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13・聖騎士様は恋に恋するお年頃①
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邪悪な蛇が恋に落ちていたころ──
「……食べないの、テール」
ここは聖女の住む神殿に併設された専属聖騎士の宿舎。
ソファとテーブル、娯楽書を並べた書棚とゲームテーブルが置かれた休憩室だ。
聖騎士達が気の置けない友人を招いたときの応接室として使われるときもある。
ひとりでソファに座り、眼前のテーブルに置いたキャラメルナッツカップケーキを見つめていた大地の聖騎士テールに水の聖騎士リュイソーが声をかけたのは、テールがカップケーキを見つめ続けて一時間ほど過ぎたころだった。
「食べたい、が、食べると無くなってしまう。……あ! いや違う。せっかく町の人にもらったのだが、俺は甘いものが苦手だから!」
「テール、そんなことだれも信じてない。君、甘いもの大好きでしょ」
「う……」
リュイソーに言われ、テールはキャラメルナッツカップケーキから視線を外して俯いた。
世代によっては聖騎士全員が実家から神殿に通っていたため、宿舎が無人の時代もあった。
当代は四人全員が宿舎で暮らしている。
一日中一緒なのだから、自分の嗜好に気づかれていても仕方がないと思いながら、実家が通勤圏内にあるにもかかわらず過保護な父の干渉が鬱陶しくて宿舎で暮らしているテールは、同じく実家が通勤圏内にあるにもかかわらず神殿内の図書館に収められている稀覯書目当てで宿舎に入ったリュイソーに尋ねる。
「町の女せ……ま、町の人にも気づかれているのだろうか」
「そりゃそうでしょ。君、休みのたびに聖女様のご実家へ行って甘いもの食べてる。聖女様が好きで気が引きたいか、根っからの甘いもの好きだと思われてるよ。まさかブラックコーヒー飲んでたら誤魔化せるとでも思ってた?」
「ん?」
テールは顔を上げた。
「俺が聖女様を好きだと思っている人間もいるのか?」
その焦った様子に、リュイソーは気づく。
テールにキャラメルナッツカップケーキを贈ったのは女の子なのだと。そういえば休憩室に入るまで、あのキャラメルナッツカップケーキは包装紙と赤いリボンで飾られていた。
それに……とリュイソーは思う。さっきテールは途中で言い直したが、町の人という前に町の女性と言おうとしていたのではなかろうか。
「そのケーキくれた人なら、テールが甘いもの好きだと思ってるんじゃない?」
「そうか。……そうだよな」
テールの整ってはいるものの、いささか厳つい顔に笑みが浮かぶ。
モンスターから人々を守る聖女と聖騎士は、いつの時代も王国民に人気がある。
特に当代は全員見目麗しかったので、聖女専属の聖騎士に選抜される前から若い女性に騒がれていた。
だが残念ながらテールは大柄な体躯と厳つい顔が相まって、あまり人気がない上に、彼を好むのは内向的な女性が多く積極的なアプローチを受けることは少なかった。
七日に一度の王国民との交流会の握手の列もテールのものが一番短い。
普段の彼が無口で不愛想なことも影響しているだろう。
「ああ、そうなんだ」
「どうした、リュイソー」
「僕、勘違いしてた。テールがそのカップケーキを食べないでいるのは、食べると無くなっちゃうからだって」
リュイソーに言われて、テールは怪訝そうに首を傾げる。
「それで間違いないぞ」
「ううん、違う。僕は一度食べたら二度と食べられなくなるから食べないんだと思ってたけど、テールは贈ってくれた人の記憶も一緒に消えちゃうような気がしたから食べられなかったんでしょ?」
「……っ?」
テールの顔が真っ赤に染まる。
「……食べないの、テール」
ここは聖女の住む神殿に併設された専属聖騎士の宿舎。
ソファとテーブル、娯楽書を並べた書棚とゲームテーブルが置かれた休憩室だ。
聖騎士達が気の置けない友人を招いたときの応接室として使われるときもある。
ひとりでソファに座り、眼前のテーブルに置いたキャラメルナッツカップケーキを見つめていた大地の聖騎士テールに水の聖騎士リュイソーが声をかけたのは、テールがカップケーキを見つめ続けて一時間ほど過ぎたころだった。
「食べたい、が、食べると無くなってしまう。……あ! いや違う。せっかく町の人にもらったのだが、俺は甘いものが苦手だから!」
「テール、そんなことだれも信じてない。君、甘いもの大好きでしょ」
「う……」
リュイソーに言われ、テールはキャラメルナッツカップケーキから視線を外して俯いた。
世代によっては聖騎士全員が実家から神殿に通っていたため、宿舎が無人の時代もあった。
当代は四人全員が宿舎で暮らしている。
一日中一緒なのだから、自分の嗜好に気づかれていても仕方がないと思いながら、実家が通勤圏内にあるにもかかわらず過保護な父の干渉が鬱陶しくて宿舎で暮らしているテールは、同じく実家が通勤圏内にあるにもかかわらず神殿内の図書館に収められている稀覯書目当てで宿舎に入ったリュイソーに尋ねる。
「町の女せ……ま、町の人にも気づかれているのだろうか」
「そりゃそうでしょ。君、休みのたびに聖女様のご実家へ行って甘いもの食べてる。聖女様が好きで気が引きたいか、根っからの甘いもの好きだと思われてるよ。まさかブラックコーヒー飲んでたら誤魔化せるとでも思ってた?」
「ん?」
テールは顔を上げた。
「俺が聖女様を好きだと思っている人間もいるのか?」
その焦った様子に、リュイソーは気づく。
テールにキャラメルナッツカップケーキを贈ったのは女の子なのだと。そういえば休憩室に入るまで、あのキャラメルナッツカップケーキは包装紙と赤いリボンで飾られていた。
それに……とリュイソーは思う。さっきテールは途中で言い直したが、町の人という前に町の女性と言おうとしていたのではなかろうか。
「そのケーキくれた人なら、テールが甘いもの好きだと思ってるんじゃない?」
「そうか。……そうだよな」
テールの整ってはいるものの、いささか厳つい顔に笑みが浮かぶ。
モンスターから人々を守る聖女と聖騎士は、いつの時代も王国民に人気がある。
特に当代は全員見目麗しかったので、聖女専属の聖騎士に選抜される前から若い女性に騒がれていた。
だが残念ながらテールは大柄な体躯と厳つい顔が相まって、あまり人気がない上に、彼を好むのは内向的な女性が多く積極的なアプローチを受けることは少なかった。
七日に一度の王国民との交流会の握手の列もテールのものが一番短い。
普段の彼が無口で不愛想なことも影響しているだろう。
「ああ、そうなんだ」
「どうした、リュイソー」
「僕、勘違いしてた。テールがそのカップケーキを食べないでいるのは、食べると無くなっちゃうからだって」
リュイソーに言われて、テールは怪訝そうに首を傾げる。
「それで間違いないぞ」
「ううん、違う。僕は一度食べたら二度と食べられなくなるから食べないんだと思ってたけど、テールは贈ってくれた人の記憶も一緒に消えちゃうような気がしたから食べられなかったんでしょ?」
「……っ?」
テールの顔が真っ赤に染まる。
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