3 / 9
第三話 クリア条件はなんですか?
しおりを挟む
乙女ゲーム『真珠の涙の少女』はアドベンチャーだった。
シミュレーションと違ってパラメータ処理がなく、選択肢を選ぶだけでいいゲームだ。
それでも普通ならいろいろフラグがあるのだけれど、『真珠の涙の少女』は攻略対象のいる場所に行って会話すれば良いだけのヌルゲーだった。
あ、それはそれでいいと思う。ゲームとしてはそれもあり。
深く考えず適当にゲームして、美麗なスチルに酔いしれるのも悪くない。
ただ一応選択肢があるのにどれを選んでも好感度が上がるのと、一度上がった好感度が下がらないのが問題だった。
なにしろ『真珠の涙の少女』は貴族社会が舞台なので、身分の上下が絶対なのだ。
主人公は侯爵家の庶子=平民だけど。
だから今回平民の豪商の跡取り(平民特待生枠)を狙おうと思っていても、うっかり出会った子爵(教師枠)の好感度が上がったらそちらのルートに入ってしまう。好感度を上げまいと思っても、一度会ったらどの選択肢を選んでも勝手に上がってしまう。
おまけに親しくなった攻略対象は、自分より上の身分の攻略対象を紹介してくる。
なんなの、君達。NTR願望でもあるの?……まあ好意的に考えると、庶子のヒロインに人脈を作ってあげたかったんだろうね。
そんなわけで紹介に紹介を重ねて、気がつくといつも第二王子パイロンルートに入っているのが常だった。クールキャラは嫌いじゃないけど、どうせなら丁寧語慇懃無礼毒舌キャラのほうが良かったな。あの男タメ口だからな。第一王子と違って俺様にはなり切れてないし。
パイロンルートオンリーになるのは私だけではなく、もうこれバグだろ、と制作会社に批判が殺到した。
制作会社の対応策は、クリアしたキャラの好感度が上がらなくなるアクセサリーのDL配布。
アクセサリーは元々攻略対象の好みに合わせて装着することで好感度を上げるもので、装着しなくても鬼のように好感度が上がるので無用の長物だった。このDL配布によって初めて役に立つものとなったのである。
とはいえアクセサリーは一度にひとつしか装着できないシステムだったので、期せずして攻略ルートが限られることとなった。
パイロンルートをクリアして対応アクセサリーを入手、彼の好感度を抑えて公爵令息(シュザンヌ様の弟君)を攻略クリアしてアクセサリー入手、公爵令息の好感度を抑えて伯爵家養子(ショタ枠)を攻略クリアしてアクセサリー入手──以下略。
紹介以外で身分の高い攻略対象と出会ってしまったときはロードしてやり直す。
そうやって上から順に攻略していかなければフルコンプは不可能だった。
油断するとパイロンが来るぞ!
ヤツはヒロインの異母姉の婚約者だ! 家にいても油断出来ない! ランダム訪問イベント発生だ!
……ん?
そういえば隠しキャラの第一王子ルートへの分岐条件は、もうひとりの隠しキャラ以外の攻略対象をクリアしていることだったよね。
なんでクリミネラは第一王子と出会えたんだろう。もしかして人生繰り返してる?
うーん……これは仮説なんだけど、体を重ねたらクリアと見做されるっていうのはどうだろう?
だってふたりの隠しキャラ以外のエンドスチルはそれを匂わせるものだった。
略奪テーマの上に汚エロ落ちかよ! って叩かれてたなあ。乙女ゲームクラスタって、そういうのに抵抗ある人多かったから。肉食猛禽女は乙女ゲームじゃなくてリアルで男性落としてるんだってば!
少なくともパイロンはクリミネラとしてた!
学園時代ふたりの最中の声を聞いて、泣きながら逃げ出した記憶がある。自宅だったのに!
でもルートをクリアしたにしては、パイロンはクリミネラ大好きのままだしなあ。ニューゲームが始まってないから好感度がリセットされてない?
