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最終話 令嬢の愛
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「ジューリオ殿下」
「なんですか、キアラ」
王宮の一室で、私は婚約者のジューリオ殿下に呼びかけました。
神殿育ちの彼は神官としては名の知れた浄霊の第一人者なのですが、王太子としては新米ですし貴族としての常識もご存じではありません。
ですので、僭越ながら私が日常生活に関する常識についての教育係を仰せつかっているのです。
「エドアルド殿下に本当のことを言わなくて良かったのでしょうか」
「……」
ジューリオ殿下は困ったようなお顔をなさいます。
エドアルド殿下はもう亡き王妃様のご実家に入られていて、王宮にはいらっしゃいません。
今は殿下ではなく伯爵家の跡取りでいらっしゃいます。
しばらく間を置いてから、ジューリオ殿下は溜息交じりにおっしゃいました。
「国王陛下のご意向ですからね」
「そうですね……」
王妃様はもういらっしゃいません。
あの日、ジューリオ殿下のお力によって浄霊されてしまいました。
でもドローレ様はいるのです。かつての王妃様のように、霊となってエドアルド様を守護なさっているのです。
国王陛下もそのことはご存じです。
けれど陛下は、殿下にそれを告げてはならないとジューリオ殿下、そして霊を感じることの出来る私にご命じになりました。
陛下は王妃様の死後、新しいお妃様を娶らずに独身を通されています。
「王妃様の霊の存在をご存じだったご自身のように、エドアルド様がドローレ様に殉じるのを案じていらっしゃるのでしょうか?」
「どうでしょうかね。ドローレ嬢の霊はエドアルド殿の幸せだけを祈っていますから、彼が新しい女性と結ばれても嫉妬したりはなさらないと思いますが……」
独身を通されている国王陛下ですが、一度再婚をお考えになったことがあります。
残念なことにお相手の方は婚姻前に流行り病でお亡くなりになってしまわれました。
そのとき陛下は王妃様の霊のせいだと思い込まれて神殿に浄霊を命じました。ですが、ドローレ様のときとは違って、お相手の死は王妃様のせいではなかったのです。
悪霊でない霊を強制的に浄霊しようとすると、却って良くないことが起こります。
当時は王宮内の井戸が枯れ、王都で飼われている鶏が卵を産まなくなりました。
慌てて浄霊を取り止めて王妃様の霊を宥めたものの、それからの国王陛下はだれかの敵意をずっと感じ続けるようになったそうです。私のように霊を感じる力がおありなら、王妃様の呟きをお聞きになっていたかもしれません。ちなみにドローレ様の死後、王妃様の霊の呟きが私以外の人間にも感知出来ていたのは、悪霊となったことで以前より力が強くなられていたからでしょう。
「そうですよね。知っていて、毎日守護への感謝を伝えたほうが良いと思います」
私は、侯爵邸へエドアルド様が訪ねて来た日の背筋が凍りついた瞬間を思い出しながら言いました。
彼が、ドローレ様が私を逆恨みしているのだと思っていた、と発言したときのことです。
息子の幸せだけを望んでいたはずの女性が道を踏み外したように、愛する男性の幸せだけを望んでいる女性もなにかのきっかけで変わってしまうかもしれません。
そうでなくでも同じ男性を愛したおふたりなのだから、どこか似たところがあるような気がします。
ドローレ様は王妃様のように、私に苛められていると言って冤罪を着せたりはしませんでした。
でもエドアルド様から離れることはなかったのです。
国王陛下は、エドアルド様にドローレ様の存在を知らせたら、ご自身のように身の回りで起こることの原因が彼女にあると思い込み、却って彼女の機嫌を損ねるのではないかと考えたのかもしれません。
「今度エドアルド殿に会う機会があったら、ドローレ嬢の霊がいることは伝えずに、いつも彼女を偲んで粗末に扱わないようにして欲しいと話してみますね」
「それがいいかもしれませんね。私も……」
「キアラは気にしなくていいですよ。今後貴女がエドアルド殿に会うとしたら、そのときは私と一緒なのですから」
「……ジューリオ殿下。もしかして嫉妬していらっしゃいます?」
「はい。私の可愛い婚約者は、元婚約者のことなど心配しなくても良いのに、と思っています」
「ジューリオ殿下ったら」
あの日、王妃様の霊による怪異に疲れ果てていた私のところに、ジューリオ殿下は忙しい王太子教育の合間を縫って駆けつけてくださいました。
ドローレ様のことで自分を責めているのも良くないことだとおっしゃって、でも私のそんなところが好きなのだと伝えてくださいました。
エドアルド様に告げたように、私もジューリオ殿下を愛しております。王妃様やドローレ様がエドアルド様を愛したのと同じくらい、いいえ、もっともっと強く──
