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第五話 呪いのこれから
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「な、なにをおっしゃっているのですか。父上?」
震えながら尋ねるエウスタティオスに、国王は言葉を補足した。
「呪いはペルサキス侯爵令嬢個人を対象としていたのではない。『王太子の婚約者』に対して向けられていたのだ。神聖アゲロス教国に行ったカシア嬢の体調が回復したのは、聖王猊下のお力のおかげだけではなく、そちに婚約を破棄されたからもあるようだ」
「カシアは神聖アゲロス教国へ行ったのですか……」
エウスタティオスはここで初めて、自分が婚約を破棄して国から追い出した人間の行方を知った。
これまでなんの興味もなかったのだ。
フォトプロス侯爵家にいるという話も聞かなかったので、家族にも見捨てられて野垂れ死んでいるのだろうと思っていた。実際、彼がそう思ってもおかしくはないくらい、カシアの体はボロボロになっていた。
「カシアが枯れ枝のようになっていたのも、その、呪いのせいだったのですか?」
国王が首肯する。
「そうだ。ピクラメノス子爵令嬢がペルサキス侯爵令嬢に呪いをかけることを吹き込み、ペルサキス侯爵令嬢はヴァトラフォス大神官を買収して、それを成した。フォトプロス侯爵家の商会が力を失っていたのは、ヴァトラフォス大神官が神の意に即しているか確かめると言ってフォトプロス侯爵家の商会から商品や情報を抜き取り、ペルサキス侯爵家の商会へと横流ししていたせいだったらしい」
ペルサキス侯爵令嬢の死を知ってヴァトラフォス大神官が自害したのは、詳しく調べられたら自分の関与が白日の下に晒されてしまうからだ。
実際聖王は身内への忖度なく呪いの原因とヴァトラフォス大神官の関与を暴き出した。
それは今の聖王が、ヴァトラフォス大神官が所属していた金権主義の派閥とはべつの派閥から選出された人間であることも関係しているに違いない。
「で、でもカシアはあんな姿になっても死にませんでしたよ? フィズィは一夜で死んでしまったのに! そもそもフィズィがかけた呪いなら、なぜ彼女が!」
「所詮素人の生兵法。自分が解呪しない限り呪いが永続するとは考えていなかったのだ。カシア嬢が生き延びていたのは……そちに対する彼女の愛が、彼女を害しようという呪いの力に競り勝っていたからだと思われる」
「……フィズィが呪いの術者だったというのなら、彼女が死んだ今はもう呪いは消えているのですよね?」
「わからない。念のため婚約期間を置かず、そちとピクラメノス子爵令嬢を婚姻させることにした」
「は? なぜピクラメノス子爵令嬢と?」
「彼女がペルサキス侯爵令嬢に呪いをかけることを吹き込んだ元凶で、そもそもヴァトラフォス大神官にフォトプロス侯爵家の商会からの横流しを持ち掛けたのもピクラメノス子爵家だったと判明したからだ」
「……」
暗い面持ちで俯いた息子の顔を国王は冷徹に見つめる。
エウスタティオスはカシアとの婚約を破棄する前からペルサキス侯爵令嬢と関係を持っていた。
聖王は、エウスタティオス自身が呪いの媒体となっている可能性を示唆している。『王太子』の『婚約者』ではなく『エウスタティオス』の『婚約者』が呪われるということだ。
(だったら、良いのだが……)
国王は胸の中でひとりごちる。
それならばエウスタティオスひとりを切り捨てれば済む。
『王太子』の『婚約者』が呪いの対象ならば、病弱な王妃に身籠ってもらった新しい子どもにまで影響が出てしまう。溺愛するひとり息子の強行を表向きは受け入れたものの、国王夫婦はどうしても彼を切り捨てなくてはならなくなったときのことを考えて、新しい子どもを作っていたのだ。
病弱な上にエウスタティオスの出産のときよりも年を重ねた王妃になにかあったときには、大公家の子どもを養子に取ることも考えている。
あの家にはクリサフィス以外にも息子がいるのだ。
そうならないで済むようにと、国王は祈った。どんなに愚かでもエウスタティオスへの愛は無くなってはいない。大切な息子なのだ。
──ピクラメノス子爵令嬢は婚礼の夜、呪いによって亡くなった。
呪いの対象は『エウスタティオスもしくは王太子』の『婚約者』ではなく『結婚相手』だったらしい。
エウスタティオスは表舞台を退き、やがて王妃が無事双子の男女を出産した。国王は次男に王位を継がせてから結婚させるか、長女に婿を取って女王にするつもりである。呪いがエウスタティオスで終わり、これからはもう続かないことを国王夫婦は願っていた。
