素顔の俺に推し変しろよ!

豆狸

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第二話 恋は空回り

※15・支えてほしい(????視点)

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「お、やった」

 早朝の撮影現場で、待ち時間にスマホをいじっていた僕は歓声を上げた。
 ササエルさんのブログが更新されてる。
 一昨日の土曜日に映画『キラーナイト』が公開されたから、そろそろあると思ってたんだよね。
 俳優忍野薫への愛と期待がにじみ出た、温かくもクールな文章を目で辿る。

「あー、僕も早く観に行きたいなあ」

 去年の舞台が大失敗に終わった後で、こんな大きな連ドラの仕事が来たことは嬉しい。
 一年間の長丁場だし、主役だし、なんたって憧れの先輩俳優と共演もできるし。
 最近のヒーロードラマは若手俳優の登竜門だとも言われてるしね。
 でも人間、インプットなしでアウトプットはできない。
 人生経験がすべてだなんて言わないけど、自分が観たいと思ってるものくらいはちゃんと観ておくべきだと思う。
 つまり、映画『キラーナイト』を観に行く時間プリーズ! ってこと。

「まだ三回しか観ていないので、とりとめのない雑感になりますが……って、上映開始から三日目で三回観てたら十分でしょ、ササエルさん」

 僕はスマホの画面をつついた。
 コメント書こうかな。
 SNSなら軽く書けるけど、ブログのコメントってなんか重いんだよね。
 向こうの返信もなんか硬くて、気を遣ってる感アリアリだし。
 だったらコメントなんか気にせず思うまま書いてほしいと思ったりもする。
 ササエルさんってSNSしてないのかなー。……あれ?

「ササエルさんってば、いつの間に河童になったの?」

 ずっとデフォルトのままだったプロフィール画像が、フリー素材とおぼしき河童の画像になっている。
 どうしたんだろう。
 眠っていた俳優忍野薫が目覚めるから、自分も本気出すぞ、ってことなのかな。
 これまでのVシネ『キラーナイト』の感想も熱く書いてたと思うけど。

「片桐くん、準備始めてて」
「はい」

 スタッフさんに声をかけられて、僕はスマホを仕舞った。
 軽く体を動かしながら、頭の中でササエルさんの文章を反芻する。

 ──俳優忍野薫はついに、恋愛の演技をもマスターした。

 本当なんだろうか。
 五年前の舞台のとき、俳優忍野薫は危険な暗殺者という役柄を見事に演じきった。
 原作の乙女ゲームのときは攻略対象ではなかったのに、彼の演技が暗殺者を攻略対象に押し上げたと評判だった。
 だけどササエルさんは彼の恋愛関係の演技については評価していなかったんだ。
 暗殺者がヒロインを誘惑して恋に落としたように見えたことすらも、ヒロイン役の女優の演技があったからではないかと懐疑的だった。
 実際、先日の会見からすると、あの女優が本命に視線を向けそうになるのを誤魔化すために俳優忍野薫を見ていたのが、彼の演技と重なって過剰評価された可能性がある。
 もっとも舞台は出演者が一丸となって創るものだから、女優の演技を上手く拾った俳優忍野薫が天才であることに変わりはないんだけどね。

「片桐くん、次行くよ」
「はい、よろしくお願いします!」

 スタッフさんに呼ばれて歩き出す。
 この前のアフレコはべつ撮りだったけど、今度の土曜日は俳優忍野薫と一緒に撮影ができる。
 小学校のころ、家族と一緒に行った姉ちゃんの高校の演劇部公演で見てから、ずっと憧れている人と共演できるのだ。

 五年前の『ムーンドール』の舞台は、後で巻き起こった俳優忍野薫のスキャンダル以外は大成功だった。
 ううん、そのスキャンダルさえも話題と人気を煽った。
 一方、去年の『ムーンドール』の舞台は大失敗だったと言われている。
 舞台監督と主要な役者は同じなのだから、変更になったヒロインと暗殺者役の役者が問題だったのだというのが識者の見解だ。
 初日の段階で二代目の暗殺者を評価してくれたのは、ササエルさんだけだった。

 ──初代はヒロインを誘惑して恋に落としたけれど、二代目はヒロインを誘惑しようとして自分が恋に落ちた、その差は大きい。

 あの言葉がなかったら、千秋楽まで頑張れたかどうかわからない。
 世間の評価は散々だったものの、個人では二代目の演技のほうが好きだと言ってくれる声もあった。

 ……僕、片桐仁王は俳優忍野薫にはなれない。
 だから片桐仁王として進化していけばいい。
 そう決意させてくれたのは、ササエルさんの『俳優忍野薫を裏から支えたいササエルのブログ』だ。
 いつか『俳優片桐仁王を裏から支えたいササエルのブログ』になったらいいのにな。
 とりあえずこの『文具戦士ペンケースV』の放送が始まったら、忍野さんのついでに僕の演じるレッドのこともブログに書いてくれると思う。
 ササエルさんの評価が、怖くて楽しみな僕だった。
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