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第四話 学園の卒業パーティ

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 侯爵令嬢に好きにしろ、などと言ったせいか、第一王子の予算から婚約者のための準備金が消えていた。
 もともとそれは王家が用意していたものではない。妾妃である母の実家の伯爵家は娘のための費用も賄えないほど貧しくて、孫にまで回せる余裕はなかった。
 婚約者のための準備金は、婚約者である侯爵令嬢に使って欲しいと侯爵家から第一王子へと献上されたものであった。

 第一王子はその金を婚約者のために使ったことはない。
 いつもはべらせている下位貴族の令嬢達にばら撒いていた。母である妾妃と同じように、彼女達の実家は貧しかったからだ。
 学園の卒業パーティに着て行くドレスもないと泣きつかれて、第一王子は仕方なく自分の私財で彼女達を着飾らせてやった。

(あの女のせいだ……)

 学園の卒業パーティの会場で、いつものように下位貴族の令嬢達をはべらせて第一王子は思う。
 もちろん今回も婚約者へはなにも贈っていない。
 王都の侯爵邸へ迎えに行くこともしなかった。どうせ『男』と来るのだろう。顔を合わせ次第婚約を破棄して断罪し、慰謝料として侯爵家の財産を奪ってやるのだと第一王子は夢想する。

「まあ、あれは……」
「なんて美しい」
「一対の絵画のようですわ」

 第一王子の夢想を破り、パーティ会場にどよめきが広がった。
 少しのんびりな出席者が会場に現れたのだ。卒業パーティはまだ始まっていない。
 だれが来たのかと顔を向けて、第一王子は息を飲んだ。

 第一王子を見つけて微笑みかけてきたのは侯爵令嬢だった。
 学園に入ってから、いや婚約を結んでから身に纏っていた赤と緑ではなく、今日は彼女自身の色の白と青で彩られている。
 所詮王妃の地位だけが目的なのだと蔑み、見下すことしかしてこなかった侯爵令嬢が、本当はだれよりも美しい少女なのだということを第一王子は初めて知った。

 侯爵令嬢のしなやかな手は、隣の男に預けられていた。
 大きな商会の若き会頭で、好きにしている彼女の『男』だと噂されている青年だ。
 少女の耳たぶでそっと揺れている黄金に緑色の宝石が散りばめられた飾りは、青年の髪と瞳を意識しているのだろうか。自分の胸がチリチリと痛むのに気づかない振りをして、第一王子は侯爵令嬢を怒鳴りつけた。

「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」

 侯爵令嬢は、小鳥のように愛らしく首を傾げた。

「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」
「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」

 ほかの男と睦み合っていると発言したとき、その『男』本人が自慢げな笑みを浮かべたのが第一王子の怒りを煽る。
 今日の侯爵令嬢は本当に美しかった。
 第一王子が知らなかっただけで前から美しかったのは事実だけれど、それだけでなく異性を知ったばかりの人間だけが放つ艶やかな色気を醸し出していたのだ。

「殿下」

 子どもに語りかけるかのように、侯爵令嬢は優しく第一王子のことを呼ぶ。

「私と殿下の婚約は破棄出来ません。だってもう白紙撤回されているのですもの」
「恐れながら殿下、彼女はもう侯爵令嬢ですらありません。平民で……私の妻です」

 お似合いのふたりに続けて言われて、第一王子は、ぽかん、と口を開けた。
 新婚気分で遊び回っていたのではなく、本当に新婚だったと言うのか。

「そんな莫迦な……俺とお前の婚約は、家と家との政略的な……」
「ええ、そうですわ。家と家との政略的なものですから、王家と侯爵家が必要ないと見做せば白紙撤回されますわ。私達子どもにはどうにも出来ません」
「必要ないわけがあるまい! 俺はどうなる! 侯爵家の財産なしでは王太子になれないではないか!」
「これから『どうなる』ではなく、もう決まってしまったのですわ。殿下が私の忠告を無視してお気に入りのご令嬢の肉親を重用し、間違った書類に署名なさったときに」
「まさか、あれはお前が仕組んだことなのか?」

 第一王子の問いに、侯爵令嬢は首を横に振る。
 ああ、そうだ、と第一王子も思い出す。
 侯爵令嬢は初めからあの令嬢を近づけないよう言っていた。それを嫉妬だと思い、無視したのは第一王子だ。むしろ婚約者に距離を置かれたときに、自分が喜々としてあの令嬢の願いを聞き入れた。

(侯爵家の後ろ盾がなくなるから王太子に選ばれる可能性が消えたのではない。王太子に選ばないと父上が決めたから、侯爵家の後ろ盾が外されたのか……)

 はべっていた下位貴族の令嬢達は、いつの間にか姿を消している。侯爵家の後ろ盾のない妾妃の息子に用はないのだろう。
 とっくに撤回されている婚約を破棄して慰謝料を取れるわけがない。
 華やかなパーティ会場で、第一王子は項垂れた。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 第一王子は後に王位継承権を放棄して、学園ではべらせていた下位貴族の令嬢のひとりに婿入りした。
 それなりに反省して婿入り先の運営に携わっていた彼は、自分が婚約者のための準備金を使って貢がなくても学園時代の妻はドレスや装身具を用意出来たこと、彼女が媚びを売っていたのは自分だけではなかったこと、自分に貢がれたことで彼女の身についた浪費癖がいつまでも治らないことに絶望して、妻を殺して自害した。
 自分にそっくりな第一王子とその母親である妾妃を溺愛していたはずの国王は、そのころには息子への興味を失っていた。

 かといって国王がその後も順風満帆に人生を送ったわけではない。
 彼がひとりで気持ちを変えたからといって、正妃と第二王子を冷遇した過去が消えるわけではないのだ。
 第二王子の即位後、国王はもうすっかり興味を失った妾妃とともに離宮に閉じ込められ、死ぬまで幽閉生活を送ることになったのである。
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