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第四話A 愛に縋りつく
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アンドレスは反省していた。
少なくとも自分では反省しているつもりだった。
イザベリータに悔いる気持ちが胸にあふれていた。
友達だと言い張っていたが、ソレダとの関係はそんなものではなかった。
幼いころから共に過ごしてきたイザベリータへ向けるような愛とは違ったが、遊びというわけでもない。恋愛ごっこに酔いしれていた、というのが一番正しいだろうか。
王子として王太子として周囲が思うままになることが当然だったアンドレスには、気まぐれに自分を呼びつけて身勝手な願いを押し付けるソレダが新鮮で興味深かった。
イザベリータが妃教育で学園に来ないのも相まって、アンドレスは気がつけばソレダが側にいることを受け入れていった。
寂しかったのだ。
学園を卒業次第結婚したいなどと言い出して、イザベリータに過酷な妃教育を強いたのは自分なのに、いつの間にかそんなことなど忘れて彼女が側にいないことを恨むようになっていた。奔放なソレダが挨拶のように唇を重ねてくることを、いつしか当たり前に感じるようになっていた。
(だからといって、あんなことをデルガード侯爵に伝言させるのではなかった)
最愛の妻の命と引き換えに生まれたひとり娘を侯爵は溺愛している。
仕事には有能な反面人心の機微に疎い彼は、忙しい合間を縫って会いに来る娘に感謝していたが、それを本人に伝えることは少なかった。伝え方を知らなかったのかもしれない。
アンドレスは侯爵がイザベリータを愛していることを知っていた。だから、浮気の罪悪感から出た八つ当たりに近い言葉をそのまま伝えるとは思っていなかった。上手くぼかして、彼女が傷つかないように伝えてくれると思っていたのだ。
人心の機微に疎い彼にそんなことが出来るはずがない。
アンドレスの言葉をそのまま娘に伝えた彼は、愛することを否定された彼女に自分まで拒まれるようになって半狂乱になった。
イザベリータは愛するものを見なくなった。どうしても視界に入れなくてはいけないときは、公務のときの笑顔になる。いや、むしろ公務のときのほうが相手に対する愛情を含んでいるのではないかと思われる顔をする。
親友の忘れ形見としてイザベリータを可愛がっているが、女王としてはアルメンタ王国のことを第一に考える母親が、学園の卒業式も近いある日、アンドレスに言った。
「壊れた娘を王子妃にするわけにはいきません。イザベリータは病気療養ということにして、数年の猶予を儲けましょう」
「結婚はイザベリータの心が癒えてから、ということですか?」
「あの程度で壊れるような心の弱い娘を王子妃にすることは出来ません。そなたは側妃を選びなさい。何人でも構いません。最初に子どもを産んだ娘を王子妃にします」
「母上!」
「今は女王として話しています」
「……陛下。それはイザベリータにも側妃となる女性にも失礼なことです。王家から人心が離れてしまいます」
「今さらそなたがそれを言うのですか? ああ、あのソレダとかいう娘は駄目ですよ。あの女は愛妾止まりです。子どもを産んでも継承権は与えられません。もちろん側妃は貴族令嬢から選ぶのです」
ソレダは特待生だったが、特別優秀というわけではなかった。
彼女の実家は裕福な商家で、娘の箔づけのために金を積んで特待生の席を手に入れたのだ。学園での成績も買っていたのかもしれない。
そのせいか、ソレダはいつも飄々と遊び歩いていた。自分にない、その気ままさにアンドレスは引き寄せられてしまったのだが、今は後悔している。
「私はイザベリータと結婚します。彼女が私との結婚を嫌がっているわけではないのでしょう? デルガード侯爵との仲も最近は戻っていると聞きます」
「そなたとの仲は戻っていないのでしょう? 侯爵はただの伝言役でした。イザベリータの愛を否定したそなたに今さら愛を乞われても、あの子も困るだけでしょう」
「……それでも! それでも私はイザベリータと結婚します。彼女を愛しているのです」
幼いころに父親である王配を喪った王子と、母の命と引き換えに生まれてきた侯爵令嬢はお互いの寂しさを癒し合う関係だった。
どちらも多忙な日々を送っていたけれど、イザベリータは時間を作って愛するもののもとを訪れた。婚約者であるアンドレスと父であるデルガード侯爵のもとだ。
微笑む彼女に淹れてもらったお茶を飲み、わずかな時間でも一緒に過ごせるのが嬉しかった。デルガード侯爵がいなければ自分と過ごす時間が増えるのに、と彼女の父に嫉妬したことさえある。
イザベリータを失って初めて、アンドレスは自分の中にある彼女への愛を自覚した。これまでは、わかっていたつもりで理解していなかったのだ。
愛に正解はない。
それでも愛するものを見つめ、相手のことで心がいっぱいになり、自分だけの存在にしたいと思う心は共通だ。執着心と独占欲が愛ではないなんて、どこの莫迦が言ったのか。愛のすべてではなくても、それらは愛の一部だ。
イザベリータはひとり娘だ。
アンドレスと結婚して王子妃となったとき、デルガード侯爵家はふたりの間に生まれる第二子が継ぐ予定になっていた。
アンドレスとの婚約がなくなれば、彼女は婿を迎えて侯爵家を継ぐだろう。ソレダと浮気してイザベリータの愛を否定したくせに、アンドレスは彼女への執着心と独占欲を滾らせていた。いつも隣にあった真実の微笑みを取り戻したかった。昼と夜の狭間に交じり合う空と海の色をした瞳に自分を映して欲しかった。
女王は渋々ふたりの結婚を認めたが、アンドレスの思うようにはいかなかった。
