素顔の俺に推し変しろよ！

第二話 恋は空回り

７・歌が歌えるならミュージカルもいいよね。

　一緒に過ごせたらなんでもいいとまで言われたら、さすがに情も沸いてくる。
　というか、十三年つき合ってこれまで情が沸いていなかったわたしって一体……

「……チケット代奢ろうか？」
「あのな。自分の主演作観に行くのに友達に奢ってもらうって、なんかおかしいぞ？」
「それもそうか」
「……どうしてもって言うんなら、また夕食作りに来てくれよ。ってか、これまで散々世話になってるんだから、むしろ俺が奢るほうだろ」

　わたしはきっぱりと断った。

「俳優忍野薫に捧げるお金に、他人の手垢はつけたくない」

　これは俳優忍野薫沼に棲息する裏川沙英河童のポリシーだ。
　忍野くんが唇を尖らせて、拗ねた口調で反論する。

「他人じゃなくて本人ですー」
「あはは、そうだったね。……ヒマだったら、映画観てから夕食作りに行こうか？　リクエストある？」
「カルボナーラか親子丼。夕食向きじゃねぇけど卵焼きサンドでもいいな。……でも、いいのか？」
「実はね、昨夜念のため上映時間確認したら、ナイトショー上映予定だった映画館が好評のため昼間の上映に切り替えて回数増やすってあったの。まあ昼間のほうが目に触れる可能性高いし、地元の映画館のナイトショー上映は来週の仕事帰りに通えばいいし」
「あー……楽しんでくれてるようでなによりだが、体には気をつけろよ？」
「それはこっちのセリフです。忍野くんお酒弱いんだからほどほどにしてよね。お酒飲んでソファーで寝て、風邪でもひいたらどうするつもりだったの！」
「悪い、これから気をつける」

　金曜日の夜、忍野くんは高校演劇部の文化祭公演のＤＶＤを観ながらカクテルを飲んでいて、そのまま酔っぱらってソファーで眠ってしまったという。
　テレビの連続ドラマ出演を前にして、なにをしているんだか。
　幸い風邪はひかなかったようで良かった良かった。
　これで風邪でもひいてたら、ひいてたら……文句言いつつも看病に行ってたんだろうな、わたし。俳優忍野薫と忍野くんの体は、同じものだもんね。
　それにしてもお酒を睡眠導入剤代わりにしてるなんて。
　責めるわたしの視線に気づき、忍野くんは申し訳なさそうに眉毛を落とした。

「……裏川と会った日は、睡眠導入剤必要ねぇから今後はマジで酒なんかいらない。『恋人になるかもしれない』友達としてつき合い始めたから、一度会えば二週間は安眠できる」
「そうなの？」
「うん。……本当は一週間に一度は会いたいんだが、本格的に撮影が始まったらそうも行かないだろ。だから二週間に一度で我慢する。本編以外にもいろいろあるし、放送が始まったら始まったでショーやステージもあるからな」

　ふむふむと、わたしは制作会社の公式やネットのファン情報を思い浮かべた。

「映画とか、べつのヒーロードラマとの合作なんかもあるのよね。そっちにも出られそう？　公式のネット配信でチェックした作品では、映画限定の敵に対して悪と正義が共闘してたりもしたけど」
「予定はあるが、内容はまだわかんねぇな」
「ほうほう」
「……その映画も一緒に観に行くか？」
「行く！　楽しみ！」
「そうか、俺も楽しみだ」

　嬉しそうに笑った忍野くんは、鼻歌を歌い出した。
　彼はなんと歌も上手い。
　……俳優忍野薫の強みにならないかな。