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第一話 婚約破棄
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「公爵令嬢ヴェロニカ! 王太子の僕エスタファドルはお前との婚約を破棄する!」
そう宣言されたのは、この王国の貴族子女が通う学園の中庭でのことでした。
エスタファドル殿下の隣には男爵令嬢のバスラ様がいらっしゃいます。
愛人の子どもとして生まれたバスラ様は、正妻と嫡子の死亡を機にして、学園の入学と同時に男爵家へ引き取られたのです。
バスラ様はその愛らしいお顔と豊満なお体で学園の男性を次々と虜にしていきました。
同じ家格の男爵令息を誘惑したのを皮切りに、少しずつ身分の高い男性に乗り換えていったのです。
最後は国王陛下を除けばこの国の最高権力者となる王太子のエスタファドル殿下です。八歳のときから十年間、私の婚約者だった方でもあります。
「……貴方はどなたですか」
私はエスタファドル殿下の姿をしただれかを睨みつけました。
殿下がそんなことをおっしゃるはずがないのです。
確かに殿下は政略結婚の相手でしかない私を愛してはいませんでした。
でも愛する努力はしてくださっていたのです。大切にしてくださっていたのです。
だから私も王太子の婚約者に相応しい貴族令嬢を目指して尽力してきたのです。
厳しい妃教育を受けて淑女のお手本といわれるほどになれたのは、殿下が婚約者として支えてくださっていたからなのです。
だれかが口角を上げました。
「負け惜しみか? いや、そうだな。お前の婚約者だったころの僕はニセモノだった。今ここにいる、バスラを愛している僕こそが本物なのだ」
「いいえ、違います。貴方はエスタファドル殿下ではありませんっ!」
学園の中庭で、時間はお昼休みでした。
周囲にいた生徒達が私に憐みの視線を向けてきます。
皆様ご存じなのです。殿下がずっとバスラ様と親しくされていたことを。
そして私以外だれも知りません。
エスタファドル殿下は確かにバスラ様に心惹かれていらっしゃいました。とても仲良くなさっていました。
けれど、この王国の未来のために彼女のことは諦めると誓ってくださっていたのです。
バスラ様の実家の男爵家では王太子妃の後ろ盾にはなり得ないという理由でしたものの、それでもちゃんと彼女と別れて、私を正妃にするとおっしゃったのです。
……私を正妃にした後でバスラ様を側妃か愛妾になさるおつもりだったのかもしれませんが、側妃や愛妾の存在は王太子の婚約者に選ばれたときから覚悟の上です。
なのに先日バスラ様のところへお話に行かれてから、殿下は別人のようになってしまわれました。
いいえ、今のエスタファドル殿下は別人です。
どうしてだれも気付かないのでしょう。
たとえどうしてもバスラ様を諦めきれなかったのだとしても、こんな公衆の面前で私を貶めるようにして婚約破棄をなさる方ではないのです! 私の僻み根性がそう見せているのかもしれませんが、殿下に寄り添うバスラ様は酷く邪悪な嘲笑を浮かべています。
エスタファドル殿下ではないだれかは肩を竦め、大仰に溜息を漏らして見せました。
「……はあ、愚かな女とは話にならないな。ビセンテ! どこかへ連れていけ」
だれかに命じられて、エスタファドル殿下の側近で侯爵家ご次男のビセンテ様が私に近づいてきます。
「ヴェロニカ様。あの方は本当のエスタファドル殿下です。幼いころの剣術の稽古でお体についた傷すら消えていません。……ひとの心は変わるのです」
「……っ!」
私は涙を堪えきれなくなって俯きました。
ビセンテ様が私の肩を抱いて、教室へと向かいます。
殿下と私は同い年ですが、学園で勉強している教室は違います。つい先日までは同じだったのですけれど、ある日突然私とバスラ様の所属を入れ替えたのです。それだけ彼女と一緒に過ごしたかったのでしょう。
「……ヴェロニカ様、こちらを」
「あ、ありがとうございます、ビ、ビセンテ様……」
