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第六話 婚約式
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王宮の大広間は昏い雰囲気に包まれていた。
自ら望んだ女性との婚約式で幸せの絶頂にいるはずの王太子ナタン殿下が、苦虫を嚙み潰したような顔をしているからだ。
殿下の視線は帝国の皇帝バンジャマン陛下の隣に立つ公爵令嬢シュザンヌ様に注がれている。昨日エレノア商会の系列の料理店へ行ったとき聞いたんだけど、シュザンヌ様は年内に外交官として帝国へ行かれるそうだ。エレノア商会の移転はいつごろになるかなー。
私の隣にはバンジャマン陛下の腹心ユジェーヌ様がいらっしゃる。
まあねー、王宮に来るのは正直嫌だったけどねー、昨日の学園見学のときとは違う豪奢な正装に身を包んだユジェーヌ様もお美しいよねー。
ちょっと眼福過ぎて死にそうなんですけど。でもでも、お美しいシュザンヌ様をからかおうとして言葉を失っているバンジャマン陛下を眺めないといけないからまだ死ねない!
「エレノア嬢、私がお贈りしたアクセサリーはお気に召していただけませんでしたか?」
ユジェーヌ様が悲しげに言ったのは、私が昨日の学園で手に入れたDL配布アクセサリーを全部身に着けてきているからだろう。うん、すっごくミスマッチ。帝国からの賓客ユジェーヌ様のパートナーじゃなかったら王宮に入れてもらえなかったと思う。
でも私を見たクリミネラは顔色を変えていた。
間違いない。彼女も転生者でこのDL配布アクセサリーのことを知っている。
後はさりげなく転んで、気づかれないようクリミネラにこのDL配布アクセサリーをぶつけるだけだ。
昨晩頑張って考えたけど、それ以上の計画は思いつかなかった!
だってね、ゲームならそこで終わりだけど、もし隠しキャラその2エンドが実現してクリミネラがバンジャマン陛下に略奪されたりしたら、まず間違いなく王国と帝国で戦争が起こるでしょ? 復讐はもうどうでもいいけど、こんなくだらないきっかけで戦争が始まるのはなんとしても止めたい!
……そうでなければ、昨日会ったばかりだっていうのに、今日の午前中にはエレノア商会の館にユジェーヌ様が届けてくださったアクセサリーを身に着けてきたかったよ。
ああ、でも、好みだっていうだけでメロメロになるのは恋じゃないのかな?
「とんでもありませんわ、ユジェーヌ様。いただいたアクセサリーは私の宝物です。ただ……今夜はどうしてもこのアクセサリーをつけて来なくてはならなかったのです」
「昨日学園のあちこちで踊っていたのは、そのアクセサリーを手に入れるためだったのですか? 宙から現れたように見えましたが」
「え! 気づいてたんですか? というか、私踊ってませんよ?」
実体なく浮いているアクセサリーを手に取るのが難しくて、ちょっと苦戦してただけだ。
「踊ってましたよ。……とてもお可愛らしくていらっしゃいました」
不意に肩を引き寄せられて、耳元で囁かれる。
はうー。
そうこうしている間に、不機嫌そうな声でナタン王太子殿下が式の始まりを告げた。さまざまな要人からのお言葉があって、お約束のダンスタイムが始まる。ダンスしながら情報を交換するのは、貴族の大切なお仕事だ。私はもう貴族じゃないけどね。
「エレノア!」
ユジェーヌ様にお願いして、踊りながらクリミネラに近づこうと思っていたら、なぜか元夫のパイロンに声をかけられた。
にこやかに笑みを浮かべ、ユジェーヌ様が言う。
「どうかなさいましたか、パイロン殿下。いいえ、アザール侯爵閣下とお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
「君には話しかけていない」
「そうおっしゃられましても、本日のエレノア嬢のパートナーは私ですので」
「私は彼女の夫だ!」
「もう離縁なさったと聞きましたが?」
「それは……間違いだったんだ」
「はいはい、お聞きしております。エレノア嬢のお名前を間違われたのですよね?」
噂を知っているのだろう。クリミネラが満足そうな表情を浮かべている。
卒業パーティでの婚約破棄の最中もあんな顔で私を見ていたっけ。
でも今はナタン王太子殿下の婚約者なんだから、そんな噂が流れるだけで困るんじゃないかな。それとも隠しキャラその2のバンジャマン陛下狙いだから、もうナタン殿下のことなんてどうでもいいの?