「なんですか、キアラ」
王宮の一室で、私は婚約者のジューリオ殿下に呼びかけました。
神殿育ちの彼は神官としては名の知れた浄霊の第一人者なのですが、王太子としては新米ですし貴族としての常識もご存じではありません。
ですので、僭越ながら私が日常生活に関する常識についての教育係を仰せつかっているのです。
「エドアルド殿下に本当のことを言わなくて良かったのでしょうか」
「……」
ジューリオ殿下は困ったようなお顔をなさいます。
エドアルド殿下はもう亡き王妃様のご実家に入られていて、王宮にはいらっしゃいません。
今は殿下ではなく伯爵家の跡取りでいらっしゃいます。
しばらく間を置いてから、ジューリオ殿下は溜息交じりにおっしゃいました。
「国王陛下のご意向ですからね」
「そうですね……」
王妃様はもういらっしゃいません。
あの日、ジューリオ殿下のお力によって浄霊されてしまいました。
でもドローレ様はいるのです。かつての王妃様のように、霊となってエドアルド様を守護なさっているのです。
国王陛下もそのことはご存じです。
けれど陛下は、殿下にそれを告げてはならないとジューリオ殿下、そして霊を感じることの出来る私にご命じになりました。
陛下は王妃様の死後、新しいお妃様を娶らずに独身を通されています。
「王妃様の霊の存在をご存じだったご自身のように、エドアルド様がドローレ様に殉じるのを案じていらっしゃるのでしょうか?」
「どうでしょうかね。ドローレ嬢の霊はエドアルド殿の幸せだけを祈っていますから、彼が新しい女性と結ばれても嫉妬したりはなさらないと思いますが……」
独身を通されている国王陛下ですが、一度再婚をお考えになったことがあります。
残念なことにお相手の方は婚姻前に流行り病でお亡くなりになってしまわれました。
そのとき陛下は王妃様の霊のせいだと思い込まれて神殿に浄霊を命じました。ですが、ドローレ様のときとは違って、お相手の死は王妃様のせいではなかったのです。
悪霊でない霊を強制的に浄霊しようとすると、却って良くないことが起こります。
当時は王宮内の井戸が枯れ、王都で飼われている鶏が卵を産まなくなりました。
慌てて浄霊を取り止めて王妃様の霊を宥めたものの、それからの国王陛下はだれかの敵意をずっと感じ続けるようになったそうです。私のように霊を感じる力がおありなら、王妃様の呟きをお聞きになっていたかもしれません。ちなみにドローレ様の死後、王妃様の霊の呟きが私以外の人間にも感知出来ていたのは、悪霊となったことで以前より力が強くなられていたからでしょう。
「そうですよね。知っていて、毎日守護への感謝を伝えたほうが良いと思います」
私は、侯爵邸へエドアルド様が訪ねて来た日の背筋が凍りついた瞬間を思い出しながら言いました。
彼が、ドローレ様が私を逆恨みしているのだと思っていた、と発言したときのことです。
息子の幸せだけを望んでいたはずの女性が道を踏み外したように、愛する男性の幸せだけを望んでいる女性もなにかのきっかけで変わってしまうかもしれません。
そうでなくでも同じ男性を愛したおふたりなのだから、どこか似たところがあるような気がします。
ドローレ様は王妃様のように、私に苛められていると言って冤罪を着せたりはしませんでした。
でもエドアルド様から離れることはなかったのです。
国王陛下は、エドアルド様にドローレ様の存在を知らせたら、ご自身のように身の回りで起こることの原因が彼女にあると思い込み、却って彼女の機嫌を損ねるのではないかと考えたのかもしれません。
「今度エドアルド殿に会う機会があったら、ドローレ嬢の霊がいることは伝えずに、いつも彼女を偲んで粗末に扱わないようにして欲しいと話してみますね」
「それがいいかもしれませんね。私も……」
「キアラは気にしなくていいですよ。今後貴女がエドアルド殿に会うとしたら、そのときは私と一緒なのですから」
「……ジューリオ殿下。もしかして嫉妬していらっしゃいます?」
「はい。私の可愛い婚約者は、元婚約者のことなど心配しなくても良いのに、と思っています」
「ジューリオ殿下ったら」
あの日、王妃様の霊による怪異に疲れ果てていた私のところに、ジューリオ殿下は忙しい王太子教育の合間を縫って駆けつけてくださいました。
ドローレ様のことで自分を責めているのも良くないことだとおっしゃって、でも私のそんなところが好きなのだと伝えてくださいました。
エドアルド様に告げたように、私もジューリオ殿下を愛しております。王妃様やドローレ様がエドアルド様を愛したのと同じくらい、いいえ、もっともっと強く──
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