一昨日のキス、明日にキス

豆狸

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49・もう一度X年7月15日

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 7月14日の月曜日、旭と八木は学校を休んだ。
 夜に、『すべて解決した。詳細は今度会ったときに話す』とメールが来たけれど、翌日の火曜日も旭と八木は学校に来なかった。
 放課後、菜乃花は駅裏の商店街を歩いていた。
 喫茶店『SAE』の前で立ち止まる。
 店内は暗かった。扉には臨時休業と書かれた紙が貼られている。

「……制服で寄り道か? さすが番長だな、菜乃花」

 低い声に振り向くと、コンビニの袋を持った旭が立っている。

「まあコンビニや本屋くらいなら、みんな普通に寄り道してるけどな。悪い。鍵開けるからどいてくれ」

 頷いて、菜乃花は旭に扉を譲った。
 彼は鍵を取り出して、喫茶店の扉を開く。

「いつもこっちから入るの?」
「住居のほうはべつの入り口があるんだが、暇だからカキ氷のブラッシュアップしようかと思って。……食べてくだろ?」
「え、でも寄り道は……わたし、プリント届けに来ただけだから」
「なんで隣のクラスの菜乃花が俺に?」
「弥生ちゃんと交換したの。弥生ちゃんは八木くんに届けに行ってる」

 交換すればいいからプリント配達を受け持てと、弥生に命じられたのである。
 八木のぶんは佐々木に譲ろうかとも思ったのだが、いくら彼女がBLにハマったからといって、失恋相手の家へ行けるほど吹っ切れているわけではなかった。

「へーえ。優也喜ぶ……かなあ。小林の見た目だけなら好みだけど、性格が怖過ぎるって前に言ってたからな、アイツ」
「弥生ちゃんは怖くないよ」

 前の『今日』で類に聞いたことを思い出すと少し話しかけるのがためらわれたけれど、それでもやっぱり、弥生は菜乃花の親友だった。
 自分も彼女も相手に伝えていないことはたくさんある。
 それと相手を大切に思っているということはべつの話だ。
 類の気持ちを知っていてもいなくても、菜乃花と弥生の関係は変わらない。
 カウンター周りの照明を灯して、旭が菜乃花を呼ぶ。

「お席へどうぞ、番長さま。少々お時間かかります」
「はいはい」
「詳細話すって行ったくせに、学校休んじまって悪かったな」
「うーん。……そうだね、心配してたよ」

 調理台に向かって料理の用意をしながら、旭が話してくれる。
 骨村と冬月のカップルは、忍野の次の金づるとして八木に白羽の矢を立てたらしい。
 日曜の夜、旭は兄の権限で八木にデートをやめさせ、彼の養父母に頼んで骨村たちの調査をしてもらった。八木とはつき合い始めだったからか、あるいは一時的に金を奪うだけのつもりだったのか、ふたりに関係を隠す素振りはなかったという。
 たぶんだけど、と断って、旭が語り始める。

「こういう計画だったんじゃねぇかな。あの冬月って女、免許取ったと言いつつ取ってなかったんだ。車も八木のおじさんのを優也に用意させる予定だった。ある意味盗難車だよな。そして骨村は当たり屋だ。申し合わせて、危なくないところで飛び込んでくる予定だったんだろう」

 人身事故、盗難車、無免許──どれをとっても大問題だ。

「優也は試合で勝ったところだった。これからも試合は続いていく。それに八木家は名家だ。口止めのために金を払うと踏んでいたんだろう」

 もし実行されていたら、と旭は続ける。

「優也は八木のおじさんたちじゃなくて、父さんに相談したと思う。八木の両親が好きだから、迷惑かけたくないと思うはずだ。父さん、昔はカメラマンとしていろんな国に行ってたから、あれで結構強いしな。骨村は……やっぱ前に俺に絡んできたヤツだったんだけど、そのときもナイフ振りかざしてたから、父さん相手にも刃物で脅しをかけたんじゃないかな。……もしかしたら、これまでの脱法ハーブ代を巻き上げるために、売人たちも同行してたのかもしれない。それで父さんは……」

 八木のため、彼の養父母に内緒で父親の後を追っていた旭も、売人たちに目をつけられて同じ末路を辿る、それが、起こったかもしれないことではないかと、旭は結んだ。
 菜乃花の前に、スイーツを置く。

「お待たせ」
「……カキ氷じゃない?」
「ああ。最初はカキ氷のつもりだったんだが……昨日今日と学校休んで、約束のスモアを持っていけなかっただろ? だからスモアパフェ作ってみた。カキ氷のほうが良かったか?」
「ううん、嬉しい」

 底にはサイコロ状のブラウニー、その上に小さなマシュマロとトロピカルフルーツ。
 バニラアイスにマシュマロと生クリームを飾って、チョコレートソース。
 アイスを挟むようにして差し込まれているビスケット。
 前と同じ気もしたし、似ているようでまったく違うようにも思えた。
 菜乃花はスプーンを手に取った。
 コンビニで買ってきた夕食なのか、旭は菜乃花を見ながらおにぎりを齧っている。

「優也さ、ガキのころ喘息だったんだ。失恋のショックで泣いたせいで久しぶりに発作起こして、実は病院に入院して点滴までしてたんだぜ」
「大変だったんだね。ずっと付き添ってたの?」
「そ。兄貴と父親ふたりと母親ひとりでベッド取り囲んでた。家族一丸で上げ膳据え膳だぜ。でも……アイツちょっと頑張り過ぎてたんだ。プロテニスプレイヤーになりたいって告白できないで、世話になった八木家を継ぐために文武両道励んでたし」

 旭は店内に飾られた、写真のパネルを見回した。

「卒業前に見た顔なんて覚えてねぇから、写真で見ただけなんだけど冬月って女……」

 八木家の調査で、骨村は脱法ハーブを越える危険な薬物に手を出していることがわかった。善良な市民の通報により、彼と冬月は警察で事情聴取を受けている。いずれ芋づる式に売人にも捜査の手が伸びるだろう。
 それが、旭親子が消された要因に違いない。
 旭が溜息をつく。

「ちょっとだけ母さんに似てたかもな。優也はさ、甘えん坊のくせに甘えどころ間違ってんだよ」

(八木くんが自殺していたっていうのは、旭くんとお父さんのことを八木のご両親に打ち明けられなくて、悩んだ末だったのかも)

 だが、そんな未来はもう来ない。来ないはずだ。
 カウンターの向こうから、旭が真剣な表情で見つめてくる。

「……菜乃花」
「なぁに?」
「コンビニおにぎりじゃ腹膨れねぇからヤキソバ作ろうと思うんだけど、食うか?」
「あ、そういえば夕ご飯まだだった。パフェ食べちゃったから食べられないかも」
「そっか、悪かったな。じゃあ俺だけヤキソバ食うけど、家まで送るから食べ終わるまで一緒にいてくれよ」
「……うん」
「音楽かけるか?」
「このままでいいよ」

 やがて、店内に焼きそばを作る音が響き始めた。
 なんだかとても幸せな音だと菜乃花は思った。
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