素顔の俺に推し変しろよ!

豆狸

文字の大きさ
上 下
4 / 45
第一話 恋敵は『俺』

4・混ぜるな危険

しおりを挟む
 そっぽを向いた忍野くんは、拗ねた子どものような口調で話を続ける。

「……さ、う、裏川。そんな派手な事件があったってのに、校舎の裏で練習してた俺と出くわしたとき隣の席の忍野だって気づかなかったよな」

 そういえばそうだったっけ。
 頭の中に、あのときの光景が蘇ってきた。
 文化祭を前にした高校。
 クラス展示の準備が終わって出たゴミを捨てに行ったら、どこからかボソボソとした声が聞こえてきて、恐る恐る発生源へと向かったら──
 思い出すだけで、心臓の動悸が激しくなっていく。

「そうだったねえ。あのときは、すごく心臓がドキドキしたよ。忍野くんは制服で、舞台装置もなにもなかったけど、わたしにはヴェローナの町に立つロミオが見えた。あんなの初めてだった。テレビや映画とも違う、なんていうか……奇跡みたいだった」

 春に女教師にキャットファイトさせただけでは飽き足らず、忍野くんは夏の演劇部の合宿でも女子部員たちを戦わせていた。
 そういうのもあって必要最低限しか演劇部の部室へ行かないようにしていた彼は、足りないぶんの練習を人気のない校舎の裏でやっていたのよね。
 気がつくと、忍野くんは視線を戻してわたしを見つめていた。
 相変わらず拗ねた子どものように言う。

「……そんなうっとりした顔して、俺が好きじゃないとかウソだろ」
「だから、俳優忍野薫が好きなんだってば」

 忍野くんは立ち上がり、ひと言ひと言区切りながら、わたしの額を人差し指でつつく。

「だ、か、ら、それは『俺』なのっ!」

 ああもう、全然伝わってない!
 わたしは首を横に振り回す。

「違うっ! 役と役者さんを一緒にするようなもんだよ。俳優忍野薫は俳優忍野薫、忍野くんは忍野くん! 混ぜるな危険!」
「勝手に分けるな!」

 大きく溜息をついて、忍野くんは座った。
 テーブルの上に肘をついて、両手で自分の顔を覆う。

「……忍野くん?」

 彼は苦しげな、絞り出すような声で語り始めた。

「……三年前のあのとき、初めてお前が好きだと気づいた。それまでも十年近く世話になってたのに、遅いよな、俺。だけどあのころの自分のままじゃお前に相応しくないと思ったから、俺、頑張ったんだ。この三年、女とつき合ってない。Vシネ『キラーナイト』シリーズは映画にもなったし、テレビの連ドラも決まった。……だから、結婚してくれ、裏川」
「ヤダってば」

 わたしも溜息をついて、椅子に腰かけた。
 スプーンを手に取り、食べかけだったオムライスの続きに取りかかる。
 なおも話しかけようとする忍野くんを睨みつけると、彼もオムライスを食べ始めた。
 ふたりして黙々とオムライスとサラダを食べる。
 ──しばらくして、わたしは空になったお皿を重ねて立ち上がった。
 リビングからキッチンへと向かう。
 忍野くんが立ち上がり、わたしを呼びとめた。

「裏川、どこ行くんだ」
「自分のアパートに帰るに決まってるでしょ。食器は自分で洗いなよね」

 忍野くんが駆け寄ってきて、わたしの肩に手を置いた。

「遅いぞ、泊まってけよ」
「タクシー呼ぶから大丈夫」

 彼の手を払いのけて、わたしはキッチンに入った。
 流しに汚れたお皿を漬けてリビングに戻り、ソフーに置いていたコートとバッグを手に取る。
 このマンションからだと、どこのタクシー会社が近いのかな。
 バッグからスマホを出したとき、ずっとわたしを見つめていた忍野くんが口を開いた。
 というか、自分も食べ終わったんだからお皿持って行きなさいよ。

「……この前掃除してて、高校のときの文化祭公演録画したDVD見つけたんだけど、一緒に観ないか?」

 スマホをタップしようとしていた指が止まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

白い初夜

NIWA
恋愛
ある日、子爵令嬢のアリシアは婚約者であるファレン・セレ・キルシュタイン伯爵令息から『白い結婚』を告げられてしまう。 しかし話を聞いてみればどうやら話が込み入っているようで──

伯爵令嬢の苦悩

夕鈴
恋愛
伯爵令嬢ライラの婚約者の趣味は婚約破棄だった。 婚約破棄してほしいと願う婚約者を宥めることが面倒になった。10回目の申し出のときに了承することにした。ただ二人の中で婚約破棄の認識の違いがあった・・・。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

処理中です...