震えながら尋ねるエウスタティオスに、国王は言葉を補足した。
「呪いはペルサキス侯爵令嬢個人を対象としていたのではない。『王太子の婚約者』に対して向けられていたのだ。神聖アゲロス教国に行ったカシア嬢の体調が回復したのは、聖王猊下のお力のおかげだけではなく、そちに婚約を破棄されたからもあるようだ」
「カシアは神聖アゲロス教国へ行ったのですか……」
エウスタティオスはここで初めて、自分が婚約を破棄して国から追い出した人間の行方を知った。
これまでなんの興味もなかったのだ。
フォトプロス侯爵家にいるという話も聞かなかったので、家族にも見捨てられて野垂れ死んでいるのだろうと思っていた。実際、彼がそう思ってもおかしくはないくらい、カシアの体はボロボロになっていた。
「カシアが枯れ枝のようになっていたのも、その、呪いのせいだったのですか?」
国王が首肯する。
「そうだ。ピクラメノス子爵令嬢がペルサキス侯爵令嬢に呪いをかけることを吹き込み、ペルサキス侯爵令嬢はヴァトラフォス大神官を買収して、それを成した。フォトプロス侯爵家の商会が力を失っていたのは、ヴァトラフォス大神官が神の意に即しているか確かめると言ってフォトプロス侯爵家の商会から商品や情報を抜き取り、ペルサキス侯爵家の商会へと横流ししていたせいだったらしい」
ペルサキス侯爵令嬢の死を知ってヴァトラフォス大神官が自害したのは、詳しく調べられたら自分の関与が白日の下に晒されてしまうからだ。
実際聖王は身内への忖度なく呪いの原因とヴァトラフォス大神官の関与を暴き出した。
それは今の聖王が、ヴァトラフォス大神官が所属していた金権主義の派閥とはべつの派閥から選出された人間であることも関係しているに違いない。
「で、でもカシアはあんな姿になっても死にませんでしたよ? フィズィは一夜で死んでしまったのに! そもそもフィズィがかけた呪いなら、なぜ彼女が!」
「所詮素人の生兵法。自分が解呪しない限り呪いが永続するとは考えていなかったのだ。カシア嬢が生き延びていたのは……そちに対する彼女の愛が、彼女を害しようという呪いの力に競り勝っていたからだと思われる」
「……フィズィが呪いの術者だったというのなら、彼女が死んだ今はもう呪いは消えているのですよね?」
「わからない。念のため婚約期間を置かず、そちとピクラメノス子爵令嬢を婚姻させることにした」
「は? なぜピクラメノス子爵令嬢と?」
「彼女がペルサキス侯爵令嬢に呪いをかけることを吹き込んだ元凶で、そもそもヴァトラフォス大神官にフォトプロス侯爵家の商会からの横流しを持ち掛けたのもピクラメノス子爵家だったと判明したからだ」
「……」
暗い面持ちで俯いた息子の顔を国王は冷徹に見つめる。
エウスタティオスはカシアとの婚約を破棄する前からペルサキス侯爵令嬢と関係を持っていた。
聖王は、エウスタティオス自身が呪いの媒体となっている可能性を示唆している。『王太子』の『婚約者』ではなく『エウスタティオス』の『婚約者』が呪われるということだ。
(だったら、良いのだが……)
国王は胸の中でひとりごちる。
それならばエウスタティオスひとりを切り捨てれば済む。
『王太子』の『婚約者』が呪いの対象ならば、病弱な王妃に身籠ってもらった新しい子どもにまで影響が出てしまう。溺愛するひとり息子の強行を表向きは受け入れたものの、国王夫婦はどうしても彼を切り捨てなくてはならなくなったときのことを考えて、新しい子どもを作っていたのだ。
病弱な上にエウスタティオスの出産のときよりも年を重ねた王妃になにかあったときには、大公家の子どもを養子に取ることも考えている。
あの家にはクリサフィス以外にも息子がいるのだ。
そうならないで済むようにと、国王は祈った。どんなに愚かでもエウスタティオスへの愛は無くなってはいない。大切な息子なのだ。
──ピクラメノス子爵令嬢は婚礼の夜、呪いによって亡くなった。
呪いの対象は『エウスタティオスもしくは王太子』の『婚約者』ではなく『結婚相手』だったらしい。
エウスタティオスは表舞台を退き、やがて王妃が無事双子の男女を出産した。国王は次男に王位を継がせてから結婚させるか、長女に婿を取って女王にするつもりである。呪いがエウスタティオスで終わり、これからはもう続かないことを国王夫婦は願っていた。
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