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第二話 放逐
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私は便せんを広げ、声に出して読み上げる。
「愛しいベティーナ様」
足元の男がぴくりと動く。
「私の怪我を案ずるお手紙、本当にありがとうございます。
ですが、ご心配には及びません。
家を継ぐ予定も婿入り先もない子爵家次男の戯言としてお聞きください。
私はベティーナ様をお慕いしております。
暴れ馬の前に飛び出して貴女をお守りしたのは、貴族子息としての正義感からだけではございませんでした。
貴女のためです。
貴女のお命をお救いするためなら、代わりに自分の命を投げ出しても構わないと思うほど、私は貴女をお慕いしているのです」
その後にはくだらない美辞麗句が並んでいたが、私は早々に切り上げて、最後の署名を口にした。
「麗しき辺境伯令嬢への愛によって生きる男より」
「……そ、それはっ」
私は狼狽える男を鼻で笑った。
ビリビリに破いて投げ捨ててやりたかったものの、ゲルトルーデにとっては大切なものだ。
便せんを封筒に戻して懐へ入れる。
「ああ、わかっておる。本気で書いたものではないのだよな? 学園時代にそこの妾……男爵令嬢様を食い散らかしたのはいいけれど、責任を取るのは嫌でだれかに押し付けたくてたまらなかった侯爵家のご子息に書かされたんだ。わしのむ……お母様に暴れ馬を放った貧民街の孤児を用意したのも始末したのも侯爵家のご子息だよなあ? 貴様は侯爵家の莫迦息子とそこの妾の書いた脚本通りに動いただけの、一番の大莫迦だ」
「食い散らかした?」
ぽかん、とした顔になる男を見て驚く。
今まで気づいていなかったのか? コイツ、本当に本当の大莫迦だぞ。
そもそもこの状況で一度も貴様を助けようとしなかった時点で、この妾に愛されていないことは明白だろうが。
……こんな男と愛しい娘を結婚させてしまったわしも大莫迦だがな。
「じゃあアタシは侯爵令嬢なの?」
妾の娘の口から漏れた疑問に、私は笑顔で答えてやった。
「貴様は平民の娘だよ。どんなに莫迦でも侯爵家の息子だ。簡単に種をばら撒かないよう気をつけていた。貴様はな、私のお母様のほうが先に子どもを産んだことに焦った貴様の母親が、男爵家の御用商人を脅して作った子どもだ。まあ先に生まれていたところで、正式な当主にもなれなかった入り婿の娘が我がシュタインボック辺境伯家の跡取りにはなれぬがな」
「え?」
妾の顔が白くなり、足元の男が間抜けな声を上げる。
「可哀相にな。婚約者のいたその御用商人は、罪悪感に耐えられず自害したぞ」
第三王子が妾の娘から離れた。
側妃の産んだ第三王子は王宮での地位が低い。正妃殿下がお産みになられた優秀な第一王子と第二王子がいらっしゃるのだから当たり前だ。そもそも国王陛下と側妃の関係は、陛下が望んだものではなかったと噂されている。
息子の将来を案じた側妃が辺境伯代行の莫迦男を上手く転がして結んだのが、ゲルトルーデと第三王子の婚約だった。
「今さら遅いぞ、第三王子。貴様はそちら側の人間だ。ふたつみっつの赤子ならともかく、十四になっても両親の歪んだ関係を恥ずかしいとも思わず、正当な跡取りに嫌がらせして婚約者を奪うような愚かな娘に誑かされた莫迦者だ」
自分で判断出来る年齢になって、自分で今の状況を選んだのだ。
もう『子どもに罪はない』で誤魔化すことなど出来ない。
「ジェームズ!」
私は昔同じ傭兵団に属して旅をし、今は忠実な執事として仕えてくれている男を呼んだ。
妾親子が住み着くようになってから、この家の使用人は少しずつ入れ替えられていった。
それでも亡きベティーナと私の意を継ぐ使用人達は上手く要所要所に残り、追い出された使用人には新しい仕事を見つけ、冷遇されているゲルトルーデのことは莫迦どもに目をつけられて排除されない範囲で守ってくれていた。ジェームズは心ある使用人の代表だ。
「ゲルトルーデは今日で十五歳。自分で後見人を選べる年齢になった。……婚約者もな」
「ひっ」
恥もなくこちらへ擦り寄ってこようとしていた第三王子を睨みつけると、お莫迦ちゃんは悲鳴のような声を出して震え上がった。
下位魔獣相手に漏らした代行よりはマシだったかのう。
新兵によると私の眼光は下位魔獣より怖いらしい。
「シュタインボック辺境伯家に必要のないものはすべて放逐せよ!」
「すでにそちらの方々が雇った使用人擬きは追い出すよう通達しております」
私が代行と話し合っている間に事を進めてくれていたらしい。
有能な執事である。
傭兵時代の売りだった音も無く近づいて気づかれぬ間に殺す技は今も現役のようだ。私はにこやかに微笑んで、この体の父親であるシュタインボック辺境伯代行から足を降ろした。