一度砕けた愛は、二度と戻ることはないのだ。
少なくとも自分では反省しているつもりだった。
イザベリータに悔いる気持ちが胸にあふれていた。
友達だと言い張っていたが、ソレダとの関係はそんなものではなかった。
幼いころから共に過ごしてきたイザベリータへ向けるような愛とは違ったが、遊びというわけでもない。恋愛ごっこに酔いしれていた、というのが一番正しいだろうか。
王子として王太子として周囲が思うままになることが当然だったアンドレスには、気まぐれに自分を呼びつけて身勝手な願いを押し付けるソレダが新鮮で興味深かった。
イザベリータが妃教育で学園に来ないのも相まって、アンドレスは気がつけばソレダが側にいることを受け入れていった。
寂しかったのだ。
学園を卒業次第結婚したいなどと言い出して、イザベリータに過酷な妃教育を強いたのは自分なのに、いつの間にかそんなことなど忘れて彼女が側にいないことを恨むようになっていた。奔放なソレダが挨拶のように唇を重ねてくることを、いつしか当たり前に感じるようになっていた。
(だからといって、あんなことをデルガード侯爵に伝言させるのではなかった)
最愛の妻の命と引き換えに生まれたひとり娘を侯爵は溺愛している。
仕事には有能な反面人心の機微に疎い彼は、忙しい合間を縫って会いに来る娘に感謝していたが、それを本人に伝えることは少なかった。伝え方を知らなかったのかもしれない。
アンドレスは侯爵がイザベリータを愛していることを知っていた。だから、浮気の罪悪感から出た八つ当たりに近い言葉をそのまま伝えるとは思っていなかった。上手くぼかして、彼女が傷つかないように伝えてくれると思っていたのだ。
人心の機微に疎い彼にそんなことが出来るはずがない。
アンドレスの言葉をそのまま娘に伝えた彼は、愛することを否定された彼女に自分まで拒まれるようになって半狂乱になった。
イザベリータは愛するものを見なくなった。どうしても視界に入れなくてはいけないときは、公務のときの笑顔になる。いや、むしろ公務のときのほうが相手に対する愛情を含んでいるのではないかと思われる顔をする。
親友の忘れ形見としてイザベリータを可愛がっているが、女王としてはアルメンタ王国のことを第一に考える母親が、学園の卒業式も近いある日、アンドレスに言った。
「壊れた娘を王子妃にするわけにはいきません。イザベリータは病気療養ということにして、数年の猶予を儲けましょう」
「結婚はイザベリータの心が癒えてから、ということですか?」
「あの程度で壊れるような心の弱い娘を王子妃にすることは出来ません。そなたは側妃を選びなさい。何人でも構いません。最初に子どもを産んだ娘を王子妃にします」
「母上!」
「今は女王として話しています」
「……陛下。それはイザベリータにも側妃となる女性にも失礼なことです。王家から人心が離れてしまいます」
「今さらそなたがそれを言うのですか? ああ、あのソレダとかいう娘は駄目ですよ。あの女は愛妾止まりです。子どもを産んでも継承権は与えられません。もちろん側妃は貴族令嬢から選ぶのです」
ソレダは特待生だったが、特別優秀というわけではなかった。
彼女の実家は裕福な商家で、娘の箔づけのために金を積んで特待生の席を手に入れたのだ。学園での成績も買っていたのかもしれない。
そのせいか、ソレダはいつも飄々と遊び歩いていた。自分にない、その気ままさにアンドレスは引き寄せられてしまったのだが、今は後悔している。
「私はイザベリータと結婚します。彼女が私との結婚を嫌がっているわけではないのでしょう? デルガード侯爵との仲も最近は戻っていると聞きます」
「そなたとの仲は戻っていないのでしょう? 侯爵はただの伝言役でした。イザベリータの愛を否定したそなたに今さら愛を乞われても、あの子も困るだけでしょう」
「……それでも! それでも私はイザベリータと結婚します。彼女を愛しているのです」
幼いころに父親である王配を喪った王子と、母の命と引き換えに生まれてきた侯爵令嬢はお互いの寂しさを癒し合う関係だった。
どちらも多忙な日々を送っていたけれど、イザベリータは時間を作って愛するもののもとを訪れた。婚約者であるアンドレスと父であるデルガード侯爵のもとだ。
微笑む彼女に淹れてもらったお茶を飲み、わずかな時間でも一緒に過ごせるのが嬉しかった。デルガード侯爵がいなければ自分と過ごす時間が増えるのに、と彼女の父に嫉妬したことさえある。
イザベリータを失って初めて、アンドレスは自分の中にある彼女への愛を自覚した。これまでは、わかっていたつもりで理解していなかったのだ。
愛に正解はない。
それでも愛するものを見つめ、相手のことで心がいっぱいになり、自分だけの存在にしたいと思う心は共通だ。執着心と独占欲が愛ではないなんて、どこの莫迦が言ったのか。愛のすべてではなくても、それらは愛の一部だ。
イザベリータはひとり娘だ。
アンドレスと結婚して王子妃となったとき、デルガード侯爵家はふたりの間に生まれる第二子が継ぐ予定になっていた。
アンドレスとの婚約がなくなれば、彼女は婿を迎えて侯爵家を継ぐだろう。ソレダと浮気してイザベリータの愛を否定したくせに、アンドレスは彼女への執着心と独占欲を滾らせていた。いつも隣にあった真実の微笑みを取り戻したかった。昼と夜の狭間に交じり合う空と海の色をした瞳に自分を映して欲しかった。
女王は渋々ふたりの結婚を認めたが、アンドレスの思うようにはいかなかった。
一度砕けた愛は、二度と戻ることはないのだ。
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