素顔の俺に推し変しろよ!

豆狸

文字の大きさ
上 下
18 / 45
第二話 恋は空回り

3・沼の河童に気をつけろ!

しおりを挟む
 忍野くんBL説に突っ込まなかったわたしに溜息をついて、茜ちゃんが言葉を続ける。

「あんた、本当に忍野への関心薄いのね。よく十三年もつき合ってこれたもんだわ」
「わたしはただの俳優忍野薫クラスタですから」
「はいはい。……で、夏合宿の女子生徒の争いは、忍野とジュリエット先輩を引き離すためのストーカー部長の陰謀ではないかと、あたしは推理するわけ。一見真面目でウソつかなそうなストーカー部長に、忍野は君に気があるみたいだよ、なんて言われたら真に受けちゃうでしょ」

 彼女の推理に、わたしは素直に感心した。
 ありそうな話だ。
 忍野くんは軽い感じのチャラ男だったから、最初からだれにでも愛想は良かったし。
 そのくせ女の子が踏み込むと冷たい一面を見せる。
 大人気だったそのギャップが、俳優忍野薫の演技力につながっているのかも。

「はー……そんな裏が」
「あくまで推理、あたしの想像。とはいえジュリエット先輩が駆け落ちした後も忍野を恨んでたから、三年に上がっても受験勉強に専念せずに部長やってたんじゃない、あの人。忍野にハムレット役当てるなんて絶対嫌がらせだと思ったわ」
「なんで? 俳優忍野薫はどんな役でもできるよ」
「同級生忍野と役者忍野への信頼の差が激し過ぎる件」

 茜ちゃんは今、眉間に皺を寄せてるんだろうなあ。

「実際はユニークな解釈で大成功だったけど、チャラ男で通ってた忍野に悩めるハムレットなんて普通無理だと思うでしょ?」
「……」
「沙英?」

 聞いているうちに当時の記憶が蘇ってきた。
 なんだかイヤな予感がする。
 わたしは恐る恐る言葉を絞り出した。

「えっと……忍野くん、最初は悩めるハムレットの練習してたのね。もちろんそれも上手だったんだけど、わたしがネットの舞台中継映像で観た陽気なハムレットの話をして」

 そこまで言って言葉に詰まる。
 文化祭公演で観たハムレットは、練習のときとは違う解釈になっていた。
 もちろんすっごく面白かった。でも……

「……演劇部のみんなに賛同を得て解釈を変えて公演したんだと思ってた……」
「当日に忍野が解釈違いの演技をして、無理矢理周りを巻き込んだんだったりして」
「俳優忍野薫ならできるかも」

 とは言うものの、わたしの言葉のせいだったとしたら、俳優忍野薫にも演劇部のみんなに対しても悪かったな。
 劇全体の解釈や世界観は統一してないとダメだよねえ。
 電話の向こうで茜ちゃんが笑う。

「ホント役者忍野の評価高いわね、沙英は。もしそうだとしたら、観客に絶賛されたんでストーカー部長も文句言えなかったのかも。あたしたちもスタンディングオベーションしたし。悲劇だと思って観てたら、テンポもいいしハムレットはちょっと毒のあるお調子者だしで面白かった」
「シェイクスピアは元々大衆演劇だからね」

 ここぞとばかりにわたしは語り始めた。
 高校一年のとき、忍野くんがロミオの練習をするのを目撃してからの底の浅いシェイクスピアファンにだって、いろいろと思うところがあるのだ。

「ハムレットって最後にいっぱい人が死ぬから悲劇にされてるけど、はい死んだー、次も死んだーのノリでちょっとモンティパイソンに通じるところもある気がする」
「でもロミジュリもハムレットも忍野の恋愛の演技は全然だったよね。ロミオなんか純粋なジュリエットを騙してるスケベ男にしか見えなくて、最後も恋に準じたふたりっていうより、ジュリエットは死を以てロミオを手に入れたのです、みたいな感じだった」
「そうそう、そうなのよ!」

 はい来ましたー!
 俳優忍野薫クラスタの血が燃え上がる。
 いや、ファンでもオタクでもいいんだけど……河童でもいいな。
 わたしは俳優忍野薫沼に棲む裏川沙英河童。
 いつでも仲間を増やそうと狙っているよ?

「実はね茜ちゃん、俳優忍野薫は恋愛の演技を克服しました。現在公開中の映画『キラーナイト』をご覧ください。なんならチケット送ろうか? 今疲れてるだろうから気分転換にちょうどいいと思うよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

白い初夜

NIWA
恋愛
ある日、子爵令嬢のアリシアは婚約者であるファレン・セレ・キルシュタイン伯爵令息から『白い結婚』を告げられてしまう。 しかし話を聞いてみればどうやら話が込み入っているようで──

伯爵令嬢の苦悩

夕鈴
恋愛
伯爵令嬢ライラの婚約者の趣味は婚約破棄だった。 婚約破棄してほしいと願う婚約者を宥めることが面倒になった。10回目の申し出のときに了承することにした。ただ二人の中で婚約破棄の認識の違いがあった・・・。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

処理中です...