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第三話 オオカミさんとキスをして
3・灰色子狼兄弟の家族参上!
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「夢で見たんです。夢の中でロークンが教えてくれて。あの夢のことは口にしないほうがいいかと思って黙ってたんですけど」
「……そうか。やはり君は神に選ばれた……」
オオカミさんは、なにかを振り払うように頭を振った。
それから彼は、とても寂しげな微笑を浮かべてわたしを見つめる。
「ありがとう、信じてもらえるのなら嬉しいよ」
「いえ、わたし……わたしは、オオカミさんさえ良かったら、まだここにいたいです。助けていただいたご恩返しがしたいんです。調合のお手伝いとか家事とか……却ってご迷惑かもしれませんが」
「迷惑なんてことはない。……君さえ良ければ、ミーヌ村へ向かう日までここで暮らしてくれ。あの村の司祭が犯人にしろそうでないにしろ、それまでに君が安全に生きていける方法を考えておく。恩返しなんてものは気にしないでいい。君を助けたのは、月の女神に仕える司祭としての義務だ」
オオカミさんの言葉に、胸の奥がちくりと痛む。
司祭としての義務という言葉で、オオカミさんから切り離されたような気分になった。
村長に言われたほどの役立たずではなくても、オオカミさんがひとりで暮らしていた家にいきなりわたしが入り込んだのだ。迷惑でないはずがない。
置いてくれるだけで、助けてくれただけでありがたいのに、わたしはこの上なにを望んでいるんだろう。
「ん?」
オオカミさんは不意に不機嫌そうな顔になった。
その視線は、わたしの肩越しに台所の窓へと注がれている。
ふっと彼の視線が動く。
見つめていた存在が向かいの庭から、この家の玄関の方角へと移動したらしい。
「ノワー!」
「ノワノワー!」
「よおルー、兄ちゃんが帰って来たぞ」
玄関の扉を叩く音とジョゼくんたちの声、それから知らない男性の声がした。
「そんなに騒いじゃ駄目よ、ギー」
「まったくこの子は騒々しいねえ、一体だれに似たんだい」
「……母ちゃんだろ」
「ばーちゃんだー」
「だー」
イネスさんと息子さん一家のようだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
わたしとオオカミさん、イネスさん、ジョゼくんとジュールくん、そして灰色子狼兄弟のご両親。子どもがいるとはいえ、七人が玄関先で立ち話をするわけにもいかないので、みんなして台所に入る。
大柄な焦げ茶の狼を見上げて、イネスさんが溜息をついた。
「今朝がた、連絡もなしに帰ってきたんだよ」
「種蒔きの時期はいつも帰ってんだろ?」
「ごめんなさい、お義母さん」
「かーちゃん悪くない!」
「悪くなーい」
「そうそう。チビたちの言う通り、ジャンヌは悪くないよ。うちの息子は昔から行き当たりばったりなんだから」
「毎年この時期に帰ってるから連絡とかいらないと思ったんだよ。……ジョゼたちを驚かせたかったし」
仲の良さそうな家族を前に、オオカミさんが苦笑する。
「ノワ。イネスおばさんの息子のギー兄さんだ。ギー兄さんの隣にいるのが、ジョゼたちの母親のジャンヌ姉さん」
「私たちが留守の間、息子たちの面倒を見てくれてありがとうございました」
ジャンヌさんはお父さんの道具屋さんと一緒で、落ち着いた雰囲気が素敵な灰色狼だった。
わたしは慌てて首を横に振る。
「とんでもないです。わたしのほうこそ、ジョゼくんとジュールくんには助けてもらいました。えっと……ノワです。よろしくお願いします」
「かーちゃん、この尻尾俺が作ってノワにあげたんだぜ」
「にーちゃん作ったじょ」
ジョゼくんたちがわたしに駆け寄ってきて、灰色のローブのお尻に縫いつけた尻尾を引っ張る。
あらあらと微笑むジャンヌさんの隣で、ギーさんがじっとわたしを見つめていた。
やがて彼は大きな口をぐいーっと開けて、オオカミさんに笑いかけた。
「いい嫁を貰ったじゃねぇか、ルー。ジャンヌの次に可愛いお嬢さんだ」
「ギー兄さん、違う。イネスおばさんの軽口を本気にしないでくれよ」
「なに言ってるんだい。あたしが寝込んでる間に、すっかり同じ匂いになっちゃって」
「うふふ。ルーくんの好きなミントの匂いね」
「それには事情があるんだよ」
ジョゼくんとジュールくんにふんふんと匂いを確認されたので、わたしはオオカミさんに貸してもらっている匂い袋の首飾りを見せた。
数日前からつけているけれど、わざわざ説明はしていなかった。
「オオカミさんにこれを借りてるの」
「そうだったのか。ルー兄ちゃんのお家の匂いが移ったのかと思ってた」
「いい匂い」
「そうね。わたしもこの匂い、大好きよ」
毎朝起きるたびに、枕元の首飾りの匂いでオオカミさんを思い出してドキドキする。
オオカミさん自身は、首飾りがなくても爽やかなミントの匂いがしていた。
お部屋で香炉を焚いているのかもしれない。
