あなたが私を捨てた夏

豆狸

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第十九話 私の婚約者だった方の話~断罪~

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「ああ、その通りだよ、ニコライ陛下」

 ニコライとスタンはカバネル公爵を招き、王宮の一室で断罪した。

 日記の内容──隣国ボワイエ王国の大公令嬢モーヴェによってニコライを篭絡し、王妃となった彼女が毎日大公家の毒を飲ませることで国王を弱らせて死に至らしめた後、王位を簒奪しようとしていた企みについて問い詰めたところ、カバネル公爵は驚くほどあっさりとそれを認めた。
 後からでっち上げだと糾弾されないために招聘したカバネル公爵派の高位貴族達は、無言だ。初めからある程度知っていたのだろう。
 道理であまりに突然だった国王と隣国大公令嬢モーヴェとの結婚を簡単に受け入れたわけだ。

 カバネル公爵は、舞台の上の俳優を思わせる仕草で肩を竦めて見せた。
 こんなときであっても周囲の視線を集めずにはいられない華やかさを持つ男だ。

 それから彼は、自分の寝室から見つけ出した聖獣の聖珠を持って立っている妻、カバネル公爵夫人に目を向けた。
 隣国ボワイエから譲渡された貴重な聖珠はベルナール王国が管理している。
 あるはずのない聖珠を国に報告もなく保持しているだけでも罪だった。

「……私は君を王妃にすることは出来なかったな」

 その言葉に、少し離れたところで衛兵に取り囲まれているモーヴェが顔色を変えた。
 彼女も断罪の対象として、軟禁されていた塔から連行されてきたのだ。
 ここしばらくの王妃がロメーヌだったと知らなかった者達は、モーヴェの様子に首を傾げている。

「スタ……ッ!」

 カバネル公爵に呼びかけようとするのを周囲が止める。
 なおも叫ぼうとした彼女は、カバネル公爵の冷たい視線を受けて唇を閉ざした。

「邪魔をしないでくれ、モーヴェ。……マノン、君は私がこんな情けない男だとわかっていたから、愛してくれなかったんだな」
「……愛していましたわ」
「マノン?」
「私が、愛してもいない方の子どもをふたりも産むような女だとお思いでしたの? 政略結婚なのは間違いございませんが、私はきちんと自分の意思であなたを選んで嫁ぎ、あなたを愛して子どもを産んだのです。……愛していなければ、あなたが浮気するごとにあんなに苦しむものですか。こうしてあなたを裏切ることで、こんなに……」

 公爵夫人の流した滂沱の涙に、カバネル公爵は顔面蒼白になる。
 彼はその場に膝をつき、ニコライに懇願した。

「ニコライ陛下、すまない! 私は罰を受ける。しかしマノンはなにも知らなかったんだ。マノンを連座させないでくれ。すべては私、先王陛下に勝手な嫉妬をして王座を望んだ、この愚かな男の罪なんだ! わかってくれ!」

 ニコライが頷くと、カバネル公爵は安堵の表情になった。
 この部屋に集めた人間の数は少ない。
 カバネル公爵の罪を隠ぺいするためだ。今のベルナール王国は、カバネル公爵家も彼を支持していた高位貴族も失うことは出来ない。断罪が終わればカバネル公爵は大公家の毒とは違う即効性のある毒を仰ぎ──

「どういうこと? スタンはなにを言ってるの? 子どもがふたりって? 長男が出来てから奥さんは抱いてないって言ってたわよ」
「嘘ですよ」

 呆然とした表情で呟くモーヴェに、衛兵達と共に彼女を見張っていたスタン、カバネル公爵家の長男が言う。

「あの男にとって浮気はね、公爵夫人の関心を引くための手段に過ぎなかったんです。カバネル公爵家次男僕の弟は今年で二歳になる。……どういうことかわかるでしょう? 君と関係を持つのと並行して、あの男は妻との間に子どもを作っていたんですよ」

 日記の記述でわかっていた。
 カバネル公爵が大公令嬢モーヴェに近づいたのは、本来ならニコライとロメーヌが結婚していた年の一年前、ちょうど彼が結婚に反対し始めたころだ。
 ただ、カバネル公爵がモーヴェに望んだのはロメーヌの誕生パーティに出席してニコライを篭絡することだけだった。年上の妻子持ちとの交際を反対する家族や家臣を毒でこん睡させて、火事で焼き殺したのは彼女の一存だ。

 ニコライ達がカバネル公爵の日記帳とモーヴェが大公家から持ち出した聖獣の聖珠を手に入れてから、すでに数日が過ぎ去っている。

 その間に、モーヴェの扱いについてはボワイエ王国の許可を取っていた。
 結婚の際に縁を切ったようなものとはいえ、やはり隣国の王家の血を引くものの扱いは難しい。
 彼女は断罪の後で塔に戻され、ニコライを殺そうとしていた毒でゆっくりと罰せられる予定になっていた。カバネル公爵ともども、公式には病死と発表される。

「嘘よ、嘘よ、嘘よ。スタンは私を愛してるって言ったもの。奥さんより私のほうが好きだって言ったもの」

 カバネル公爵は泣きじゃくるモーヴェを一瞥もしない。
 彼女にとってはこれから与えられる毒よりも、恋人だったはずの男の真実を明かされたことのほうが辛い罰となったのかもしれない。
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