38 / 45
第三話 かっぱっぱ
8・推し談義してましたけど、なにか?
しおりを挟む
「……ところでお前」
運転席の忍野くんが、不安そうな顔で助手席のわたしを見る。
わたしは慌てて彼を止めた。
真っ赤だった空が薄暗く変わっていく。
交通事故が多いのはこんな時間帯だという。
「忍野くん、運転中なんだから前向いて!」
「悪い。……あのよ、お前帰り際に片桐仁王とメアド交換してなかったか? 俺には共演者に手を出すなって言って、なにやってんだよ」
見てたのか。
まあ目の前でやってたしね。
誤解されても仕方がない所業だし、きちんと説明しておかなくちゃ。
でも、どこから話そう。
「うーん……仮にとはいえわたしは招木さんの事務所の人間だから、ヨソの俳優さんと親しくするのは良くないかと思ったんだけど、どうしてもって言われて」
「どうしてもって言われたら、だれとでもメアド交換するのかよ」
「そういうわけじゃないんだけど、ブログのコメント欄埋め尽くされるよりはメールに添付してもらうほうがいいかと思って」
「? なんの話だ?」
「わたしが俳優忍野薫の応援ブログをやってること、忍野くんも知ってるでしょ?」
「ああ」
「わたしが使ってるブログサービスのコメント欄には文字数制限があるから、片桐さんが思いのたけを綴るにはコメント欄ひとつじゃ足りなさそうなのよ。河童二号のコメントだけがいくつも続くよりは、文章作成ソフトで書いたデータをメールに添付してもらったほうがいいじゃない」
忍野くんの眉間にすごい勢いで皺が寄っていく。
「思いのたけ? 河童二号?」
そこからもう伝わっていなかったらしい。
いや、河童うんぬんはわたしと片桐さんで勝手に決めた俳優忍野薫ファンの名称なんだけどさ。
「共演者の言葉くらい覚えてなさいよ。挨拶のとき片桐さん、俳優忍野薫のファンですってちゃんと言ってたよ?」
「え? あれ社交辞令だろ?」
「わたしも最初はそう思ったけど、本当みたいよ。小学校のときに俳優忍野薫のハムレットの舞台を観てから、ずっとファンなんだって」
「……ちょっと待て」
そう言って、忍野くんは路肩に車を停めた。
もうかなり走ってきたので、東京ほど交通量が多くない田舎道に入っていた。
しばらくハンドルに顔を伏せた後で、忍野くんがわたしを見る。
「……裏川お前、俺の演技を見学している間、片桐仁王となんの話してたんだ?」
今さらなにを言っているんだろう。
「俳優忍野薫の話に決まってるじゃない! 片桐さんは闇の住人マセマティが好きなんだって。わたしは陰キャマセマティが良かったかな、意外性があって。もちろん最終的に決定した感情の薄い人形マセマティにも期待してるよ」
「……お前ら、年ごろの男女、しかもひとりは芸能人だっていうのに、顔つき合わせて延々と俺の話してたのかよ!」
「わたしたち、俳優忍野薫沼の河童仲間なの」
「ワケわかんねぇ!」
忍野くんは叫んで、ハンドルを殴りつけた。
なんだか青春ドラマのワンシーンみたい。
それからハンドルに頭を載せ、わたしに向かって後頭部を見せてくる。
「……忍野くんもさ、あの監督さんに憧れてるんでしょ?」
「憧れっていうか……あの人の撮る映像に出演してみたいとずっと思ってたよ」
「あの監督さんが撮ったハムレットの話、だれかと話したいと思わない?」
「……うん」
「今度一緒に観たら、わたしに熱く語ってくれていいからね」
「ありがとう」
「その代わりわたしは、この役を俳優忍野薫が演じたらっていう妄想を語るだろうからつき合ってね」
忍野くんは、溜息をつきながら顔を上げた。
「……ま、まあいいけどよ。んっと……ってことは要するに、お前と片桐仁王は俺についての情報を交換するだけの同担仲間で、お互いは恋愛対象じゃないってことか」
「そういうこと。わたしたちが高校生だったときに小学生だった相手に対して、恋愛とかないよ。向こうだってそうだよ」
とはいえ、情報交換をするとも思えなかった。
たぶんお互いに俳優忍野薫の素敵だと思う部分を語り倒すに違いない。
それが河童というものだから。
「そっか。うん、そっか。……あ、でも、メールを交換するくらいにしとけよ。実際に会って目撃されたりしたら、変な誤解を受けるかもしれないからな」
「わかってるよ」
忍野くんは上機嫌でエンジンをかけて、車を路肩から道路へと戻した。