「無理にお話にならなくてもよろしいですよ」
私はビセンテ様に渡されたハンカチを自分の目もとに押し当てました。
そう宣言されたのは、この王国の貴族子女が通う学園の中庭でのことでした。
エスタファドル殿下の隣には男爵令嬢のバスラ様がいらっしゃいます。
愛人の子どもとして生まれたバスラ様は、正妻と嫡子の死亡を機にして、学園の入学と同時に男爵家へ引き取られたのです。
バスラ様はその愛らしいお顔と豊満なお体で学園の男性を次々と虜にしていきました。
同じ家格の男爵令息を誘惑したのを皮切りに、少しずつ身分の高い男性に乗り換えていったのです。
最後は国王陛下を除けばこの国の最高権力者となる王太子のエスタファドル殿下です。八歳のときから十年間、私の婚約者だった方でもあります。
「……貴方はどなたですか」
私はエスタファドル殿下の姿をしただれかを睨みつけました。
殿下がそんなことをおっしゃるはずがないのです。
確かに殿下は政略結婚の相手でしかない私を愛してはいませんでした。
でも愛する努力はしてくださっていたのです。大切にしてくださっていたのです。
だから私も王太子の婚約者に相応しい貴族令嬢を目指して尽力してきたのです。
厳しい妃教育を受けて淑女のお手本といわれるほどになれたのは、殿下が婚約者として支えてくださっていたからなのです。
だれかが口角を上げました。
「負け惜しみか? いや、そうだな。お前の婚約者だったころの僕はニセモノだった。今ここにいる、バスラを愛している僕こそが本物なのだ」
「いいえ、違います。貴方はエスタファドル殿下ではありませんっ!」
学園の中庭で、時間はお昼休みでした。
周囲にいた生徒達が私に憐みの視線を向けてきます。
皆様ご存じなのです。殿下がずっとバスラ様と親しくされていたことを。
そして私以外だれも知りません。
エスタファドル殿下は確かにバスラ様に心惹かれていらっしゃいました。とても仲良くなさっていました。
けれど、この王国の未来のために彼女のことは諦めると誓ってくださっていたのです。
バスラ様の実家の男爵家では王太子妃の後ろ盾にはなり得ないという理由でしたものの、それでもちゃんと彼女と別れて、私を正妃にするとおっしゃったのです。
……私を正妃にした後でバスラ様を側妃か愛妾になさるおつもりだったのかもしれませんが、側妃や愛妾の存在は王太子の婚約者に選ばれたときから覚悟の上です。
なのに先日バスラ様のところへお話に行かれてから、殿下は別人のようになってしまわれました。
いいえ、今のエスタファドル殿下は別人です。
どうしてだれも気付かないのでしょう。
たとえどうしてもバスラ様を諦めきれなかったのだとしても、こんな公衆の面前で私を貶めるようにして婚約破棄をなさる方ではないのです! 私の僻み根性がそう見せているのかもしれませんが、殿下に寄り添うバスラ様は酷く邪悪な嘲笑を浮かべています。
エスタファドル殿下ではないだれかは肩を竦め、大仰に溜息を漏らして見せました。
「……はあ、愚かな女とは話にならないな。ビセンテ! どこかへ連れていけ」
だれかに命じられて、エスタファドル殿下の側近で侯爵家ご次男のビセンテ様が私に近づいてきます。
「ヴェロニカ様。あの方は本当のエスタファドル殿下です。幼いころの剣術の稽古でお体についた傷すら消えていません。……ひとの心は変わるのです」
「……っ!」
私は涙を堪えきれなくなって俯きました。
ビセンテ様が私の肩を抱いて、教室へと向かいます。
殿下と私は同い年ですが、学園で勉強している教室は違います。つい先日までは同じだったのですけれど、ある日突然私とバスラ様の所属を入れ替えたのです。それだけ彼女と一緒に過ごしたかったのでしょう。
「……ヴェロニカ様、こちらを」
「あ、ありがとうございます、ビ、ビセンテ様……」
「無理にお話にならなくてもよろしいですよ」
私はビセンテ様に渡されたハンカチを自分の目もとに押し当てました。
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