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初めての指名依頼編
21・初めての指名依頼
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──異世界三日目。
『黄金のケルベロス亭』で朝食を済ませて、向かいの冒険者ギルドに向かう。
ダンジョンアントの魔石を引き取ったときのお金があればしばらく遊んで暮らせそうな気もするけれど、ひとりで冒険者ギルドと薬草採取以外に行くの怖い。
宿の部屋にいてもテレビもゲームもスマホもないしね。
なにより昨夜の帰り際、シオン君に言われたのだ。
冒険者ギルドに指名依頼があるはずだから確認しておくように、と。
……ダンジョンアントでいっぱいになったダンジョンに『聖域』を張っているベルちゃんに食事を作る仕事かな?
『聖域』は、この王都サトゥルノの城壁を媒体にして張り巡らされている『結界』と違って、内と外を区切るだけでなく内にいる敵にダメージを与える神聖系魔術。
ダンジョン内のダンジョンアントを弱らせて一気に殲滅する計画なのだ。
敵を弱らせるという効果がある分、『聖域』は効力の及ぶ範囲が狭く稼働時間が短い。
だからベルちゃんは一日に何度も『聖域』を張り直さなくてはいけない。
今日の彼女は、昨夜別れ際にわたしが作ったお鍋いっぱいのラーメンが昼食のはずです。
『アイテムボックス』に入れて帰ったから保温もバッチリ!……朝だけで全部食べちゃいそう。
警護のシオン君とガルグイユ騎士団のみなさんは、『聖域』の隙間から逃げ出してくるダンジョンアントがいないかダンジョンの周囲を見張っている。
ベルちゃんの担当はお昼の半日で、夜は大神官さんが『聖域』を張っているとのこと。
もちろん騎士団のみなさんも交代制だ。
疲労が回復する付与効果を持つような魔石ごはんが見つけられたらいいのになあ。
『回復』魔術でも疲労はなくならない。
むしろ疲れた体を無理に活性化してしまうので、疲労が増したという実験結果もあるようだ。
「わふわふ!」
「そうだねー、今日のお昼はなににしようか」
ラケルと話しながら、冒険者ギルドの建物に入る。
使い魔とはいえ、わんこしゃべりのときになにを言っているのかはわからないので返事は適当です。
「葉菜花さん、おはよう」
受付のスサナさんがわたしを見つけて声をかけてくれた。
覚えててくれたんだ。なんだか嬉しいな。
「おはようございます、スサナさん」
あれ? 今日は喫茶スペースに人の姿があった。
受付、どこも空いてるのになあ。今日なにか、特別な依頼が入るんだろうか。
……大丈夫だよね? 番号札が配られてるとかじゃないよね?
思いながら横目で見れば、昨日依頼完了の報告後にぶつかったふたりだった。
えっと……そう、マルコさんとニコロ君。
ニコロ君はマルコさんの甥っこなんだよね。
前世の妹と同じ年ごろのニコロ君は、不機嫌そうな表情でテーブルに肘をついている。
おっとりした感じの笑顔を向けてくれたマルコさんにお辞儀をして、わたしはスサナさんの担当する受付に向かった。
「どうぞどうぞ」
スサナさんの言葉に、胸を撫で下ろす。
良かった。マルコさん達は順番待ちじゃなかったみたい。
でも……急に不安になる。
だって昨日登録したばかりの新米冒険者が、わたしに指名依頼来てますよね? って聞くの? それちょっと恥ずかしくない?
もしかしたらシオン君、まだ指名依頼の手続きしてないかもしれないし。
ここでは薬草採取の依頼を受けて、午後から確認に来たほうがいいのでは?
「わふ?」
「葉菜花さん?」
「あ、えーっと、依頼書を剥がしてくるのを忘れました」
「今日も薬草採取をしてくれるおつもりだったんですか?」
「はい。薬草採取一筋です!」
焦って、わけのわからないことを言ってしまう。
「うふふ。気合いを入れてくれるのは嬉しいですが、一度に取り過ぎてもダメですよ。昨日葉菜花さんがたくさん採取してくださったから、薬草が再生するまで数日間は間を置いたほうがいいですね」
よく見ると、薬草採取の依頼書は壁からなくなっていた。
上薬草は森の奥に生えてるみたいだけど、毒消し草は薬草と同じ場所のようだ。
よし、毒消し草採取の依頼書を取って来よう!