運転席の忍野くんが、不安そうな顔で助手席のわたしを見る。
わたしは慌てて彼を止めた。
真っ赤だった空が薄暗く変わっていく。
交通事故が多いのはこんな時間帯だという。
「忍野くん、運転中なんだから前向いて!」
「悪い。……あのよ、お前帰り際に片桐仁王とメアド交換してなかったか? 俺には共演者に手を出すなって言って、なにやってんだよ」
見てたのか。
まあ目の前でやってたしね。
誤解されても仕方がない所業だし、きちんと説明しておかなくちゃ。
でも、どこから話そう。
「うーん……仮にとはいえわたしは招木さんの事務所の人間だから、ヨソの俳優さんと親しくするのは良くないかと思ったんだけど、どうしてもって言われて」
「どうしてもって言われたら、だれとでもメアド交換するのかよ」
「そういうわけじゃないんだけど、ブログのコメント欄埋め尽くされるよりはメールに添付してもらうほうがいいかと思って」
「? なんの話だ?」
「わたしが俳優忍野薫の応援ブログをやってること、忍野くんも知ってるでしょ?」
「ああ」
「わたしが使ってるブログサービスのコメント欄には文字数制限があるから、片桐さんが思いのたけを綴るにはコメント欄ひとつじゃ足りなさそうなのよ。河童二号のコメントだけがいくつも続くよりは、文章作成ソフトで書いたデータをメールに添付してもらったほうがいいじゃない」
忍野くんの眉間にすごい勢いで皺が寄っていく。
「思いのたけ? 河童二号?」
そこからもう伝わっていなかったらしい。
いや、河童うんぬんはわたしと片桐さんで勝手に決めた俳優忍野薫ファンの名称なんだけどさ。
「共演者の言葉くらい覚えてなさいよ。挨拶のとき片桐さん、俳優忍野薫のファンですってちゃんと言ってたよ?」
「え? あれ社交辞令だろ?」
「わたしも最初はそう思ったけど、本当みたいよ。小学校のときに俳優忍野薫のハムレットの舞台を観てから、ずっとファンなんだって」
「……ちょっと待て」
そう言って、忍野くんは路肩に車を停めた。
もうかなり走ってきたので、東京ほど交通量が多くない田舎道に入っていた。
しばらくハンドルに顔を伏せた後で、忍野くんがわたしを見る。
「……裏川お前、俺の演技を見学している間、片桐仁王となんの話してたんだ?」
今さらなにを言っているんだろう。
「俳優忍野薫の話に決まってるじゃない! 片桐さんは闇の住人マセマティが好きなんだって。わたしは陰キャマセマティが良かったかな、意外性があって。もちろん最終的に決定した感情の薄い人形マセマティにも期待してるよ」
「……お前ら、年ごろの男女、しかもひとりは芸能人だっていうのに、顔つき合わせて延々と俺の話してたのかよ!」
「わたしたち、俳優忍野薫沼の河童仲間なの」
「ワケわかんねぇ!」
忍野くんは叫んで、ハンドルを殴りつけた。
なんだか青春ドラマのワンシーンみたい。
それからハンドルに頭を載せ、わたしに向かって後頭部を見せてくる。
「……忍野くんもさ、あの監督さんに憧れてるんでしょ?」
「憧れっていうか……あの人の撮る映像に出演してみたいとずっと思ってたよ」
「あの監督さんが撮ったハムレットの話、だれかと話したいと思わない?」
「……うん」
「今度一緒に観たら、わたしに熱く語ってくれていいからね」
「ありがとう」
「その代わりわたしは、この役を俳優忍野薫が演じたらっていう妄想を語るだろうからつき合ってね」
忍野くんは、溜息をつきながら顔を上げた。
「……ま、まあいいけどよ。んっと……ってことは要するに、お前と片桐仁王は俺についての情報を交換するだけの同担仲間で、お互いは恋愛対象じゃないってことか」
「そういうこと。わたしたちが高校生だったときに小学生だった相手に対して、恋愛とかないよ。向こうだってそうだよ」
とはいえ、情報交換をするとも思えなかった。
たぶんお互いに俳優忍野薫の素敵だと思う部分を語り倒すに違いない。
それが河童というものだから。
「そっか。うん、そっか。……あ、でも、メールを交換するくらいにしとけよ。実際に会って目撃されたりしたら、変な誤解を受けるかもしれないからな」
「わかってるよ」
忍野くんは上機嫌でエンジンをかけて、車を路肩から道路へと戻した。
0
お気に入りに追加
163
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる