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第四話 貴方は要らない
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侯爵夫人は言葉を続けました。
「お金のために好きでもない女の子と結婚するエンリケが可哀相だったから。ベネノはそのときの怪我がもとで子どもが生せなくなったと聞いていたし、変な愛人を作るより身近に遊び相手がいたほうが良いと思ったの」
ずっと憎々し気な顔で私を睨みつけていたベネノも、これにはさすがに唖然とした表情になります。
彼女は遠縁の侯爵夫人に愛されて、大切にされているのだと思っていたのでしょう。
遠縁の娘も息子のための玩具としか思っていない女性が、媚びるような瞳に私を映します。先ほどの『エンリケが可哀相』という言葉が、だれよりも私を貶めていることにも気づかずに。
確かに私はエンリケ様が好きでした。でもこの結婚を決めたのは、ペサーニャ侯爵とポンテス伯爵なのです。
そして貴女は、結婚前にベネノを追い出しておくと私に約束していたのです。
「ミランダちゃん、そういうことなの。ちゃんと話せば良かったわね。この家の跡取りは貴女の子どもしかあり得ないから、ベネノのことなんか気にしなくてもいいって」
「どちらにしろ、私ももうこの家の跡取りなど産めませんけれどね」
「……ごめんなさい」
ペサーニャ侯爵は唇を噛んで、俯いた妻を見つめています。
お顔が真っ赤です。
怒り過ぎて言葉が出てこないようです。
「それでは次の資料をご覧ください。ベネノは今も情人と続いています。私の持参金、サラザール商会がこれまでペサーニャ侯爵家に支援してきたお金は、さまざまな理由をつけてベネノの情人に流れていました」
私はエンリケ様と、これまで自分は関係ないとでも言いたげな顔をしていた男性の使用人達に視線を向けました。
「私はポンテス伯爵家の跡取りとして教育を受けてきましたし、祖父や伯父から経営の基礎も学んできました。きちんと私を女主人として扱って、この館の運営を任せてくれていれば、こんな不正はすぐに気づいたことでしょう」
まだ理解していなさそうな人々に、溜息で怒りを押し殺した侯爵が言います。
「使用人による殺人未遂だ。ミランダ嬢とサラザール商会には、ペサーニャ侯爵家の責任で持参金と支援金を返済しなくてはならない。……ベネノの情人に流れた分の金も返済義務は私達にある。これまでと同じ人数の使用人を雇い続けるのは無理だ」
ベネノの情人はベネノの情人で、殺人未遂や横領の共犯で捕まるでしょうが、ペサーニャ侯爵家にお金は戻ってこないでしょう。
「妻が紹介状を書いたとしても、サラザール商会に不義理を働いたペサーニャ侯爵家の夫人の紹介状などなんの意味もないだろう。お前達は路頭に迷うんだ」
男性の使用人達の顔が色を失いました。
何人かはそれだけでなく、メイド達の共犯としても捕らえられることでしょう。
「……ミランダ嬢。こちらの有責で離縁を受け入れよう。私の管理下にある人間が君を害したことへの賠償金も支払わせてもらう。どんなに大金を積んでも、君が失ったものは戻ってこないが」
「そうですね。ポンテス伯爵家のみなさんも今ごろ後悔してらっしゃることでしょう」
実家の契約違反についても訴えを出しています。
あの家はお金がないので、母の持参金や私の養育費は返ってこないかもしれません。
それでもサラザール商会との縁が完全に切れたあの家に明るい未来は待っていません。商会との契約を破った人間と新しく契約を結ぼうという商会はないのです。
「そん……な! ミランダの持参金やサラザール商会からの支援金を返済して、これからは援助が受けられなくなり、賠償金まで払わなくてはいけないのか?」
エンリケ様が叫びました。
「お前が招いた結果だ。エンリケ、お前がここまで愚かだとは思わなかった。私も……愚かだった。ポンテス伯爵家で跡取り教育を受け、学園でも優秀な成績を修めていたミランダ嬢が嫁いで来てくれたことに安心して、領地に籠もっているのではなかった。妻に任せず、自らベネノを追い出していれば良かった」
「……」
侯爵が冷たく言い、侯爵夫人は青白い顔で俯いたままです。
「エンリケ様、愚かな貴方に感謝しています。私の人生は滅茶苦茶にされたけれど、貴方の子どもを産んで、この世に不幸な人間を増やすなんてことをしないで済みましたから」
