力と財産さえあれば目が眩む女と」
返す言葉を見つけられなくて、私は力なく微笑んだ。
莫迦ね、と呟いて、エーデル様が抱き寄せてくださる。
見上げた微笑みは、どこか懐かしく思えた。友達になったのは魔道学園に入学してからだけど、それ以前にもどこかで会っているのかもしれない。故郷のヴェーヌス王国で六王国会議が開かれたのは、何年前のことだったかしら。
「エーデル様こそおひとりですの?」
「ゾンネンズゥステーム連邦六王国のひとつ、ザトゥルン王国の跡取りが殿方とラストダンスを踊ったりしたら、たちまち大騒ぎになってしまうわ。私は処女王として連邦の殿方を手玉に取る予定ですの」
「うふふ」
「私が男だったなら、ヴェーヌス王国の莫迦王子からあなたを奪い取ったのだけれど」
「ありがとうございます。でも……考えてみれば、今夜はたっぷりダンスを踊りましたわ。ラストダンスは踊らなくてもいいくらい」
ファーストダンスだけは会場までエスコートしてきてくださったグランツ様と踊って、ラストダンスはこうしてひとり。
だけど途中のダンスでは、誘ってくださる殿方もいた。
「みんな、ラストダンスの前に聞いてほしい!」
ラストダンスが始まろうとしていたとき、グランツ様が壇上で声を上げた。ヴェーヌス王国の王太子である彼は、私の婚約者だ。
ヴェーヌス王国は六王国の中で一番小さい国だ。
彼の傍らには、か弱い小動物のような風情のベギーアデ様がいらっしゃる。
「今ここに宣言したい! 私、ヴェーヌス王国王太子グランツは、我が国の侯爵令嬢アプリルとの婚約を破棄する! なぜなら彼女はベギーアデ嬢に……」
「あー黙れ黙れ」
グランツ様の言葉を遮ったのは、マルス王国の王太子シャルラハロート殿下だ。
燃え盛る炎のような緋色の髪が美しい。
グランツ様とのファーストダンスの後で、私にダンスを申し込んでくださった方だ。大柄で、鍛え抜かれた逞しい体の持ち主だ。広大なマルス王国は凶暴なモンスターが多く、国民はみな戦闘能力を磨いている。
「理由なんかどーでもいい。大事なのは貴様がアプリル嬢と別れるってことだ。婚約を破棄するってのはそういうことだろ?」
「あ、ああ」
「……なるほど」
「きゃ」
隣で声がして飛び上がる。
そこには、シャルラハロート殿下の次にダンスを申し込んでくださったメルクーア王国の王太子ズィルバー殿下がいらっしゃった。
麗しい銀の髪を揺らして、彼は私の手を取り甲に口づけた。メルクーア王国は芸術と恋愛の国。魔道学園ではズィルバー殿下の華やかな恋愛模様が、毎日のように噂されていた。
「それでは私がアプリル嬢に結婚を申し込んでも良いということですね」
「ズィルバー! 俺がグランツと話してる間に抜け駆けしてんじゃねぇぞ!」
「そうだよ。アプリル嬢、騙されちゃダメだよ。シャルラハロートもズィルバーも、滅茶苦茶女癖悪いんだから! その点、僕は好きな娘一筋だよー」
いつの間にか目の前に立っていたユーピター王国のアメテュスト大公が、紫水晶の瞳で見つめてくる。
彼とはズィルバー殿下の後でダンスを踊った。
ユーピター王国は智者の国。卒業後のアメテュスト大公は、六王国で一番大きな自国の大学にご入学なさるのだろう。学園の試験では、いつも飄々と首位を獲得され続けていた。
「……騒ぐな。決めるのはアプリル嬢だろう」
アメテュスト大公の後ろでおっしゃるのは、ウーラヌス王国の若き王ラピスラーツリ陛下。
ラストダンスの直前に踊ったときは、さまざまな青が入り混じる瞳に吸い込まれそうだった。
ウーラヌス王国は連邦の食糧庫。ラピスラーツリ陛下は、戦闘向きとは違う方向に鍛えられたがっしりとした体をお持ちだ。お国では民と一緒に畑を耕していると聞く。
「そうだな」
グランツ様に話しかけていたシャルラハロート殿下が、こちらへやって来る。
ゾンネンズゥステーム連邦の六王国、エーデル様のザトゥルン王国とグランツ様のヴェーヌス王国を除く四王国の重鎮が、私を囲んで跪く。
エーデル様が小声で、私も跪きましょうか? なんておっしゃるけどやめてください。
「「「「アプリル嬢」」」」
シャルラハロート殿下が、ズィルバー殿下が、アメテュスト大公が、ラピスラーツリ陛下が立ち上がり手を差し伸べてくる。
「俺と」
「私と」
「僕と」
「余と」
四人が声を揃えた。
「「「「結婚してください!」」」」
「……お断りいたします」
私はぺこりと頭を下げた。
隣に立つエーデル様は笑いを噛み殺しながら、そうよねえ、と呟いてらっしゃる。
「なぜだ」
「なぜです」
「どうして?」
「理由が聞きたい」
求婚者達に結婚を断った理由を問われて、私は溜息をついた。
77
お気に入りに追加
375
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したようです。アレして良いですか?【再録】
仲村 嘉高
恋愛
魔法と剣の世界に転生した私。
「嘘、私、王子の婚約者?」
しかも何かゲームの世界???
