転生魔王NOT悪役令嬢

豆狸

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9・キャラメルナッツカップケーキ

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 どうしよう。
 この世界の聖女は転生者かもしれない。
 そんなことを考えたのは、彼女の実家の食堂がとってもオシャンティだったからだ。うわあ、前世のこじゃれたパン屋さんみたい。そして私、ゲーム関係じゃなくても前世に似たものを見たら記憶蘇るんだな。

 まず、大通りに面した商品棚が並ぶ壁は全部ガラスになっていて、外から商品が見えるようになっている。
 ガラス自体は魔王城にも使われてるけど、こんな使い方しているのは王都のほかのお店ではない。
 次にお店のシステムが前世現代風。トレイに載せた商品をカウンターに持っていって包んでもらってもいいし、そこでお皿に載せてもらってイートインスペースで食べてもいいのだ。

 そして内装がすっごく綺麗。
 金に飽かせた成金趣味じゃなくて、シンプルだけど工夫を凝らしている。
 商品棚の商品もミニゲームのレベルを上げなきゃ作れないものが並んでいた。まあ前世で料理好きだったらミニゲームしなくても作れるのかな。

 なんというか、ネット小説系中世ヨーロッパ風のこの世界っぽくない気がする。乙女ゲームのなんちゃって異世界だからおかしくないのか?

 うーん、どうしよう。
 シナリオ的に邪魔はするけど、魔王は聖女の恋敵というわけではない。
 同じ転生者同士仲良くできないかな? 彼女と敵対して、この店に通えなくなったら凄く悲しい。

 でもなー、ヒロインゲーム主人公に転生した転生者って電波系なことが多いしなあ。
 とはいえ魔王に転生して食べ物のことばっかり考えてる私も電波系っちゃ電波系な気もするし。いやいや、食は大事!
 悩みながらもトレイを取って商品棚の品物を載せていく。

「あ」

 イートインのほうから低い声がして、振り向くと大地の聖騎士テールがいた。
 私はトレイを見た。
 さっき載せたキャラメルナッツカップケーキ、最後の一個だったっけ。とにかく魔鍛冶のミニゲームが好きだったから、ビジュアルブックを兼ねた攻略本でキャラクターデータのページを開いたことは少ないんだけど、魔鍛冶アイテム引継ぎのために一応エンディングを迎えたから知っている。テールはキャラメルナッツカップケーキが大好きなのだ。

 おお、いつもゲーム画面からはみ出していた頭のてっぺんはあんなになってたのか。
 ……フツーだな。うん、まあ、そりゃそうなんだけど。
 私の視線に気づいて、テールは慌てて目を逸らした。

 彼は甘いものが大好きなのに、それを周囲には隠しているキャラなのだ。みんな気づいているけどね!
 テールはイートインで楽しんでいたようだ。
 たぶんキャラメルナッツカップケーキをもう一個お代わりしたかったのだろう。

 ふふふ、愚かな聖騎士よ。
 この世は弱肉強食なのだ。私は焼肉定食も食べたいのだ。
 でも軽食の時間が終わって本格的な食堂に店内が変わるまで(外の看板に営業時間が書いてた)待ってたら、魔王城に戻るのが遅くなり過ぎちゃうから待てないのだ。夕食はいらないって言って来たから、夜食用になにか買って帰るけど。

 それはともかく、恥ずかしいからってほかの客がいなくなるまで取りに行くのを待っていたりしていては奪われても文句は言えないのだぞ、聖騎士テールよ。
 ジュルネ王国に侵攻するつもりもないのに悪の魔王気分に浸りながら、私は欲しかったものをトレイに載せてカウンターへ進む。

 ヴェノムラビットを売ったお金があるからってちょっと買い過ぎちゃった気もするけど……成長期(十六歳)だから問題ないよね!
 もうちょっと身長欲しいしなー。
 『アイテムボックス』のスキルがあったらもっと買って帰るのに。

「キャラメルナッツカップケーキと紅茶カップケーキはひとつずつプレゼント包装にしてください」

 カウンターにいたのは、たぶん聖女のお母さんだと思う。
 お姉さんくらいに見えるけど、聖女に姉妹はいない。
 結婚が早いんだよね、この世界。うちのお母様も若々しくて可愛らしい方だった。

 聖女のお母さんに可愛くラッピングしてもらい、店を出る前にイートインスペースに向かう。
 キャラメルナッツカップケーキは赤いリボン、紅茶カップケーキは青いリボンで中身がわかるようにしてくれている。
 リボンの色に深い意味はない。というか、聖女のお母さんにお任せしたのだ。

 甘いもの好きなテールは苦いものが苦手だ。
 見栄を張って頼んだであろうブラックコーヒーを不機嫌そうな顔でちびちびと飲んでいる。コーヒーはデフォルトである世界です。
 ……空皿の数多っ! どれだけスイーツ食べたんだろ。もちろん商品棚にはカップケーキ以外もたくさんあったのだ。

「ん?」

 私がテーブルにキャラメルナッツカップケーキの包みを置くと、テールが私を見た。
 短く刈った黒髪に紫色の瞳。アッシュさんは金茶の髪で茶色い瞳だから、三代前の聖女だった母親から受け継いだものかな?
 私は彼に微笑んだ。

「大地の聖騎士テール様にプレゼントです。これからもジュルネ王国をお守りくださいね」
「あ、ああ」

 テールは浅黒い肌をほんのりと赤く染めて頷いた。
 少し厳つい顔立ちだが、乙女ゲームの攻略対象なのでイケメンなのは間違いない。
 あ、べつに聖女から奪おうなんて気はないよ。

 エンディングはなかったけれど、アッシュさん達『攻略できないバグオジ』にも好感度はあるのだ。
 そしてアッシュさんは息子のテールの好感度が上がっても好感度が上がる。
 ものぐさ系のアッシュさんは、最愛の息子には構い過ぎてウザがられる残念キャラでもあるのだった。

 アッシュさんの好感度が高いと、武器屋に並べられる装備アイテムがレアなものになる。希少な魔法金属製のアイテムも増える。
 究極の魔鍛冶アイテムを作るためには、特性を多く付けられる希少な魔法金属製アイテムが必須だよね!
 まあ、この世界がどこまでゲームと同じかわからないけどさ。

「……ありがとう」

 ぼそりと呟いたテールにお辞儀をして、私は店から出たのだった。
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