私は、数日前から癖になっている自分の下腹部を撫でる動作をしながら、エンリケ様に微笑みました。
「お金のために好きでもない女の子と結婚するエンリケが可哀相だったから。ベネノはそのときの怪我がもとで子どもが生せなくなったと聞いていたし、変な愛人を作るより身近に遊び相手がいたほうが良いと思ったの」
ずっと憎々し気な顔で私を睨みつけていたベネノも、これにはさすがに唖然とした表情になります。
彼女は遠縁の侯爵夫人に愛されて、大切にされているのだと思っていたのでしょう。
遠縁の娘も息子のための玩具としか思っていない女性が、媚びるような瞳に私を映します。先ほどの『エンリケが可哀相』という言葉が、だれよりも私を貶めていることにも気づかずに。
確かに私はエンリケ様が好きでした。でもこの結婚を決めたのは、ペサーニャ侯爵とポンテス伯爵なのです。
そして貴女は、結婚前にベネノを追い出しておくと私に約束していたのです。
「ミランダちゃん、そういうことなの。ちゃんと話せば良かったわね。この家の跡取りは貴女の子どもしかあり得ないから、ベネノのことなんか気にしなくてもいいって」
「どちらにしろ、私ももうこの家の跡取りなど産めませんけれどね」
「……ごめんなさい」
ペサーニャ侯爵は唇を噛んで、俯いた妻を見つめています。
お顔が真っ赤です。
怒り過ぎて言葉が出てこないようです。
「それでは次の資料をご覧ください。ベネノは今も情人と続いています。私の持参金、サラザール商会がこれまでペサーニャ侯爵家に支援してきたお金は、さまざまな理由をつけてベネノの情人に流れていました」
私はエンリケ様と、これまで自分は関係ないとでも言いたげな顔をしていた男性の使用人達に視線を向けました。
「私はポンテス伯爵家の跡取りとして教育を受けてきましたし、祖父や伯父から経営の基礎も学んできました。きちんと私を女主人として扱って、この館の運営を任せてくれていれば、こんな不正はすぐに気づいたことでしょう」
まだ理解していなさそうな人々に、溜息で怒りを押し殺した侯爵が言います。
「使用人による殺人未遂だ。ミランダ嬢とサラザール商会には、ペサーニャ侯爵家の責任で持参金と支援金を返済しなくてはならない。……ベネノの情人に流れた分の金も返済義務は私達にある。これまでと同じ人数の使用人を雇い続けるのは無理だ」
ベネノの情人はベネノの情人で、殺人未遂や横領の共犯で捕まるでしょうが、ペサーニャ侯爵家にお金は戻ってこないでしょう。
「妻が紹介状を書いたとしても、サラザール商会に不義理を働いたペサーニャ侯爵家の夫人の紹介状などなんの意味もないだろう。お前達は路頭に迷うんだ」
男性の使用人達の顔が色を失いました。
何人かはそれだけでなく、メイド達の共犯としても捕らえられることでしょう。
「……ミランダ嬢。こちらの有責で離縁を受け入れよう。私の管理下にある人間が君を害したことへの賠償金も支払わせてもらう。どんなに大金を積んでも、君が失ったものは戻ってこないが」
「そうですね。ポンテス伯爵家のみなさんも今ごろ後悔してらっしゃることでしょう」
実家の契約違反についても訴えを出しています。
あの家はお金がないので、母の持参金や私の養育費は返ってこないかもしれません。
それでもサラザール商会との縁が完全に切れたあの家に明るい未来は待っていません。商会との契約を破った人間と新しく契約を結ぼうという商会はないのです。
「そん……な! ミランダの持参金やサラザール商会からの支援金を返済して、これからは援助が受けられなくなり、賠償金まで払わなくてはいけないのか?」
エンリケ様が叫びました。
「お前が招いた結果だ。エンリケ、お前がここまで愚かだとは思わなかった。私も……愚かだった。ポンテス伯爵家で跡取り教育を受け、学園でも優秀な成績を修めていたミランダ嬢が嫁いで来てくれたことに安心して、領地に籠もっているのではなかった。妻に任せず、自らベネノを追い出していれば良かった」
「……」
侯爵が冷たく言い、侯爵夫人は青白い顔で俯いたままです。
「エンリケ様、愚かな貴方に感謝しています。私の人生は滅茶苦茶にされたけれど、貴方の子どもを産んで、この世に不幸な人間を増やすなんてことをしないで済みましたから」
私は、数日前から癖になっている自分の下腹部を撫でる動作をしながら、エンリケ様に微笑みました。
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