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16・恋するルーカス<自覚中>

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 一角獣ユニコーンのクローネにまれ人の陽菜と乗り、ヴァーゲの町へ向かう。
 黒い巨獣の撒き散らした穢れが魔獣を生み出すのは事実だが、浄化するのは聖騎士団の仕事ではない。
 それは、この土地の民に信仰されている秋の女神の愛し子であるベティーナと猫妖精ケットシーの役目だ。

 らしくない親切心の発露に、ルーカスは自分でも首を捻る。
 ヴァーゲは豊かで優れた食文化の町だが、そこまで媚を売って領主を取り込まなくてはいけないほどの勢力はない。秋の女神を信仰する一派はゾンターク王国ではもう少数派だ。今年は大暴走スタンピードの兆候のせいで作物の収穫量も少なかった。
 しかし腕の中にいる陽菜を思えば、答えは簡単に出た。

(陽菜様と少しでも長く一緒に過ごすため……ではない! 私達エンダーリヒ教団が善意の集団であると思わせて、今後利用しやすくするためだ!)

 その割にルーカスは、陽菜になにも話せないでいた。
 馬上でふたりきり、この世界のことをなにも知らないまれ人に都合の良い情報を吹き込むのにもってこいの時間なのに。
 そう、影を通って一瞬で戻らなかったのは、まれ人の陽菜を篭絡するためだ。この世界を浄化か破壊かするために。

(……今世界が滅んだら、私と陽菜様のふたりだけが残されるのか?)

 隣を並走するキノコに乗ったベティーナと猫妖精ケットシーのことは頭から消えている。
 頭にあるのは、兜だけでなく鎧も脱げば良かったという思考だけだ。
 白く輝く魔導銀の鎧は陽菜に苦痛を与えてはいないだろうか。まれ人は男女問わず風呂好きだという。だからだろうか、陽菜からはとても良い香りが漂ってきた。鎧越しに抱いた体は柔らかく、ちゃんと膨らみも発達している。見た目ほど子どもではないとわかった。

(王都からヴァーゲへ来るまでの道筋で見つけた温泉に連れて行ったら喜んでくれるだろうか)

 猫妖精ケットシーを癒したときの嬉しそうな笑みを思い出す。
 彼女は猫派なのだろうか。犬派だとしても、まれ人が猫を忌み嫌うことはないと聞く。
 猫も思いやる男だと見せるため、彼女に猫妖精ケットシーの治療を頼んだのは正解だったに違いない。

 陽菜に活性化されてから、ルーカスの体は冬の寒さを感じないほどポカポカして温かかった。
 普段よりも増幅された魔力は、それでいて落ち着いていて制御もしやすい。
 ルーカスの魔力を食らって従属している一角獣ユニコーンの足取りは軽く、ところどころで蠢く穢れを浄化しながらでも速度を落とすことはなかった。

 この分なら影を通って王都まで戻ることも可能だろう。
 陽菜の前では大きな口を叩いたものの、影を通っての移動は黒い巨獣と戦った場所からヴァーゲの町への短い距離でも瀕死になりかねないほど魔力を消耗する魔導だった。

(聖騎士を辞めて還俗したら、異母姉上は男爵位をくださるだろうか。一度拒んだから許さないと言われたら、王位の簒奪も考えに入れて……)

 自分の思考が妙な方向へ進み始めたことにルーカスが気づく前に、ヴァーゲの町の城壁が見えてきた。
 城壁の前にはうず高く積み上げられた魔獣の死骸がある。
 部下達は大暴走スタンピードを食い止めたようだ。

(……まだ戦闘が続いていたら、安全のために陽菜様と一緒に町を離れることができたのに)

 ルーカスは舌打ちを飲み込んだ。
 後ろで舌打ちなどしたら、この小さくて可愛くて柔らかくて温かくて良い匂いのするまれ人が怯えてしまう。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 邪念を見せない限り、まれ人はだれにでも優しいのだという。
 そんなことくらい知っているし、もちろん陽菜に不満などない。
 だからルーカスは、陽菜に活性化されたコルネリウスの頭を握るだけで許してやった。せっかく彼女が治療したのに、すぐ剣で細切れにしたのでは申し訳がない。

 大広間の怪我人を治療した後、神殿に用意された部屋へ陽菜を送り届けてから、彼女のための夕食を厨房へ取りに行く。
 まれ人の彼女がひとりで神殿を歩いていたら、女好きの部下達だけでなくこの町の神官も放ってはおかないだろう。
 キノコ畑を作り終えたベティーナと猫妖精ケットシーも陽菜に会いたがっていたが、彼女は疲れているからと言って断念させた。

 陽菜との食事。そして、彼女が一番知りたいであろう情報。
 まれ人についての説明で、元の世界に帰ったものがいないことを話さないわけにはいかなかった。
 泣いている彼女も可愛くて、思わず抱き締めたときにルーカスは思った。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「私は陽菜様のことが好きなのかもしれません」

 聖騎士団の団長として神殿内に個室を用意されていたルーカスは、大広間で雑魚寝している部下達のところへ足を運び、特に信頼しているものを裏庭に呼び出して自分の気持ちを相談してみた。
 ちなみに信頼しているのは、あくまで仕事についてのことだけである。
 町の女性を口説いて連れ込むのがわかっているので、彼らに個室は用意させなかったし領主が館の客室を開放するというのも断った。

「でしょうね」

 黒髪のイェルクが頷く。

 赤毛のコルネリウスは満身創痍で地面に転がっているせいか、特に発言はない。
 陽菜に活性化されてから上機嫌だったのが気に食わなくて、先ほど剣の修業をつけてやったからだろうか。
 間が開いているから、陽菜の活性化を無駄にしてはいないはずだ。

 茶色い髪のエーリヒは、ほかの団員の治療が終わってからずっと、痛い痛いと呟きながら夕食も摂らずに用意された寝床で転がっていたので見逃してやった。

「見ていてわかりましたか?」
「団長は目的のためなら笑顔を作れる方ですが、陽菜様に向けられていた蕩けるような笑みは俺達も初めて見ました」
「……イェルク……」

 ルーカスはイェルクの頭を掴んだ。
 彼の髪は硬くて不快な感触だ。
 泣いている陽菜を抱き締めたときに触れてしまった彼女の髪とはまるで違う。

「だれがあなたに陽菜様のお名前を呼ぶことを許しました?」
「痛っ。団長の真似……いえ、すみません。これからはまれ人様とお呼びします」
「そうなさい」

 なるほど、とルーカスは首肯した。
 これが恋というものなのか。
 体が熱いのは陽菜に活性化されたからだけではなかったのだ。

 元気が有り余って踊り出したいような気持ちになる。
 しかし神殿の裏庭で踊るのは莫迦でしかない。
 ルーカスはイェルクと神殿内に戻った。

 コルネリウスはまだ地面に転がっているようだ。
 もう冬で夜は凍えそうなほど寒い。
 優しい陽菜を心配させるのは嫌だから、コルネリウスが風邪をひかないといいのに、とルーカスは願った。
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