素顔の俺に推し変しろよ!

豆狸

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第一話 恋敵は『俺』

※14・ひとりぼっちの俺(忍野視点前編)

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 ──遡って金曜日の夜。

★ ★ ★ ★ ★

「渡す前に一度くらい見返しとくか」

 案外話のタネになって、それから関係修復できるかもしれない。
 俺は先日見つかった高校演劇部の文化祭公演のDVDをプレイヤーに入れた。
 裏川が喜ぶと思って買った巨大なディスプレイの前で、ひとりソファーに座る。

「……ヘタクソ」

 始まった映像の中、高校一年生の忍野薫が恥ずかしい演技を見せている。
 毒づいて、俺はカクテルの缶を手に取った。
 フルーツ仕立ての甘いヤツだ。
 ビールは苦いから好きじゃない。
 酒自体大して好きじゃないんだが、体がポカポカして頭がぼんやりするので、手軽な睡眠導入剤として重宝している。
 ひとり寝が寂しいからって女を連れ込むような真似は、もう二度としたくないからな。

 俺が孤独に怯えるようになったのは母親のせいだ。
 金持ちの父親から生活費を絞るときはいい母親を演じていたけれど、それ以外のときは息子の俺など用無しだった。
 ホストクラブでオールをしたり、ナンパしたりされたりした男と旅行に行ったりで、その間の俺はひとりで放置されていたんだ。
 当時の俺に母親について聞いたら、大好きだの、とっても優しいだの、歯の浮くような言葉が飛び出したことだろう。
 そうやって機嫌を取らなければ、ひとりにされるとわかっていた。
 いや、どんなに機嫌を取っていい子でいても、向こう次第でひとりにされた。
 結局最後だって、俺を置いて男と行った旅行先で事故って死んだんだ。

 母親の死がもっと後だったら良かったのに、と俺はよく思う。
 もっと一緒に過ごしたかったとはカケラも思わないが、どうせなら俺が一人前になってから捨ててやりたかった。
 高校入学の直前、一番中途半端な時期に消えられたせいで、俺は孤独への恐怖を抱え込んだまま放り出されちまった。
 ひとりでいるのが怖くて、どんな女の誘いでも乗った。

 キャットファイトした女教師は元からDKからの人気を巡って争っていた。
 偶然俺のときに爆発しただけで、ほかのだれでも起爆剤になりえた。
 イイ思いをしなかったと言えばウソになるが、あのふたりのペットだったDKは俺ひとりじゃなかったし。
 あの一件を思い出すと、どうしても自嘲の笑みが浮かんじまう。
 夏合宿の演劇部員については、俺は完璧な被害者だ。
 争ったふたりとはキスはもちろん、デートもしていない。
 多感な年ごろだったせいか、忍野が毎日挨拶をしてくる(そりゃ同じ部だからな)→忍野は自分を好き(なんで)→忍野は自分を好きなんだから、ほかの女の子のことは迷惑に思っているに違いない(ちょっと待て)→忍野のためにほかの女の子を排除してあげよう(勝手に決めるな)と思い込んでの行動だったんだよな。……はあ。
 共演したジュリエット先輩は、俺とつき合ってる振りして本命をストーカー部長から守ってたし。
 俺のテレビCM(スキャンダルのせいで消えたけど)の噂を聞いてタカリに来た大学のときの映研会長は、俺とのつき合いと並行してバイト先の店長と不倫してたっていうし。
 それを突き止めた招木マネの情報収集力すげぇ。
 スキャンダルのときの女優は、本当は舞台監督とつき合ってなかった。
 舞台監督が勝手に恋人だと言いふらしていただけなんだ。
 でも当時、あの男は時代の寵児で大きな影響力を持っていた。
 それで俺を生け贄にして自分と本命を守ったんだよな。
 ナンパしたりされたりした女とは長続きしたことないし、一度通帳とカード盗まれて厳重に仕舞うようにしたら、代わりのつもりか電化製品持ち出されたこともある。

 ……ひとりでいたほうがマシだっただろ。

 そういえば、裏庭で劇の稽古をしているときはひとりでも平気だった。……裏川と過ごした後も。
 スキャンダルで干されて荒れてたとき、ナンパした女が訪ねてくる前に裏川を呼んで当時のアパートを掃除させたけど、裏川の気配が残る部屋にほかの人間を入れるのがイヤで来る予定だった女には断りの電話を入れた。
 それで結局ナンパ女とは別れちまった。

「……なんだよ」

 ディスプレイに映るヘタクソな高校一年生が羨ましくなる。
 恋を知らない、裏川への気持ちに気づかない振りして目を逸らしていた最低なロミオ忍野薫
 もっともべつの女目当てで敵のところへ忍び込んだ挙句、簡単に落とせそうなジュリエットに乗り換えた辺り、ロミオなんて最初っから最低な気もするけど。
 でもこの恥ずかしい演技の高校一年生は、後で裏川の感想を聞けるんだ。
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