話題が話題なだけに、大広間は静まり返った。
楽団も曲を演奏していいかどうか悩んでいるようだ。
パイロンは悔し気に唇を噛んで、ユジェーヌ様を睨んでいる。
私がユジェーヌ様と王宮に来たことで自分が莫迦にされてるように感じてるのかな。
本当に莫迦なんだから仕方ないでしょ。
莫迦じゃない人は婚約者の異母妹に手を出して婚約破棄したりしない。そこまでして手に入れた恋人を兄に奪われたりもしない。……それは兄次第かな?
「シュザンヌ!」
気まずい沈黙を打ち破ったのは、ナタン王太子殿下の一声だった。……え? なんで?
「ナタン王太子殿下?」
名前を呼ばれたシュザンヌ様も怪訝そうな表情だ。
「あ、愛しているんだ。俺は君を愛しているんだ!」
「なにをおっしゃってるんですか? 度数の強いお酒でも飲まれました?」
「違うっ!」
隠しキャラその2のエンド前に、こんなイベントあったっけ?
あ、クリミネラの顔色が変わってる。
彼女にも想定外? でもなんでこんなことに?
「昨日の昼に気づいたんだ。俺はクリミネラなど愛してはいない。惑わされていたんだ。俺が本当に愛しているのは君、シュザンヌただひとりなんだ!」
昨日の昼って──もしかして学園の応接室で黄金の髪飾りをゲットしたとき?
実体化させるだけで好感度リセットの効果があったのかな。
自ら望んだ女性との婚約式で幸せの絶頂にいるはずの王太子ナタン殿下が、苦虫を嚙み潰したような顔をしているからだ。
殿下の視線は帝国の皇帝バンジャマン陛下の隣に立つ公爵令嬢シュザンヌ様に注がれている。昨日エレノア商会の系列の料理店へ行ったとき聞いたんだけど、シュザンヌ様は年内に外交官として帝国へ行かれるそうだ。エレノア商会の移転はいつごろになるかなー。
私の隣にはバンジャマン陛下の腹心ユジェーヌ様がいらっしゃる。
まあねー、王宮に来るのは正直嫌だったけどねー、昨日の学園見学のときとは違う豪奢な正装に身を包んだユジェーヌ様もお美しいよねー。
ちょっと眼福過ぎて死にそうなんですけど。でもでも、お美しいシュザンヌ様をからかおうとして言葉を失っているバンジャマン陛下を眺めないといけないからまだ死ねない!
「エレノア嬢、私がお贈りしたアクセサリーはお気に召していただけませんでしたか?」
ユジェーヌ様が悲しげに言ったのは、私が昨日の学園で手に入れたDL配布アクセサリーを全部身に着けてきているからだろう。うん、すっごくミスマッチ。帝国からの賓客ユジェーヌ様のパートナーじゃなかったら王宮に入れてもらえなかったと思う。
でも私を見たクリミネラは顔色を変えていた。
間違いない。彼女も転生者でこのDL配布アクセサリーのことを知っている。
後はさりげなく転んで、気づかれないようクリミネラにこのDL配布アクセサリーをぶつけるだけだ。
昨晩頑張って考えたけど、それ以上の計画は思いつかなかった!