「愛しいベティーナ様」
足元の男がぴくりと動く。
「私の怪我を案ずるお手紙、本当にありがとうございます。
ですが、ご心配には及びません。
家を継ぐ予定も婿入り先もない子爵家次男の戯言としてお聞きください。
私はベティーナ様をお慕いしております。
暴れ馬の前に飛び出して貴女をお守りしたのは、貴族子息としての正義感からだけではございませんでした。
貴女のためです。
貴女のお命をお救いするためなら、代わりに自分の命を投げ出しても構わないと思うほど、私は貴女をお慕いしているのです」
その後にはくだらない美辞麗句が並んでいたが、私は早々に切り上げて、最後の署名を口にした。
「麗しき辺境伯令嬢への愛によって生きる男より」
「……そ、それはっ」
私は狼狽える男を鼻で笑った。
ビリビリに破いて投げ捨ててやりたかったものの、ゲルトルーデにとっては大切なものだ。
便せんを封筒に戻して懐へ入れる。
「ああ、わかっておる。本気で書いたものではないのだよな? 学園時代にそこの妾……男爵令嬢様を食い散らかしたのはいいけれど、責任を取るのは嫌でだれかに押し付けたくてたまらなかった侯爵家のご子息に書かされたんだ。わしのむ……お母様に暴れ馬を放った貧民街の孤児を用意したのも始末したのも侯爵家のご子息だよなあ? 貴様は侯爵家の莫迦息子とそこの妾の書いた脚本通りに動いただけの、一番の大莫迦だ」
「食い散らかした?」
ぽかん、とした顔になる男を見て驚く。
今まで気づいていなかったのか? コイツ、本当に本当の大莫迦だぞ。
そもそもこの状況で一度も貴様を助けようとしなかった時点で、この妾に愛されていないことは明白だろうが。
……こんな男と愛しい娘を結婚させてしまったわしも大莫迦だがな。
「じゃあアタシは侯爵令嬢なの?」
妾の娘の口から漏れた疑問に、私は笑顔で答えてやった。
「貴様は平民の娘だよ。どんなに莫迦でも侯爵家の息子だ。簡単に種をばら撒かないよう気をつけていた。貴様はな、私のお母様のほうが先に子どもを産んだことに焦った貴様の母親が、男爵家の御用商人を脅して作った子どもだ。まあ先に生まれていたところで、正式な当主にもなれなかった入り婿の娘が我がシュタインボック辺境伯家の跡取りにはなれぬがな」
「え?」
妾の顔が白くなり、足元の男が間抜けな声を上げる。
「可哀相にな。婚約者のいたその御用商人は、罪悪感に耐えられず自害したぞ」
第三王子が妾の娘から離れた。
側妃の産んだ第三王子は王宮での地位が低い。正妃殿下がお産みになられた優秀な第一王子と第二王子がいらっしゃるのだから当たり前だ。そもそも国王陛下と側妃の関係は、陛下が望んだものではなかったと噂されている。
息子の将来を案じた側妃が辺境伯代行の莫迦男を上手く転がして結んだのが、ゲルトルーデと第三王子の婚約だった。
「今さら遅いぞ、第三王子。貴様はそちら側の人間だ。ふたつみっつの赤子ならともかく、十四になっても両親の歪んだ関係を恥ずかしいとも思わず、正当な跡取りに嫌がらせして婚約者を奪うような愚かな娘に誑かされた莫迦者だ」
自分で判断出来る年齢になって、自分で今の状況を選んだのだ。
もう『子どもに罪はない』で誤魔化すことなど出来ない。
「ジェームズ!」
私は昔同じ傭兵団に属して旅をし、今は忠実な執事として仕えてくれている男を呼んだ。
妾親子が住み着くようになってから、この家の使用人は少しずつ入れ替えられていった。
それでも亡きベティーナと私の意を継ぐ使用人達は上手く要所要所に残り、追い出された使用人には新しい仕事を見つけ、冷遇されているゲルトルーデのことは莫迦どもに目をつけられて排除されない範囲で守ってくれていた。ジェームズは心ある使用人の代表だ。
「ゲルトルーデは今日で十五歳。自分で後見人を選べる年齢になった。……婚約者もな」
「ひっ」
恥もなくこちらへ擦り寄ってこようとしていた第三王子を睨みつけると、お莫迦ちゃんは悲鳴のような声を出して震え上がった。
下位魔獣相手に漏らした代行よりはマシだったかのう。
新兵によると私の眼光は下位魔獣より怖いらしい。
「シュタインボック辺境伯家に必要のないものはすべて放逐せよ!」
「すでにそちらの方々が雇った使用人擬きは追い出すよう通達しております」
私が代行と話し合っている間に事を進めてくれていたらしい。
有能な執事である。
傭兵時代の売りだった音も無く近づいて気づかれぬ間に殺す技は今も現役のようだ。私はにこやかに微笑んで、この体の父親であるシュタインボック辺境伯代行から足を降ろした。
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