イネスさんたちの言葉で、ふたりが同じ匂いなのだと再確認して、なんとなく落ち着かない気分になった。……イヤなわけでは全然ない。
「……そうか。やはり君は神に選ばれた……」
オオカミさんは、なにかを振り払うように頭を振った。
それから彼は、とても寂しげな微笑を浮かべてわたしを見つめる。
「ありがとう、信じてもらえるのなら嬉しいよ」
「いえ、わたし……わたしは、オオカミさんさえ良かったら、まだここにいたいです。助けていただいたご恩返しがしたいんです。調合のお手伝いとか家事とか……却ってご迷惑かもしれませんが」
「迷惑なんてことはない。……君さえ良ければ、ミーヌ村へ向かう日までここで暮らしてくれ。あの村の司祭が犯人にしろそうでないにしろ、それまでに君が安全に生きていける方法を考えておく。恩返しなんてものは気にしないでいい。君を助けたのは、月の女神に仕える司祭としての義務だ」
オオカミさんの言葉に、胸の奥がちくりと痛む。
司祭としての義務という言葉で、オオカミさんから切り離されたような気分になった。
村長に言われたほどの役立たずではなくても、オオカミさんがひとりで暮らしていた家にいきなりわたしが入り込んだのだ。迷惑でないはずがない。
置いてくれるだけで、助けてくれただけでありがたいのに、わたしはこの上なにを望んでいるんだろう。
「ん?」
オオカミさんは不意に不機嫌そうな顔になった。
その視線は、わたしの肩越しに台所の窓へと注がれている。
ふっと彼の視線が動く。
見つめていた存在が向かいの庭から、この家の玄関の方角へと移動したらしい。
「ノワー!」
「ノワノワー!」
「よおルー、兄ちゃんが帰って来たぞ」
玄関の扉を叩く音とジョゼくんたちの声、それから知らない男性の声がした。
「そんなに騒いじゃ駄目よ、ギー」
「まったくこの子は騒々しいねえ、一体だれに似たんだい」
「……母ちゃんだろ」
「ばーちゃんだー」
「だー」
イネスさんと息子さん一家のようだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
わたしとオオカミさん、イネスさん、ジョゼくんとジュールくん、そして灰色子狼兄弟のご両親。子どもがいるとはいえ、七人が玄関先で立ち話をするわけにもいかないので、みんなして台所に入る。
大柄な焦げ茶の狼を見上げて、イネスさんが溜息をついた。
「今朝がた、連絡もなしに帰ってきたんだよ」
「種蒔きの時期はいつも帰ってんだろ?」
「ごめんなさい、お義母さん」
「かーちゃん悪くない!」
「悪くなーい」
「そうそう。チビたちの言う通り、ジャンヌは悪くないよ。うちの息子は昔から行き当たりばったりなんだから」
「毎年この時期に帰ってるから連絡とかいらないと思ったんだよ。……ジョゼたちを驚かせたかったし」
仲の良さそうな家族を前に、オオカミさんが苦笑する。
「ノワ。イネスおばさんの息子のギー兄さんだ。ギー兄さんの隣にいるのが、ジョゼたちの母親のジャンヌ姉さん」
「私たちが留守の間、息子たちの面倒を見てくれてありがとうございました」
ジャンヌさんはお父さんの道具屋さんと一緒で、落ち着いた雰囲気が素敵な灰色狼だった。
わたしは慌てて首を横に振る。
「とんでもないです。わたしのほうこそ、ジョゼくんとジュールくんには助けてもらいました。えっと……ノワです。よろしくお願いします」
「かーちゃん、この尻尾俺が作ってノワにあげたんだぜ」
「にーちゃん作ったじょ」
ジョゼくんたちがわたしに駆け寄ってきて、灰色のローブのお尻に縫いつけた尻尾を引っ張る。
あらあらと微笑むジャンヌさんの隣で、ギーさんがじっとわたしを見つめていた。
やがて彼は大きな口をぐいーっと開けて、オオカミさんに笑いかけた。
「いい嫁を貰ったじゃねぇか、ルー。ジャンヌの次に可愛いお嬢さんだ」
「ギー兄さん、違う。イネスおばさんの軽口を本気にしないでくれよ」
「なに言ってるんだい。あたしが寝込んでる間に、すっかり同じ匂いになっちゃって」
「うふふ。ルーくんの好きなミントの匂いね」
「それには事情があるんだよ」
ジョゼくんとジュールくんにふんふんと匂いを確認されたので、わたしはオオカミさんに貸してもらっている匂い袋の首飾りを見せた。
数日前からつけているけれど、わざわざ説明はしていなかった。
「オオカミさんにこれを借りてるの」
「そうだったのか。ルー兄ちゃんのお家の匂いが移ったのかと思ってた」
「いい匂い」
「そうね。わたしもこの匂い、大好きよ」
毎朝起きるたびに、枕元の首飾りの匂いでオオカミさんを思い出してドキドキする。
オオカミさん自身は、首飾りがなくても爽やかなミントの匂いがしていた。
お部屋で香炉を焚いているのかもしれない。
イネスさんたちの言葉で、ふたりが同じ匂いなのだと再確認して、なんとなく落ち着かない気分になった。……イヤなわけでは全然ない。
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