オオカミさんといっしょ!

豆狸

文字の大きさ
上 下
33 / 65
第三話 オオカミさんとキスをして

3・灰色子狼兄弟の家族参上!

しおりを挟む
「夢で見たんです。夢の中でロークンが教えてくれて。あの夢のことは口にしないほうがいいかと思って黙ってたんですけど」
「……そうか。やはり君は神に選ばれた……」

 オオカミさんは、なにかを振り払うように頭を振った。
 それから彼は、とても寂しげな微笑を浮かべてわたしを見つめる。

「ありがとう、信じてもらえるのなら嬉しいよ」
「いえ、わたし……わたしは、オオカミさんさえ良かったら、まだここにいたいです。助けていただいたご恩返しがしたいんです。調合のお手伝いとか家事とか……却ってご迷惑かもしれませんが」
「迷惑なんてことはない。……君さえ良ければ、ミーヌ村へ向かう日までここで暮らしてくれ。あの村の司祭が犯人にしろそうでないにしろ、それまでに君が安全に生きていける方法を考えておく。恩返しなんてものは気にしないでいい。君を助けたのは、月の女神に仕える司祭としての義務だ」

 オオカミさんの言葉に、胸の奥がちくりと痛む。
 司祭としての義務という言葉で、オオカミさんから切り離されたような気分になった。
 村長に言われたほどの役立たずではなくても、オオカミさんがひとりで暮らしていた家にいきなりわたしが入り込んだのだ。迷惑でないはずがない。
 置いてくれるだけで、助けてくれただけでありがたいのに、わたしはこの上なにを望んでいるんだろう。

「ん?」

 オオカミさんは不意に不機嫌そうな顔になった。
 その視線は、わたしの肩越しに台所の窓へと注がれている。
 ふっと彼の視線が動く。
 見つめていた存在が向かいの庭から、この家の玄関の方角へと移動したらしい。

「ノワー!」
「ノワノワー!」
「よおルー、兄ちゃんが帰って来たぞ」

 玄関の扉を叩く音とジョゼくんたちの声、それから知らない男性の声がした。

「そんなに騒いじゃ駄目よ、ギー」
「まったくこの子は騒々しいねえ、一体だれに似たんだい」
「……母ちゃんだろ」
「ばーちゃんだー」
「だー」

 イネスさんと息子さん一家のようだ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 わたしとオオカミさん、イネスさん、ジョゼくんとジュールくん、そして灰色子狼兄弟のご両親。子どもがいるとはいえ、七人が玄関先で立ち話をするわけにもいかないので、みんなして台所に入る。
 大柄な焦げ茶の狼を見上げて、イネスさんが溜息をついた。

「今朝がた、連絡もなしに帰ってきたんだよ」
「種蒔きの時期はいつも帰ってんだろ?」
「ごめんなさい、お義母さん」
「かーちゃん悪くない!」
「悪くなーい」
「そうそう。チビたちの言う通り、ジャンヌは悪くないよ。うちの息子は昔から行き当たりばったりなんだから」
「毎年この時期に帰ってるから連絡とかいらないと思ったんだよ。……ジョゼたちを驚かせたかったし」

 仲の良さそうな家族を前に、オオカミさんが苦笑する。

「ノワ。イネスおばさんの息子のギー兄さんだ。ギー兄さんの隣にいるのが、ジョゼたちの母親のジャンヌ姉さん」
「私たちが留守の間、息子たちの面倒を見てくれてありがとうございました」

 ジャンヌさんはお父さんの道具屋さんと一緒で、落ち着いた雰囲気が素敵な灰色狼だった。
 わたしは慌てて首を横に振る。

「とんでもないです。わたしのほうこそ、ジョゼくんとジュールくんには助けてもらいました。えっと……ノワです。よろしくお願いします」
「かーちゃん、この尻尾俺が作ってノワにあげたんだぜ」
「にーちゃん作ったじょ」

 ジョゼくんたちがわたしに駆け寄ってきて、灰色のローブのお尻に縫いつけた尻尾を引っ張る。
 あらあらと微笑むジャンヌさんの隣で、ギーさんがじっとわたしを見つめていた。
 やがて彼は大きな口をぐいーっと開けて、オオカミさんに笑いかけた。

「いい嫁を貰ったじゃねぇか、ルー。ジャンヌの次に可愛いお嬢さんだ」
「ギー兄さん、違う。イネスおばさんの軽口を本気にしないでくれよ」
「なに言ってるんだい。あたしが寝込んでる間に、すっかり同じ匂いになっちゃって」
「うふふ。ルーくんの好きなミントの匂いね」
「それには事情があるんだよ」

 ジョゼくんとジュールくんにふんふんと匂いを確認されたので、わたしはオオカミさんに貸してもらっている匂い袋の首飾りを見せた。
 数日前からつけているけれど、わざわざ説明はしていなかった。

「オオカミさんにこれを借りてるの」
「そうだったのか。ルー兄ちゃんのお家の匂いが移ったのかと思ってた」
「いい匂い」
「そうね。わたしもこの匂い、大好きよ」

 毎朝起きるたびに、枕元の首飾りの匂いでオオカミさんを思い出してドキドキする。
 オオカミさん自身は、首飾りがなくても爽やかなミントの匂いがしていた。
 お部屋で香炉を焚いているのかもしれない。
 イネスさんたちの言葉で、ふたりが同じ匂いなのだと再確認して、なんとなく落ち着かない気分になった。……イヤなわけでは全然ない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

初恋が綺麗に終わらない

わらびもち
恋愛
婚約者のエーミールにいつも放置され、蔑ろにされるベロニカ。 そんな彼の態度にウンザリし、婚約を破棄しようと行動をおこす。 今後、一度でもエーミールがベロニカ以外の女を優先することがあれば即座に婚約は破棄。 そういった契約を両家で交わすも、馬鹿なエーミールはよりにもよって夜会でやらかす。 もう呆れるしかないベロニカ。そしてそんな彼女に手を差し伸べた意外な人物。 ベロニカはこの人物に、人生で初の恋に落ちる…………。

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...