「むー……」
「お嬢様、先ほどからお悩みのようですがどうなさいましたか?」
「ああ、ごめんなさい。そうね……筆記用具と便箋を用意してくれる? それと、あなたの美味しいお茶のお代わりも」
「かしこまりました!」
──結局のところ、この世界は乙女ゲーム『真珠の涙の少女』に似ているだけなのかもしれない。
攻略対象に良く似た人々は、ゲームの強制力ではなく本心からクリミネラを愛しているのかもしれない。目に見える彼女は儚げな美少女で、内面がどうなっているのかまではわからない。計算演技女じゃないのかもしれない。
パイロンとしてたのもヤツに押し切られただけだったのかも。
とはいえ私が何度注意してもヤツやほかの婚約者付きの男性に自分から近寄って行ったのは事実だし、それで多くの人が被害を被っている。
姉としてあの異母妹には痛い目を見せておくべきじゃないかな。
俺様第一王子とは天然公爵令嬢シュザンヌ様のほうがお似合いだと思うし! ふたりのちょっと噛み合ってない会話が最高に尊かったし!……あれ、私前世思い出す前からカプ廚だったかも。
この世界がゲームと同じかどうかはわからないけれど、とりあえず試せることは試してみよう。
好感度を上げないアクセサリーは攻略対象のクリア条件を満たした卒業パーティの前日、学園内に出現した。そのまま放置しておくと、ニューゲームで開始したとき同じ場所に残っている。
うっかりクリア前にゲットするとニューゲーム時に残ってないから、また同じルートを攻略クリアしないといけなくなるんだよね。しかもゲットしちゃうとクリア直前で好感度下がるからバッドエンド(年老いた豪商の妾)になるし。なんでわざわざそんな罠を仕掛けた、制作会社!
もしクリミネラも転生者だとしたら、もう処分されているかもしれないな。などと思いながら私は、メイドが用意してくれた便箋と筆記用具でシュザンヌ様へ手紙を書いた。
ペンを持つと、ランプで火傷した手が痛い。
この世界に魔法はあるものの、この国の魔法技術は遅れている。魔法自体は存在するせいで医療技術は大陸全土で発展してない。完治には前世より時間がかかりそうだ。
シュザンヌ様のご実家公爵家は学園の創立時から支援を続けていらっしゃる。
彼女の口添えがあれば学園に入ることが出来るだろう。
でもアクセサリーをゲット出来たとしても、どうやってクリミネラに装着させたらいいのかな。とりあえず触らせるだけでもいいんだけど。
まあ、あるかどうかもわからないよね。
シミュレーションと違ってパラメータ処理がなく、選択肢を選ぶだけでいいゲームだ。
それでも普通ならいろいろフラグがあるのだけれど、『真珠の涙の少女』は攻略対象のいる場所に行って会話すれば良いだけのヌルゲーだった。
あ、それはそれでいいと思う。ゲームとしてはそれもあり。
深く考えず適当にゲームして、美麗なスチルに酔いしれるのも悪くない。
ただ一応選択肢があるのにどれを選んでも好感度が上がるのと、一度上がった好感度が下がらないのが問題だった。
なにしろ『真珠の涙の少女』は貴族社会が舞台なので、身分の上下が絶対なのだ。
主人公は侯爵家の庶子=平民だけど。
だから今回平民の豪商の跡取り(平民特待生枠)を狙おうと思っていても、うっかり出会った子爵(教師枠)の好感度が上がったらそちらのルートに入ってしまう。好感度を上げまいと思っても、一度会ったらどの選択肢を選んでも勝手に上がってしまう。
おまけに親しくなった攻略対象は、自分より上の身分の攻略対象を紹介してくる。
なんなの、君達。NTR願望でもあるの?……まあ好意的に考えると、庶子のヒロインに人脈を作ってあげたかったんだろうね。
そんなわけで紹介に紹介を重ねて、気がつくといつも第二王子パイロンルートに入っているのが常だった。クールキャラは嫌いじゃないけど、どうせなら丁寧語慇懃無礼毒舌キャラのほうが良かったな。あの男タメ口だからな。第一王子と違って俺様にはなり切れてないし。
パイロンルートオンリーになるのは私だけではなく、もうこれバグだろ、と制作会社に批判が殺到した。
制作会社の対応策は、クリアしたキャラの好感度が上がらなくなるアクセサリーのDL配布。
アクセサリーは元々攻略対象の好みに合わせて装着することで好感度を上げるもので、装着しなくても鬼のように好感度が上がるので無用の長物だった。このDL配布によって初めて役に立つものとなったのである。
とはいえアクセサリーは一度にひとつしか装着できないシステムだったので、期せずして攻略ルートが限られることとなった。
パイロンルートをクリアして対応アクセサリーを入手、彼の好感度を抑えて公爵令息(シュザンヌ様の弟君)を攻略クリアしてアクセサリー入手、公爵令息の好感度を抑えて伯爵家養子(ショタ枠)を攻略クリアしてアクセサリー入手──以下略。
紹介以外で身分の高い攻略対象と出会ってしまったときはロードしてやり直す。
そうやって上から順に攻略していかなければフルコンプは不可能だった。
油断するとパイロンが来るぞ!