と決意して口を開いた瞬間に、
「葉菜花さん、早速指名依頼が来てますよ」
「今日は毒消し草を……そうなんですか?」
「ええ。あちらの席でお待ちの傭兵隊『闇夜の疾風』さんから、商会護衛の際の食事係のご依頼です」
スサナさんが言って、喫茶スペースに座るふたりに目を向けた。
「おはようございます、葉菜花さん。一日ぶりですね」
「そうですね、マルコさん。おはようございます」
傭兵隊『闇夜の疾風』がロンバルディ商会の当主ロレンツォさんと娘のロレッタさんを護衛して、王都サトゥルノの南東にある港町マルテスへ行って帰るまでの八日間の食事をわたしの魔石ごはんで作って欲しいという依頼だった。
詳細は直接話し合ってください、ということで、喫茶スペースまで案内してくれたスサナさんは受付へ戻っていく。
「……」
「……」
……緊張してきた。
マルコさんの顔が見られなくて俯いてしまう。イヤな汗が背中を走る。
膝に乗せたラケルのふわふわ毛皮をモフモフすることしかできない。
ああ、でもダメだよね。ちゃんと話さなきゃ。……なにを話すの?
前世ではバイトすらしたことなかったのに。
高校に入ったらしようと、思ってはいたんだけどなあ。
「面白がるなよ、マルコ。……葉菜花。昨日マルコが言ったけど、俺はニコロだ。そんなに怯えるこたーない。俺らはシオン卿にお前を紹介されたんだ」
ニコロ君が説明を始めてくれたので、わたしは顔を上げた。
「シオン君に……」
「わふふふ……」
考えるまでもなく当たり前のことだった。
そもそも彼に指名依頼があると言われたから、今日冒険者ギルドに来たのだ。
わたしの魔石ごはんのことは冒険者ギルドに報告してるけど、知ってる人は限られる。
冒険者ギルドで昨日のケーキのことを聞いたとしても、雇おうとまでは思わないだろう。
「まあだからって雇うとは限らないけどな」
ニコロ君が、にやりと笑う。
「いくらシオン卿の言葉だからって、魔石で食べ物作れるとか信じらんねーよ。そんな錬金術があるとしたって美味いとはとても思えねーし。美食家揃いのインウィと違って、ラトニー王国の食事は質より量だしな」
くすっと、マルコさんが微笑んだ。
「な、なんだよ?」
「赤ちゃんのときにこちらへ引っ越してきたから、君は本場のインウィ料理なんて食べたことがないでしょう? ラトニーの料理は美味しいし、シオン卿は君とは比べものにならないくらいの美食家ですよ」
「うるせーし」
ニコロ君は真っ赤になって、マルコさんから視線を逸らした。
そうだよね、信じられない気持ちもわかる。
自分でもなんでこんなことができるんだろうって思うもの。
依頼を受けたらシオン君やベルちゃんと八日間も離れることになるんだよね?
わたし、大丈夫かなあ。……ラケルは一緒なんだよね?
「わふ!」
言葉にしなくてもわかってくれたようで、ラケルはわたしのお腹に頭を擦りつけてくる。
「それモンスターだよな。なに? シャドウウルフ?」
ニコロ君がラケルに興味を示した。
話を誤魔化すためなのか、本当に動物好きだからなのかはわからない。
「シオン卿に聞いています。『影運び』ができるんですよね?」
「はい。名前はラケルです」
シオン君にはなにか考えがあるんだよね?……受けたほうがいいんだろうな。
魂と体はまだ馴染んでないようで、どこかふわふわとしていて現実感がない。
さっきは緊張で冷や汗掻いちゃったし、昨日もラケルを抱いて泣きながら寝たけど。
でも、どちらもすぐに落ち着けるくらいの感情の動きだ。
元の世界──前世のことを考え過ぎないためにも、いろいろなことに関わっていったほうがいいんだとも思う。
王都を離れたら、また少しこの世界のことがわかるようになるだろうしね。……うん!