私の『宝物』と同じ世界???
平民のヒロインに甘い事を囁いて、公爵令嬢との婚約を破棄する王子?
なにその非常識な設定の世界。ゲームじゃないのよ?
それが認められる国、大丈夫なの?
この王子様、何を言っても聞く耳持ちゃしません。
こんなクソ王子、ざまぁして良いですよね?
性格も、口も、決して良いとは言えない社会人女性が乙女ゲームの世界に転生した。
乙女ゲーム?なにそれ美味しいの?そんな人が……
ご都合主義です。
転生もの、初挑戦した作品です。
温かい目で見守っていただければ幸いです。
本編97話・乙女ゲーム部15話
※R15は、ざまぁの為の保険です。
※他サイトでも公開してます。
※なろうに移行した作品ですが、R18指定され、非公開措置とされました(笑)
それに伴い、作品を引き下げる事にしたので、こちらに移行します。
昔の作品でかなり拙いですが、それでも宜しければお読みください。
※感想は、全て読ませていただきますが、なにしろ昔の作品ですので、基本返信はいたしませんので、ご了承ください。
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
人形令嬢と呼ばれる婚約者の心の声を聞いた結果、滅茶苦茶嫌われていました。
久留茶
恋愛
公爵令嬢のローレライは王国の第一王子フィルナートと婚約しているが、婚約者であるフィルナートは傲慢で浮気者であった。そんな王子に疲れ果てたローレライは徐々に心を閉ざしていった。ローレライとフィルナートが通う学園内で彼女は感情を表に出さない『人形令嬢』と呼ばれるようになっていた。
フィルナートは自分が原因であるにも関わらず、ローレライの素っ気ない態度に腹を立てる。
そんなフィルナートのもとに怪しい魔法使いが現れ、ローレライの心の声が聞こえるという魔法の薬を彼に渡した。薬を飲んだフィルナートの頭の中にローレライの心の声が聞こえるようになったのだが・・・。
*小説家になろうにも掲載しています。
【完結】何度ループしても私を愛さなかった婚約者が言い寄ってきたのですが、あなたとの白い結婚は10回以上経験したので、もう信じられません!
プラネットプラント
恋愛
ヘンリエッタは何度も人生を繰り返している。それでわかったことは、王子と結婚すると、絶望して自殺することだった。
冤罪により婚約破棄されて国外追放された王女は、隣国の王子に結婚を申し込まれました。
香取鞠里
恋愛
「マーガレット、お前は恥だ。この城から、いやこの王国から出ていけ!」
姉の吹き込んだ嘘により、婚約パーティーの日に婚約破棄と勘当、国外追放を受けたマーガレット。
「では、こうしましょう。マーガレット、きみを僕のものにしよう」
けれど、追放された先で隣国の王子に拾われて!?
ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~
緑谷めい
恋愛
私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。
4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!
一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。
あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?
王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。
そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?
* ハッピーエンドです。
愛と浮気と報復と
よーこ
恋愛
婚約中の幼馴染が浮気した。
絶対に許さない。酷い目に合わせてやる。
どんな理由があったとしても関係ない。
だって、わたしは傷ついたのだから。
※R15は必要ないだろうけど念のため。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる