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「……この誓いを違えぬと、女神様に誓えますか?」
安堵の笑みを浮かべて死出の旅路へと向かった私は、司祭様に確認されて目を見開きました。司祭様や隣のジェイク様に怪訝そうな顔をされるのを無視して、辺りの様子を確認します。
結婚式です。
五年前──いいえ、従者の訃報を知らされてからは頭が朦朧としていて時間の経過がはっきりしません。六年、七年、もしかしたら十年前かもしれません。とにかく、そのときに戻っているのです。
広い神殿の中には、死んだはずの父と従者の姿が見えました。
宮廷雀達の告げ口の通り、リュゼ様の姿もあります。
オルベール王国の貴族令嬢なのだから、当然マリー様の姿もあります。愛妾となった彼女と会ったときとは違い、幸せそうな笑みを浮かべていました。横に控える護衛騎士となにやら話しているようです。
どういうことなのでしょう。
時間が巻き戻ったのでしょうか?
それとも私が未来を見たのでしょうか。
父が竜を倒してアマデウスを救い出したとき、実は私もその場にいました。
母亡き後、父はいつも私を側に置いていたのです。飛んできた竜の血が口に入ったような気もします。
死にかけていたアマデウスと違い、生きていた私は竜の血の魔力が予知の力として体に宿ったのでしょうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──私は愚かでした。
どうして思ってしまったのでしょう。今度は上手くやれる、だなんて。
未来のことを知っているから、悪事の犯人がわかっているから、気をつけさえすれば幸せになれるはずだなんて。ジェイク様が私だけを愛するという誓いを守ってくださるだなんて!
どうしてそんな愚かな考えに浮かされて、ジェイク様への愛を再び誓ってしまったのでしょう。
最初は上手く行っていると思っていました。証拠がないのですぐに処刑することは出来ませんでしたが、リュゼ様の息がかかったメイドの動向に注意して私の飲食物に毒を入れようとしているのは押さえられました。
ああ、でもそこまででした。リュゼ様まで辿れなかったのです。
それでも毒に気をつけ、自分でも解毒剤や栄養剤の研究をして体調を整えました。
三年を待つ前に、ジェイク様とのお子を授かることも出来たのです。
前に聞いた不妊の呪いは、ジェイク様が私を慰めるためにおっしゃった優しい嘘だったのかもしれません。あるいは私に見張られていたことで、リュゼ様が思うように動けなかったのかも。
ですが私の可愛い息子、このオルベール王国の跡取りは亡くなってしまいました。──捕らえることの出来なかったリュゼ様の手にかかって殺されてしまったのです。
新しい子どもと言われて私は拒みました。
私の大切なあの子はひとりだけです。リュゼ様が処刑されたって、あの子が生き返るわけではありません。
王国の跡取りが必要ならば、マリー様を愛妾にすればいい。お子を得るまで生きていてくださるかどうかはわからないけれど、そこまで私が気にする必要はないでしょう? そんな憎まれ口を口にしないでも、身分と美貌によってマリー様は愛妾に選ばれました。やっぱり悲しげな顔をしています。
私にはなにも出来ませんでした。
ブランシャール大公領に魔獣が現れたときも父を止めることは出来ませんでした。
ずっと助けてくれていた大公を見捨てられないと言われては反論出来なかったのです。
──そして今、私は父亡き後自分が受け継いだ領地で育てられた魔獣馬に乗って、ジェイク様とともに大暴走討伐へ向かっています。
馬と馬に近い姿の魔獣を掛け合わせて作った魔獣馬は、魔獣の大群にも恐れることはありません。
純粋な魔獣のように魔力を放って攻撃することはありませんが、放たれた魔力に耐性を持ち通常の馬よりも強い力で魔獣に対抗出来るのです。
「本当に来る気なのかい、カサンドラ」
「はい。王国の跡取りを得られなかった以上、王妃としてお役に立てることがほかにありませんから」
「……まさかとは思うけど、大暴走の混乱に紛れて死ぬつもりではないよね?」
安堵の笑みを浮かべて死出の旅路へと向かった私は、司祭様に確認されて目を見開きました。司祭様や隣のジェイク様に怪訝そうな顔をされるのを無視して、辺りの様子を確認します。
結婚式です。
五年前──いいえ、従者の訃報を知らされてからは頭が朦朧としていて時間の経過がはっきりしません。六年、七年、もしかしたら十年前かもしれません。とにかく、そのときに戻っているのです。
広い神殿の中には、死んだはずの父と従者の姿が見えました。
宮廷雀達の告げ口の通り、リュゼ様の姿もあります。
オルベール王国の貴族令嬢なのだから、当然マリー様の姿もあります。愛妾となった彼女と会ったときとは違い、幸せそうな笑みを浮かべていました。横に控える護衛騎士となにやら話しているようです。
どういうことなのでしょう。
時間が巻き戻ったのでしょうか?