『黄金のケルベロス亭』で朝食を済ませて、向かいの冒険者ギルドに向かう。
ダンジョンアントの魔石を引き取ったときのお金があればしばらく遊んで暮らせそうな気もするけれど、ひとりで冒険者ギルドと薬草採取以外に行くの怖い。
宿の部屋にいてもテレビもゲームもスマホもないしね。
なにより昨夜の帰り際、シオン君に言われたのだ。
冒険者ギルドに指名依頼があるはずだから確認しておくように、と。
……ダンジョンアントでいっぱいになったダンジョンに『聖域』を張っているベルちゃんに食事を作る仕事かな?
『聖域』は、この王都サトゥルノの城壁を媒体にして張り巡らされている『結界』と違って、内と外を区切るだけでなく内にいる敵にダメージを与える神聖系魔術。
ダンジョン内のダンジョンアントを弱らせて一気に殲滅する計画なのだ。
敵を弱らせるという効果がある分、『聖域』は効力の及ぶ範囲が狭く稼働時間が短い。
だからベルちゃんは一日に何度も『聖域』を張り直さなくてはいけない。
今日の彼女は、昨夜別れ際にわたしが作ったお鍋いっぱいのラーメンが昼食のはずです。
『アイテムボックス』に入れて帰ったから保温もバッチリ!……朝だけで全部食べちゃいそう。
警護のシオン君とガルグイユ騎士団のみなさんは、『聖域』の隙間から逃げ出してくるダンジョンアントがいないかダンジョンの周囲を見張っている。
ベルちゃんの担当はお昼の半日で、夜は大神官さんが『聖域』を張っているとのこと。
もちろん騎士団のみなさんも交代制だ。
疲労が回復する付与効果を持つような魔石ごはんが見つけられたらいいのになあ。
『回復』魔術でも疲労はなくならない。
むしろ疲れた体を無理に活性化してしまうので、疲労が増したという実験結果もあるようだ。
「わふわふ!」
「そうだねー、今日のお昼はなににしようか」
ラケルと話しながら、冒険者ギルドの建物に入る。
使い魔とはいえ、わんこしゃべりのときになにを言っているのかはわからないので返事は適当です。
「葉菜花さん、おはよう」
受付のスサナさんがわたしを見つけて声をかけてくれた。
覚えててくれたんだ。なんだか嬉しいな。
「おはようございます、スサナさん」
あれ? 今日は喫茶スペースに人の姿があった。
受付、どこも空いてるのになあ。今日なにか、特別な依頼が入るんだろうか。
……大丈夫だよね? 番号札が配られてるとかじゃないよね?
思いながら横目で見れば、昨日依頼完了の報告後にぶつかったふたりだった。
えっと……そう、マルコさんとニコロ君。
ニコロ君はマルコさんの甥っこなんだよね。
前世の妹と同じ年ごろのニコロ君は、不機嫌そうな表情でテーブルに肘をついている。
おっとりした感じの笑顔を向けてくれたマルコさんにお辞儀をして、わたしはスサナさんの担当する受付に向かった。
「どうぞどうぞ」
スサナさんの言葉に、胸を撫で下ろす。
良かった。マルコさん達は順番待ちじゃなかったみたい。
でも……急に不安になる。
だって昨日登録したばかりの新米冒険者が、わたしに指名依頼来てますよね? って聞くの? それちょっと恥ずかしくない?
もしかしたらシオン君、まだ指名依頼の手続きしてないかもしれないし。
ここでは薬草採取の依頼を受けて、午後から確認に来たほうがいいのでは?
「わふ?」
「葉菜花さん?」
「あ、えーっと、依頼書を剥がしてくるのを忘れました」
「今日も薬草採取をしてくれるおつもりだったんですか?」
「はい。薬草採取一筋です!」
焦って、わけのわからないことを言ってしまう。
「うふふ。気合いを入れてくれるのは嬉しいですが、一度に取り過ぎてもダメですよ。昨日葉菜花さんがたくさん採取してくださったから、薬草が再生するまで数日間は間を置いたほうがいいですね」
よく見ると、薬草採取の依頼書は壁からなくなっていた。
上薬草は森の奥に生えてるみたいだけど、毒消し草は薬草と同じ場所のようだ。
よし、毒消し草採取の依頼書を取って来よう!
