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第二話 貴方のために
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「……馬鹿馬鹿しい」
これまでのことを思って私はひとりごちました。
ポンテス伯爵である父は、国内有数の大富豪であるサラザール商会の資産目当てに母に求婚しました。自分は平民だから、と拒む母に、母の産んだ子どもを絶対に跡取りにするから、とまで言って結婚を強行したのです。
ポンテス伯爵家の人間は平民の母を軽んじ、伯爵家の運営には一切関わらせませんでした。私も跡取り教育は受けたものの、実践はさせてもらっていません。
跡取りになるはずだった私がペサーニャ侯爵家に嫁いでいること自体、父の裏切りであり契約違反なのです。
……父が母も私も愛していないことは、幼いころから気づいていました。いいえ、幼いからこそ敏感に感じ取ったのです。
父の遠縁に当たるペサーニャ侯爵家のみなさんは私に優しく、侯爵はいつも父のことを窘めてくださっていました。
ペサーニャ侯爵家は私にとって幸せな家庭の理想形で、たとえ父が母やサラザール商会を裏切り、私を追い出そうとしているだけだとわかっていても、エンリケ様の妻となって侯爵家の一員になれるのだと思うと心が弾みました。
互いに跡取りだからと押し殺していた彼への想いが溢れ出ました。
でも現実は優しくありませんでした。
エンリケ様は私を厭っています。
たまに王都へいらしていたペサーニャ侯爵夫人も領地へ行ったきりになっている今、王都の侯爵邸の女主人はベネノです。
私はサラザール商会から金を引き出すためだけに飼われている家畜のようなものです。
「……もう黙って我慢したりしない」
私がこれまで黙って我慢していたのは、だれにもなにも聞いてもらえないことで話すのが怖くなったからだけではありません。
母方の実家の親族は、いつもちゃんと私の話を聞いてくれました。
マリアのように心配してくれていました。
それでも冷遇と裏切りを黙っていたのは……私が口を開けばすべてが終わるからです。
父はサラザール商会との契約違反で訴えられ、これまでの支援を返済しなくてはならなくなります。
商会からの支援だけに頼って来たポンテス伯爵家は生き残れないでしょう。
平民とはいえ、母は商会の娘でした。跡取りには伯父がいましたが、母も優れた商才を持っていたのです。
その母を運営から遠ざけ、嫡子である私よりも下位貴族の義母が産んだ異母弟を選んだのは伯爵家の人間達です。
私が上げた不満の声を聞いたサラザール商会が手を引いたら自分達は終わりになるということを理解しようとしない彼らに、これ以上私が譲歩する必要はありません。
貴族令嬢としての矜持、領民への責任──それらのことを胸に私がどんなに努力しても、だれも認めてはくれませんでした。
ペサーニャ侯爵は認めてくださっていると思っていたのですが、自分の息子のほうが可愛いのは人として当たり前のことです。
そう、当たり前のこと。私だって自分が一番可愛いのです。
ペサーニャ侯爵領が潰れても知りません。
持参金やこれまでの支援に見合うものを私はいただいていませんもの。詐欺に遭ったようなものです。
私はやっぱり平民の商人なのでしょう。貴族ならしがみついて手放せないものを、私は損切り出来ます。
「もっと早く声を上げていたら……」
私は、自分の下腹部を優しく撫でました。
悔やんでいても仕方がありません。新米商人に失敗はつきものです。
後はどれだけ損をせずに、不良債権を切り捨てられるかなのです。
私は強くなります。貴方のために──まずは情報、それから証拠を集めることにしましょうか。
これまでのことを思って私はひとりごちました。
ポンテス伯爵である父は、国内有数の大富豪であるサラザール商会の資産目当てに母に求婚しました。自分は平民だから、と拒む母に、母の産んだ子どもを絶対に跡取りにするから、とまで言って結婚を強行したのです。
ポンテス伯爵家の人間は平民の母を軽んじ、伯爵家の運営には一切関わらせませんでした。私も跡取り教育は受けたものの、実践はさせてもらっていません。
跡取りになるはずだった私がペサーニャ侯爵家に嫁いでいること自体、父の裏切りであり契約違反なのです。
……父が母も私も愛していないことは、幼いころから気づいていました。いいえ、幼いからこそ敏感に感じ取ったのです。
父の遠縁に当たるペサーニャ侯爵家のみなさんは私に優しく、侯爵はいつも父のことを窘めてくださっていました。
ペサーニャ侯爵家は私にとって幸せな家庭の理想形で、たとえ父が母やサラザール商会を裏切り、私を追い出そうとしているだけだとわかっていても、エンリケ様の妻となって侯爵家の一員になれるのだと思うと心が弾みました。
互いに跡取りだからと押し殺していた彼への想いが溢れ出ました。
でも現実は優しくありませんでした。
エンリケ様は私を厭っています。
たまに王都へいらしていたペサーニャ侯爵夫人も領地へ行ったきりになっている今、王都の侯爵邸の女主人はベネノです。
私はサラザール商会から金を引き出すためだけに飼われている家畜のようなものです。
「……もう黙って我慢したりしない」
私がこれまで黙って我慢していたのは、だれにもなにも聞いてもらえないことで話すのが怖くなったからだけではありません。
母方の実家の親族は、いつもちゃんと私の話を聞いてくれました。
マリアのように心配してくれていました。
それでも冷遇と裏切りを黙っていたのは……私が口を開けばすべてが終わるからです。
父はサラザール商会との契約違反で訴えられ、これまでの支援を返済しなくてはならなくなります。
商会からの支援だけに頼って来たポンテス伯爵家は生き残れないでしょう。
平民とはいえ、母は商会の娘でした。跡取りには伯父がいましたが、母も優れた商才を持っていたのです。
その母を運営から遠ざけ、嫡子である私よりも下位貴族の義母が産んだ異母弟を選んだのは伯爵家の人間達です。
私が上げた不満の声を聞いたサラザール商会が手を引いたら自分達は終わりになるということを理解しようとしない彼らに、これ以上私が譲歩する必要はありません。
貴族令嬢としての矜持、領民への責任──それらのことを胸に私がどんなに努力しても、だれも認めてはくれませんでした。
ペサーニャ侯爵は認めてくださっていると思っていたのですが、自分の息子のほうが可愛いのは人として当たり前のことです。
そう、当たり前のこと。私だって自分が一番可愛いのです。
ペサーニャ侯爵領が潰れても知りません。
持参金やこれまでの支援に見合うものを私はいただいていませんもの。詐欺に遭ったようなものです。
私はやっぱり平民の商人なのでしょう。貴族ならしがみついて手放せないものを、私は損切り出来ます。
「もっと早く声を上げていたら……」
私は、自分の下腹部を優しく撫でました。
悔やんでいても仕方がありません。新米商人に失敗はつきものです。
後はどれだけ損をせずに、不良債権を切り捨てられるかなのです。
私は強くなります。貴方のために──まずは情報、それから証拠を集めることにしましょうか。
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