オオカミさんといっしょ!

豆狸

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第三話 オオカミさんとキスをして

14・「君に、キスをしてもいいだろうか」

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 二階に上がり、廊下を蹴って跳躍したオオカミさんが天井を叩くと、戸口が開いて縄梯子が降りてくる。
 オオカミさんのように跳躍できないわたしのために、つけてくれた縄梯子だ。
 ふたりで調合室へ上がり、三角形の室内を見回す。
 乾燥させた薬草や砕いた鉱石を入れた瓶や壺が並ぶ棚の一番下の段には、扉がついている。
 オオカミさんが、その扉を叩いた。

「研究中でないものや効果がわからないものはここに入れてある。見てみて、なにか思いついたことがあったら言ってくれ」
「わかりました」
「……ノワ」
「はい」
「そういえば、毒針の魔法で迷子の闇バチを倒したときは魔法を習得しなかったのか?」
「え、わかんないです」

 相性が良い魔法というのは属性だけの問題ではない。
 本人の能力も重要になる。
 同じ魔法でもそのときの状態によっては習得できないこともあった。
 ただ、わたしの回復魔法のように、どんなに高位の魔法であっても胎児の状態でなら習得してしまうという例外もある。
 オオカミさんの顔が近づいてきた。
 黄金色の瞳がわたしを映す。

「左右の瞳には魔法紋章は浮かんでいないようだな」
「は、はい。左手にも……ないです」

 わたしは左腕を上げて、手の甲になにもないことを彼に示した。
 モンスターを倒したり食べたりして魔法を習得すると、魔法紋章が体のどこかに浮かび上がる。
 両手、両目、額、胸元などが有名だ。
 オオカミさんのような獣化族は魔法が血肉に溶けているため、獣化魔法の紋章が心臓に刻まれているのだといわれている。

「えっと、胸にもない、です」

 毎日着替えのときに見ている。

「ノワ。すまないが、舌を見せてくれないか」
「舌ですか?」

 ああ、と頷いて、オオカミさんが舌を出した。
 赤い舌の先に魔法紋章が浮かび、かすかに光を放っている。

「これは咆哮によって引き起こされる氷結の魔法だ。相手が弱っていないと、ほとんど効き目はないがな。ほかの場所にないのなら、闇バチのときに習得した魔法の紋章は舌に浮かんでいるのかもしれない。もちろん習得しなかった可能性もあるが、魔具を直して君の魔法力を使い果たしてしまう前に、確認しておくに越したことはないだろう」
「そうですね……」

 口の中を見せるのはなんだか恥ずかしかったけど、わたしは口を開いた。
 伸ばした舌を見て、オオカミさんの口元がほころんだ。

「やったぞ、ノワ。君は闇バチが持っていた魔法力吸収の魔法を習得している。闇バチが別種のモンスターから奪った魔法を自在に使えるのも、この魔法力吸収の魔法を使って、ほぼ無尽蔵に魔法力を補給できるからだ」
「えっと……どうやって使ったらいいんでしょう?」
「咆哮するか歌うか、だな。闇バチは羽音で発動させているはずだ。だから羽を動かせなくなるほど傷ついたり弱ったりすると使えなくなる。俺の咆哮魔法もだが、こちらの魔力を魔法にして直接ぶつけるのではなく、向こうの魔力に呼びかける形の魔法は発動するのにコツがいるんだ」
「そ、そうなんですか」

 回復魔法は生まれつき本能で発動させていたので、詳しい仕組みを説明されてもよくわからなかった。

「俺を相手に練習してみよう。基本はほかの魔法と一緒だ。舌の魔法紋章に意識を集中する。ただしそのままでは放たれないので、ほど良いときに咆哮か歌を発して魔法を乗せるんだ」
「はい……」

 ためらっている場合ではなかった。
 わたしは舌の先にあるという魔法紋章に意識を集中させた。
 舌が熱く、重くなっていく。
 見えないけれど、おそらく文字と記号が舌を遡っているのだろう。
 喉が圧迫されていった。
 術式が舌先へと戻って行って──

「……わう!」

 精いっぱい咆哮してみたが、魔法は発動されなかった。
 なんだか体が怠い。
 魔法力吸収という魔法でも発動には魔法力の消費が必要なようだ。

「ノワ、もう一度」

 オオカミさんに見つめられて、わたしは繰り返した。

「……らららー♪」

 歌ってみても魔法は発動されない。
 舌先でぷしゅっと消えてしまう。
 オオカミさんの黄金色の瞳に、悲しげな表情が宿る。

「……ダメか。優れた魔法を持つ君に、生まれつき多い俺の魔法力を使ってもらえたらと思ったのだが」
「ゴメンなさい」
「君が悪いわけじゃない。魔具の調査に戻ろう。いっそ夜まで待って青月を召喚すれば……ダメだな。興奮した闇バチは動くものを追っていく。青月を月の神殿へ走らせたら、その分犠牲が増えるだけか。……ノワ」
「はい」

 しばらくなにかを考えていたオオカミさんが、真剣な声でわたしを呼んだ。
 答えて見つめると、彼の黒い毛皮が薄まっていった。
 夢で見たロークンの顔になっていく。
 オオカミさんの低い声が、甘い響きを重ねて囁いてくる。

「君に、キスをしてもいいだろうか」
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