それとも私が未来を見たのでしょうか。
父が竜を倒してアマデウスを救い出したとき、実は私もその場にいました。
母亡き後、父はいつも私を側に置いていたのです。飛んできた竜の血が口に入ったような気もします。
死にかけていたアマデウスと違い、生きていた私は竜の血の魔力が予知の力として体に宿ったのでしょうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──私は愚かでした。
どうして思ってしまったのでしょう。今度は上手くやれる、だなんて。
未来のことを知っているから、悪事の犯人がわかっているから、気をつけさえすれば幸せになれるはずだなんて。ジェイク様が私だけを愛するという誓いを守ってくださるだなんて!
どうしてそんな愚かな考えに浮かされて、ジェイク様への愛を再び誓ってしまったのでしょう。
最初は上手く行っていると思っていました。証拠がないのですぐに処刑することは出来ませんでしたが、リュゼ様の息がかかったメイドの動向に注意して私の飲食物に毒を入れようとしているのは押さえられました。
ああ、でもそこまででした。リュゼ様まで辿れなかったのです。
それでも毒に気をつけ、自分でも解毒剤や栄養剤の研究をして体調を整えました。
三年を待つ前に、ジェイク様とのお子を授かることも出来たのです。
前に聞いた不妊の呪いは、ジェイク様が私を慰めるためにおっしゃった優しい嘘だったのかもしれません。あるいは私に見張られていたことで、リュゼ様が思うように動けなかったのかも。
ですが私の可愛い息子、このオルベール王国の跡取りは亡くなってしまいました。──捕らえることの出来なかったリュゼ様の手にかかって殺されてしまったのです。
新しい子どもと言われて私は拒みました。
私の大切なあの子はひとりだけです。リュゼ様が処刑されたって、あの子が生き返るわけではありません。
王国の跡取りが必要ならば、マリー様を愛妾にすればいい。お子を得るまで生きていてくださるかどうかはわからないけれど、そこまで私が気にする必要はないでしょう? そんな憎まれ口を口にしないでも、身分と美貌によってマリー様は愛妾に選ばれました。やっぱり悲しげな顔をしています。
私にはなにも出来ませんでした。
ブランシャール大公領に魔獣が現れたときも父を止めることは出来ませんでした。
ずっと助けてくれていた大公を見捨てられないと言われては反論出来なかったのです。
──そして今、私は父亡き後自分が受け継いだ領地で育てられた魔獣馬に乗って、ジェイク様とともに大暴走討伐へ向かっています。
馬と馬に近い姿の魔獣を掛け合わせて作った魔獣馬は、魔獣の大群にも恐れることはありません。
純粋な魔獣のように魔力を放って攻撃することはありませんが、放たれた魔力に耐性を持ち通常の馬よりも強い力で魔獣に対抗出来るのです。
「本当に来る気なのかい、カサンドラ」
「はい。王国の跡取りを得られなかった以上、王妃としてお役に立てることがほかにありませんから」
「……まさかとは思うけど、大暴走の混乱に紛れて死ぬつもりではないよね?」
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