と決意して口を開いた瞬間に、
「葉菜花さん、早速指名依頼が来てますよ」
「今日は毒消し草を……そうなんですか?」
「ええ。あちらの席でお待ちの傭兵隊『闇夜の疾風』さんから、商会護衛の際の食事係のご依頼です」
スサナさんが言って、喫茶スペースに座るふたりに目を向けた。
「おはようございます、葉菜花さん。一日ぶりですね」
「そうですね、マルコさん。おはようございます」
傭兵隊『闇夜の疾風』がロンバルディ商会の当主ロレンツォさんと娘のロレッタさんを護衛して、王都サトゥルノの南東にある港町マルテスへ行って帰るまでの八日間の食事をわたしの魔石ごはんで作って欲しいという依頼だった。
詳細は直接話し合ってください、ということで、喫茶スペースまで案内してくれたスサナさんは受付へ戻っていく。
「……」
「……」
……緊張してきた。
マルコさんの顔が見られなくて俯いてしまう。イヤな汗が背中を走る。
膝に乗せたラケルのふわふわ毛皮をモフモフすることしかできない。
ああ、でもダメだよね。ちゃんと話さなきゃ。……なにを話すの?
前世ではバイトすらしたことなかったのに。
高校に入ったらしようと、思ってはいたんだけどなあ。
「面白がるなよ、マルコ。……葉菜花。昨日マルコが言ったけど、俺はニコロだ。そんなに怯えるこたーない。俺らはシオン卿にお前を紹介されたんだ」
ニコロ君が説明を始めてくれたので、わたしは顔を上げた。
「シオン君に……」
「わふふふ……」
考えるまでもなく当たり前のことだった。
そもそも彼に指名依頼があると言われたから、今日冒険者ギルドに来たのだ。
わたしの魔石ごはんのことは冒険者ギルドに報告してるけど、知ってる人は限られる。
冒険者ギルドで昨日のケーキのことを聞いたとしても、雇おうとまでは思わないだろう。
「まあだからって雇うとは限らないけどな」
ニコロ君が、にやりと笑う。
「いくらシオン卿の言葉だからって、魔石で食べ物作れるとか信じらんねーよ。そんな錬金術があるとしたって美味いとはとても思えねーし。美食家揃いのインウィと違って、ラトニー王国の食事は質より量だしな」
くすっと、マルコさんが微笑んだ。
「な、なんだよ?」
「赤ちゃんのときにこちらへ引っ越してきたから、君は本場のインウィ料理なんて食べたことがないでしょう? ラトニーの料理は美味しいし、シオン卿は君とは比べものにならないくらいの美食家ですよ」
「うるせーし」
ニコロ君は真っ赤になって、マルコさんから視線を逸らした。
そうだよね、信じられない気持ちもわかる。
自分でもなんでこんなことができるんだろうって思うもの。
依頼を受けたらシオン君やベルちゃんと八日間も離れることになるんだよね?
わたし、大丈夫かなあ。……ラケルは一緒なんだよね?
「わふ!」
言葉にしなくてもわかってくれたようで、ラケルはわたしのお腹に頭を擦りつけてくる。
「それモンスターだよな。なに? シャドウウルフ?」
ニコロ君がラケルに興味を示した。
話を誤魔化すためなのか、本当に動物好きだからなのかはわからない。
「シオン卿に聞いています。『影運び』ができるんですよね?」
「はい。名前はラケルです」
シオン君にはなにか考えがあるんだよね?……受けたほうがいいんだろうな。
魂と体はまだ馴染んでないようで、どこかふわふわとしていて現実感がない。
さっきは緊張で冷や汗掻いちゃったし、昨日もラケルを抱いて泣きながら寝たけど。
でも、どちらもすぐに落ち着けるくらいの感情の動きだ。
元の世界──前世のことを考え過ぎないためにも、いろいろなことに関わっていったほうがいいんだとも思う。
王都を離れたら、また少しこの世界のことがわかるようになるだろうしね。……うん!
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