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最終話 私が選んだ運命は
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学園を卒業してから三年後、奇しくも婚約破棄された夢で見たのと同じころに、私は婿を迎えた。多くの候補者の中から自分で選んだ婿だ。
妹もそろそろ王家に嫁ぐ。
彼女の妃教育は完ぺきだし、すぐに即位するわけではないが、第二王子殿下も未来の国王に相応しい王太子殿下だとして称賛されている。
「ねえ、アカマース」
いつからか、私にとっての蜂蜜色になった琥珀の瞳を見つめて呼びかける。
「なんですか、リディア」
結婚までは三年かかったけれど、アカマースは私の監視役が終わってすぐに近衛騎士の職を辞していた。
それからスクリヴァ公爵家の騎士団に入って見習いから修業をして結果を出し、あっという間に役職付きとなってからは文官としての才能をも見せたことで、スクリヴァ公爵家の未来の女当主の婿候補のひとりに相応しいと認められたのだった。
もっともあのとき監視役として来た時点で、父は彼を認めていたのかもしれない。
「求婚してくれたときに、私が王太子殿下の婚約者だったころから密かに慕っていたと言ってくれたわよね?」
「はい。リディアと俺だけの秘密ですよ。貴女が不貞を疑われるようなことになったら嫌ですからね」
イタズラに微笑んで、アカマースは自分の唇に人差し指を当てた。
近衛騎士でなくなった彼はよく笑う。
たまに厳つい仏頂面をしているときは檸檬を食べた後だった。ふわふわパンケーキの期間限定檸檬ソースは酸味が強過ぎたものの、その刺激がどうにも癖になってしまったのだという。スクリヴァ公爵家は平和だ。
「私が見る貴方は、いつも大体厳つい仏頂面だったわ。一体いつ私に恋をしたの?」
「そうですね。……最初見習いとして王太子殿下につけられたときは、リディアのことも殿下のことも俺が命懸けで守らなくてはならない子どもだと思っていました。いつなにが起こるかしれないと思うと怖くて、仏頂面をしていたというより緊張して顔が強張っていたんです」
「そうだったの。わざと周囲を威圧しているのだと思っていたわ。眉間に皺も寄っていたし」
「威圧って……」
苦笑しながら、アカマースは人差し指で自分の眉間を撫でている。
「最近は消えたわよ」
「それは良かったです。あのころ周りの人に、怒ってるの? とよく聞かれたのは眉間に皺が寄っていたからだったんですね」
「ふふふ、自覚がなかったのね」
「これからは俺の眉間に皺が寄っていたら教えてください。ただでさえ大柄で熊みたいだと言われているのに、眉間に皺まで寄っていたのでは子どもに怯えられてしまう」
私は頷いた。
私のお腹には彼の子どもがいるのだ。お腹は、もうかなり大きくなっていた。
「……俺がリディアに恋をしたのは十九歳のときですね」
アカマースはいきなり話題を戻した。
「避暑地のお祭りへ行ったころね」
「はい。ただでさえ俺が学園に通っていた間離れていて、久しぶりに会ったらリディアは子どもから少女になっていて……彼女を追いかけて行った殿下の捜索に同行したいと言った貴女は、今にも泣き出しそうなのに涙を堪えていて……そのときですかね。殿下の近衛騎士としてでも男としてでも、とにかく貴女を守りたいと思ったんです。涙を堪えることなく泣けるようにしてあげたい、と」
「ふぅん」
「お気に召しませんでしたか?」
「どうせならお芝居や恋愛小説のように劇的な恋の始まりが良かったわ」
「期待に沿えず申し訳ありませんでした」
憎まれ口を叩いた私の赤い髪を、アカマースは大きな手でくしゃりと撫でる。
「……嘘よ」
「リディア?」
「貴方が私に恋してくれて良かったわ」
「俺も貴女に選んでもらえて良かったです」
激しく打ち寄せる運命ではなかったけれど、私は貴方と生きる運命を選んだ。
貴方も私と生きる運命を選んでくれたのだと信じたい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それからしばらくして、私は出産した。彼そっくりの元気な男の子だった。
「ありがとうリディア、ありがとう」
赤ん坊を抱き締めて、顔を涙でびしょ濡れにしているアカマースの黒い髪をくしゃりと撫でる。大柄な彼は、私と視線の位置を合わせるためにベッドの横で膝をついていた。
彼の泣き顔に遠い記憶が蘇るような気がしたが、無念の死を遂げた人間が過去へ戻るなんておとぎ話だ。