だってね、ゲームならそこで終わりだけど、もし隠しキャラその2エンドが実現してクリミネラがバンジャマン陛下に略奪されたりしたら、まず間違いなく王国と帝国で戦争が起こるでしょ? 復讐はもうどうでもいいけど、こんなくだらないきっかけで戦争が始まるのはなんとしても止めたい!
……そうでなければ、昨日会ったばかりだっていうのに、今日の午前中にはエレノア商会の館にユジェーヌ様が届けてくださったアクセサリーを身に着けてきたかったよ。
ああ、でも、好みだっていうだけでメロメロになるのは恋じゃないのかな?
「とんでもありませんわ、ユジェーヌ様。いただいたアクセサリーは私の宝物です。ただ……今夜はどうしてもこのアクセサリーをつけて来なくてはならなかったのです」
「昨日学園のあちこちで踊っていたのは、そのアクセサリーを手に入れるためだったのですか? 宙から現れたように見えましたが」
「え! 気づいてたんですか? というか、私踊ってませんよ?」
実体なく浮いているアクセサリーを手に取るのが難しくて、ちょっと苦戦してただけだ。
「踊ってましたよ。……とてもお可愛らしくていらっしゃいました」
不意に肩を引き寄せられて、耳元で囁かれる。
はうー。
そうこうしている間に、不機嫌そうな声でナタン王太子殿下が式の始まりを告げた。さまざまな要人からのお言葉があって、お約束のダンスタイムが始まる。ダンスしながら情報を交換するのは、貴族の大切なお仕事だ。私はもう貴族じゃないけどね。
「エレノア!」
ユジェーヌ様にお願いして、踊りながらクリミネラに近づこうと思っていたら、なぜか元夫のパイロンに声をかけられた。
にこやかに笑みを浮かべ、ユジェーヌ様が言う。
「どうかなさいましたか、パイロン殿下。いいえ、アザール侯爵閣下とお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
「君には話しかけていない」
「そうおっしゃられましても、本日のエレノア嬢のパートナーは私ですので」
「私は彼女の夫だ!」
「もう離縁なさったと聞きましたが?」
「それは……間違いだったんだ」
「はいはい、お聞きしております。エレノア嬢のお名前を間違われたのですよね?」
噂を知っているのだろう。クリミネラが満足そうな表情を浮かべている。
卒業パーティでの婚約破棄の最中もあんな顔で私を見ていたっけ。
でも今はナタン王太子殿下の婚約者なんだから、そんな噂が流れるだけで困るんじゃないかな。それとも隠しキャラその2のバンジャマン陛下狙いだから、もうナタン殿下のことなんてどうでもいいの?
話題が話題なだけに、大広間は静まり返った。
楽団も曲を演奏していいかどうか悩んでいるようだ。
パイロンは悔し気に唇を噛んで、ユジェーヌ様を睨んでいる。
私がユジェーヌ様と王宮に来たことで自分が莫迦にされてるように感じてるのかな。
本当に莫迦なんだから仕方ないでしょ。
莫迦じゃない人は婚約者の異母妹に手を出して婚約破棄したりしない。そこまでして手に入れた恋人を兄に奪われたりもしない。……それは兄次第かな?
「シュザンヌ!」
気まずい沈黙を打ち破ったのは、ナタン王太子殿下の一声だった。……え? なんで?
「ナタン王太子殿下?」
名前を呼ばれたシュザンヌ様も怪訝そうな表情だ。
「あ、愛しているんだ。俺は君を愛しているんだ!」
「なにをおっしゃってるんですか? 度数の強いお酒でも飲まれました?」
「違うっ!」
隠しキャラその2のエンド前に、こんなイベントあったっけ?
あ、クリミネラの顔色が変わってる。
彼女にも想定外? でもなんでこんなことに?
「昨日の昼に気づいたんだ。俺はクリミネラなど愛してはいない。惑わされていたんだ。俺が本当に愛しているのは君、シュザンヌただひとりなんだ!」
昨日の昼って──もしかして学園の応接室で黄金の髪飾りをゲットしたとき?
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