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第一話 恋敵は『俺』
4・混ぜるな危険
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そっぽを向いた忍野くんは、拗ねた子どものような口調で話を続ける。
「……さ、う、裏川。そんな派手な事件があったってのに、校舎の裏で練習してた俺と出くわしたとき隣の席の忍野だって気づかなかったよな」
そういえばそうだったっけ。
頭の中に、あのときの光景が蘇ってきた。
文化祭を前にした高校。
クラス展示の準備が終わって出たゴミを捨てに行ったら、どこからかボソボソとした声が聞こえてきて、恐る恐る発生源へと向かったら──
思い出すだけで、心臓の動悸が激しくなっていく。
「そうだったねえ。あのときは、すごく心臓がドキドキしたよ。忍野くんは制服で、舞台装置もなにもなかったけど、わたしにはヴェローナの町に立つロミオが見えた。あんなの初めてだった。テレビや映画とも違う、なんていうか……奇跡みたいだった」
春に女教師にキャットファイトさせただけでは飽き足らず、忍野くんは夏の演劇部の合宿でも女子部員たちを戦わせていた。
そういうのもあって必要最低限しか演劇部の部室へ行かないようにしていた彼は、足りないぶんの練習を人気のない校舎の裏でやっていたのよね。
気がつくと、忍野くんは視線を戻してわたしを見つめていた。
相変わらず拗ねた子どものように言う。
「……そんなうっとりした顔して、俺が好きじゃないとかウソだろ」
「だから、俳優忍野薫が好きなんだってば」
忍野くんは立ち上がり、ひと言ひと言区切りながら、わたしの額を人差し指でつつく。
「だ、か、ら、それは『俺』なのっ!」
ああもう、全然伝わってない!
わたしは首を横に振り回す。
「違うっ! 役と役者さんを一緒にするようなもんだよ。俳優忍野薫は俳優忍野薫、忍野くんは忍野くん! 混ぜるな危険!」
「勝手に分けるな!」
大きく溜息をついて、忍野くんは座った。
テーブルの上に肘をついて、両手で自分の顔を覆う。
「……忍野くん?」
彼は苦しげな、絞り出すような声で語り始めた。
「……三年前のあのとき、初めてお前が好きだと気づいた。それまでも十年近く世話になってたのに、遅いよな、俺。だけどあのころの自分のままじゃお前に相応しくないと思ったから、俺、頑張ったんだ。この三年、女とつき合ってない。Vシネ『キラーナイト』シリーズは映画にもなったし、テレビの連ドラも決まった。……だから、結婚してくれ、裏川」
「ヤダってば」
わたしも溜息をついて、椅子に腰かけた。
スプーンを手に取り、食べかけだったオムライスの続きに取りかかる。
なおも話しかけようとする忍野くんを睨みつけると、彼もオムライスを食べ始めた。
ふたりして黙々とオムライスとサラダを食べる。
──しばらくして、わたしは空になったお皿を重ねて立ち上がった。
リビングからキッチンへと向かう。
忍野くんが立ち上がり、わたしを呼びとめた。
「裏川、どこ行くんだ」
「自分のアパートに帰るに決まってるでしょ。食器は自分で洗いなよね」
忍野くんが駆け寄ってきて、わたしの肩に手を置いた。
「遅いぞ、泊まってけよ」
「タクシー呼ぶから大丈夫」
彼の手を払いのけて、わたしはキッチンに入った。
流しに汚れたお皿を漬けてリビングに戻り、ソフーに置いていたコートとバッグを手に取る。
このマンションからだと、どこのタクシー会社が近いのかな。
バッグからスマホを出したとき、ずっとわたしを見つめていた忍野くんが口を開いた。
というか、自分も食べ終わったんだからお皿持って行きなさいよ。
「……この前掃除してて、高校のときの文化祭公演録画したDVD見つけたんだけど、一緒に観ないか?」
スマホをタップしようとしていた指が止まった。
「……さ、う、裏川。そんな派手な事件があったってのに、校舎の裏で練習してた俺と出くわしたとき隣の席の忍野だって気づかなかったよな」
そういえばそうだったっけ。
頭の中に、あのときの光景が蘇ってきた。
文化祭を前にした高校。
クラス展示の準備が終わって出たゴミを捨てに行ったら、どこからかボソボソとした声が聞こえてきて、恐る恐る発生源へと向かったら──
思い出すだけで、心臓の動悸が激しくなっていく。
「そうだったねえ。あのときは、すごく心臓がドキドキしたよ。忍野くんは制服で、舞台装置もなにもなかったけど、わたしにはヴェローナの町に立つロミオが見えた。あんなの初めてだった。テレビや映画とも違う、なんていうか……奇跡みたいだった」
春に女教師にキャットファイトさせただけでは飽き足らず、忍野くんは夏の演劇部の合宿でも女子部員たちを戦わせていた。
そういうのもあって必要最低限しか演劇部の部室へ行かないようにしていた彼は、足りないぶんの練習を人気のない校舎の裏でやっていたのよね。
気がつくと、忍野くんは視線を戻してわたしを見つめていた。
相変わらず拗ねた子どものように言う。
「……そんなうっとりした顔して、俺が好きじゃないとかウソだろ」
「だから、俳優忍野薫が好きなんだってば」
忍野くんは立ち上がり、ひと言ひと言区切りながら、わたしの額を人差し指でつつく。
「だ、か、ら、それは『俺』なのっ!」
ああもう、全然伝わってない!
わたしは首を横に振り回す。
「違うっ! 役と役者さんを一緒にするようなもんだよ。俳優忍野薫は俳優忍野薫、忍野くんは忍野くん! 混ぜるな危険!」
「勝手に分けるな!」
大きく溜息をついて、忍野くんは座った。
テーブルの上に肘をついて、両手で自分の顔を覆う。
「……忍野くん?」
彼は苦しげな、絞り出すような声で語り始めた。
「……三年前のあのとき、初めてお前が好きだと気づいた。それまでも十年近く世話になってたのに、遅いよな、俺。だけどあのころの自分のままじゃお前に相応しくないと思ったから、俺、頑張ったんだ。この三年、女とつき合ってない。Vシネ『キラーナイト』シリーズは映画にもなったし、テレビの連ドラも決まった。……だから、結婚してくれ、裏川」
「ヤダってば」
わたしも溜息をついて、椅子に腰かけた。
スプーンを手に取り、食べかけだったオムライスの続きに取りかかる。
なおも話しかけようとする忍野くんを睨みつけると、彼もオムライスを食べ始めた。
ふたりして黙々とオムライスとサラダを食べる。
──しばらくして、わたしは空になったお皿を重ねて立ち上がった。
リビングからキッチンへと向かう。
忍野くんが立ち上がり、わたしを呼びとめた。
「裏川、どこ行くんだ」
「自分のアパートに帰るに決まってるでしょ。食器は自分で洗いなよね」
忍野くんが駆け寄ってきて、わたしの肩に手を置いた。
「遅いぞ、泊まってけよ」
「タクシー呼ぶから大丈夫」
彼の手を払いのけて、わたしはキッチンに入った。
流しに汚れたお皿を漬けてリビングに戻り、ソフーに置いていたコートとバッグを手に取る。
このマンションからだと、どこのタクシー会社が近いのかな。
バッグからスマホを出したとき、ずっとわたしを見つめていた忍野くんが口を開いた。
というか、自分も食べ終わったんだからお皿持って行きなさいよ。
「……この前掃除してて、高校のときの文化祭公演録画したDVD見つけたんだけど、一緒に観ないか?」
スマホをタップしようとしていた指が止まった。
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