そう思いながら私は、それでもあの日見た夢と同じように、彼の髪を撫で続けた。
私が選んだ幸せな運命はあの夢とは違う。明日からもずっと続いていく──
妹もそろそろ王家に嫁ぐ。
彼女の妃教育は完ぺきだし、すぐに即位するわけではないが、第二王子殿下も未来の国王に相応しい王太子殿下だとして称賛されている。
「ねえ、アカマース」
いつからか、私にとっての蜂蜜色になった琥珀の瞳を見つめて呼びかける。
「なんですか、リディア」
結婚までは三年かかったけれど、アカマースは私の監視役が終わってすぐに近衛騎士の職を辞していた。
それからスクリヴァ公爵家の騎士団に入って見習いから修業をして結果を出し、あっという間に役職付きとなってからは文官としての才能をも見せたことで、スクリヴァ公爵家の未来の女当主の婿候補のひとりに相応しいと認められたのだった。
もっともあのとき監視役として来た時点で、父は彼を認めていたのかもしれない。
「求婚してくれたときに、私が王太子殿下の婚約者だったころから密かに慕っていたと言ってくれたわよね?」
「はい。リディアと俺だけの秘密ですよ。貴女が不貞を疑われるようなことになったら嫌ですからね」
イタズラに微笑んで、アカマースは自分の唇に人差し指を当てた。
近衛騎士でなくなった彼はよく笑う。
たまに厳つい仏頂面をしているときは檸檬を食べた後だった。ふわふわパンケーキの期間限定檸檬ソースは酸味が強過ぎたものの、その刺激がどうにも癖になってしまったのだという。スクリヴァ公爵家は平和だ。
「私が見る貴方は、いつも大体厳つい仏頂面だったわ。一体いつ私に恋をしたの?」
「そうですね。……最初見習いとして王太子殿下につけられたときは、リディアのことも殿下のことも俺が命懸けで守らなくてはならない子どもだと思っていました。いつなにが起こるかしれないと思うと怖くて、仏頂面をしていたというより緊張して顔が強張っていたんです」
「そうだったの。わざと周囲を威圧しているのだと思っていたわ。眉間に皺も寄っていたし」
「威圧って……」
苦笑しながら、アカマースは人差し指で自分の眉間を撫でている。
「最近は消えたわよ」
「それは良かったです。あのころ周りの人に、怒ってるの? とよく聞かれたのは眉間に皺が寄っていたからだったんですね」
「ふふふ、自覚がなかったのね」
「これからは俺の眉間に皺が寄っていたら教えてください。ただでさえ大柄で熊みたいだと言われているのに、眉間に皺まで寄っていたのでは子どもに怯えられてしまう」
私は頷いた。
私のお腹には彼の子どもがいるのだ。お腹は、もうかなり大きくなっていた。
「……俺がリディアに恋をしたのは十九歳のときですね」
アカマースはいきなり話題を戻した。
「避暑地のお祭りへ行ったころね」
「はい。ただでさえ俺が学園に通っていた間離れていて、久しぶりに会ったらリディアは子どもから少女になっていて……彼女を追いかけて行った殿下の捜索に同行したいと言った貴女は、今にも泣き出しそうなのに涙を堪えていて……そのときですかね。殿下の近衛騎士としてでも男としてでも、とにかく貴女を守りたいと思ったんです。涙を堪えることなく泣けるようにしてあげたい、と」
「ふぅん」
「お気に召しませんでしたか?」
「どうせならお芝居や恋愛小説のように劇的な恋の始まりが良かったわ」
「期待に沿えず申し訳ありませんでした」
憎まれ口を叩いた私の赤い髪を、アカマースは大きな手でくしゃりと撫でる。
「……嘘よ」
「リディア?」
「貴方が私に恋してくれて良かったわ」
「俺も貴女に選んでもらえて良かったです」
激しく打ち寄せる運命ではなかったけれど、私は貴方と生きる運命を選んだ。
貴方も私と生きる運命を選んでくれたのだと信じたい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それからしばらくして、私は出産した。彼そっくりの元気な男の子だった。
「ありがとうリディア、ありがとう」
赤ん坊を抱き締めて、顔を涙でびしょ濡れにしているアカマースの黒い髪をくしゃりと撫でる。大柄な彼は、私と視線の位置を合わせるためにベッドの横で膝をついていた。
彼の泣き顔に遠い記憶が蘇るような気がしたが、無念の死を遂げた人間が過去へ戻るなんておとぎ話だ。
そう思いながら私は、それでもあの日見た夢と同じように、彼の髪を撫で続けた。
私が選んだ幸せな運命はあの夢とは違う。明日からもずっと続いていく──
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