ヤツはヒロインの異母姉の婚約者だ! 家にいても油断出来ない! ランダム訪問イベント発生だ!
……ん?
そういえば隠しキャラの第一王子ルートへの分岐条件は、もうひとりの隠しキャラ以外の攻略対象をクリアしていることだったよね。
なんでクリミネラは第一王子と出会えたんだろう。もしかして人生繰り返してる?
うーん……これは仮説なんだけど、体を重ねたらクリアと見做されるっていうのはどうだろう?
だってふたりの隠しキャラ以外のエンドスチルはそれを匂わせるものだった。
略奪テーマの上に汚エロ落ちかよ! って叩かれてたなあ。乙女ゲームクラスタって、そういうのに抵抗ある人多かったから。肉食猛禽女は乙女ゲームじゃなくてリアルで男性落としてるんだってば!
少なくともパイロンはクリミネラとしてた!
学園時代ふたりの最中の声を聞いて、泣きながら逃げ出した記憶がある。自宅だったのに!
でもルートをクリアしたにしては、パイロンはクリミネラ大好きのままだしなあ。ニューゲームが始まってないから好感度がリセットされてない?
「むー……」
「お嬢様、先ほどからお悩みのようですがどうなさいましたか?」
「ああ、ごめんなさい。そうね……筆記用具と便箋を用意してくれる? それと、あなたの美味しいお茶のお代わりも」
「かしこまりました!」
──結局のところ、この世界は乙女ゲーム『真珠の涙の少女』に似ているだけなのかもしれない。
攻略対象に良く似た人々は、ゲームの強制力ではなく本心からクリミネラを愛しているのかもしれない。目に見える彼女は儚げな美少女で、内面がどうなっているのかまではわからない。計算演技女じゃないのかもしれない。
パイロンとしてたのもヤツに押し切られただけだったのかも。
とはいえ私が何度注意してもヤツやほかの婚約者付きの男性に自分から近寄って行ったのは事実だし、それで多くの人が被害を被っている。
姉としてあの異母妹には痛い目を見せておくべきじゃないかな。
俺様第一王子とは天然公爵令嬢シュザンヌ様のほうがお似合いだと思うし! ふたりのちょっと噛み合ってない会話が最高に尊かったし!……あれ、私前世思い出す前からカプ廚だったかも。
この世界がゲームと同じかどうかはわからないけれど、とりあえず試せることは試してみよう。
好感度を上げないアクセサリーは攻略対象のクリア条件を満たした卒業パーティの前日、学園内に出現した。そのまま放置しておくと、ニューゲームで開始したとき同じ場所に残っている。
うっかりクリア前にゲットするとニューゲーム時に残ってないから、また同じルートを攻略クリアしないといけなくなるんだよね。しかもゲットしちゃうとクリア直前で好感度下がるからバッドエンド(年老いた豪商の妾)になるし。なんでわざわざそんな罠を仕掛けた、制作会社!
もしクリミネラも転生者だとしたら、もう処分されているかもしれないな。などと思いながら私は、メイドが用意してくれた便箋と筆記用具でシュザンヌ様へ手紙を書いた。
ペンを持つと、ランプで火傷した手が痛い。
この世界に魔法はあるものの、この国の魔法技術は遅れている。魔法自体は存在するせいで医療技術は大陸全土で発展してない。完治には前世より時間がかかりそうだ。
シュザンヌ様のご実家公爵家は学園の創立時から支援を続けていらっしゃる。
彼女の口添えがあれば学園に入ることが出来るだろう。
でもアクセサリーをゲット出来たとしても、どうやってクリミネラに装着させたらいいのかな。とりあえず触らせるだけでもいいんだけど。
まあ、あるかどうかもわからないよね。
170
お気に入りに追加
2,537
あなたにおすすめの小説
婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。
ふまさ
恋愛
「いや、それはいいのです。貴族の結婚に、愛など必要ないですから。問題は、僕が、エリカに対してなんの魅力も感じられないことなんです」
はじめて語られる婚約者の本音に、エリカの中にあるなにかが、音をたてて崩れていく。
「……僕は、エリカとの将来のために、正直に、自分の気持ちを晒しただけです……僕だって、エリカのことを愛したい。その気持ちはあるんです。でも、エリカは僕に甘えてばかりで……女性としての魅力が、なにもなくて」
──ああ。そんな風に思われていたのか。
エリカは胸中で、そっと呟いた。
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。
梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。
王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。
第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。
常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。
ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。
みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。
そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。
しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
【完結】私の婚約者はもう死んだので
miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」
結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。
そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。
彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。
これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。
※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。
【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる