聖女は別れの歌を紡ぐ

豆狸

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最終話 聖女は別れの歌を紡ぐ

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 国王を見つめ、王妃は言った。

「この事態を招いたのはあなたでしょう? 私はアフォンソの愚行について、何度もあなたに忠告いたしましたよ?……アフォンソにもね」

 母に視線を送られて、アフォンソは体を硬くした。
 確かに母は何度となく忠告してきた。
 リジアが自分の贈った装飾品をつけてくれないと愚痴ったときも、本人に聞いてみろと言ってくれていたのだ。おそらく本人に聞いて知っていただろう事実を告げなかったのは、王太子として婚約者としてアフォンソ自身が解決することを望んでいたからだろう。他人に事情を聞いて、ひとり納得しているだけでは意味がない。

 父は娼婦の娘ロバーラと付き合っていることには難色を示したが、浮気自体を注意することはなかった。
 男の浮気は許されると、本気で考えている大馬鹿者だったのだ。
 母はペレイラ王国を出て行く、とアフォンソは確信した。嫁いできてからこれまでの年月で、母はこの国に自分の勢力を作り上げた。国王であっても、父は母を止められない。母の作り上げた勢力は国が変わっても力を持つに違いない。

「リジア!」
「アフォンソ殿下?」

 アフォンソは父母を押し退けて前に出た。
 自分とリジアを隔てる見えない壁に手を当てて、彼女を見つめる。

「愛しているんだ、どこへも行かないでくれ!」

 リジアが小鳥のように首を傾げる。

「愛している相手との婚約を破棄したのですか?」
「ぼ、僕はロバーラに騙されていたんだ。麻薬を飲まされて操られていた。婚約破棄は僕の真意ではない!」

 憐れむような瞳でリジアはアフォンソを映す。

「どうして麻薬を飲まされたのですか?」
「それは……一夜を、ロバーラと一夜を過ごして……」
あの子ロバーラを愛していたから一夜を過ごしたのではないのですか?」
「……」

 アフォンソは項垂れた。
 考えれば考えるほど、自分が愚かで仕方がない。

『人間の考えることはわかりません』
「リジア?」

 突然彼女の声音が変わって、アフォンソは顔を上げた。
 リジアの体はほかの精霊達のように光り輝き、宙に浮いていた。
 少しずつ姿が薄れていっている。周囲の森もだ。精霊郷へ帰るのか、聖女がいなくなったからだれにも見えなくなってしまうのか──

『私に残っている人間の部分はもう王妃様への愛情だけ。……だけど……』

 リジアはアフォンソが大好きだった微笑みを浮かべて言う。

『私が人間だったころ、どんなにあなたを愛したかは覚えています』

 それを最後に、リジアと精霊達は消えた。
 残っているのは装着者が倒れた衝撃で砕け散り、金具に血が滲んだ髪飾りの残骸だけだ。それでもまだ近くにはいるらしく、彼女が昨夜の卒業パーティで歌うはずだった別れの歌が聞こえてきた。
 アフォンソは魔術学園や王宮でリジアが練習しているのを聞いていた。彼女は精霊のために歌っているときでも、アフォンソに気づくと目を合わせて微笑んでくれた。

「……リジア……」

 少しずつ彼女の声が遠ざかっていく。
 アフォンソは昨夜、精霊達が言っていた言葉を思い出した。

『愛すれば裏切る』
『尽くせば利用する』
『慈しめば見下す』
『……可哀相にね』

 裏切られたリジアのことを憐れんでいるのだと思っていたが、違うと気づく。
 精霊達が憐れんでいたのは人間だ。
 可哀相なのは自分だ。愛される奇跡を忘れ、尽くされる喜びを当然と思い、慈しまれる幸せに飽きてしまった愚かな自分のことだ。

 ボロボロになった人間の体で終わりを迎えた初代聖女の死後、ペレイラ王国初代国王である勇者は怒り狂い暴れ叫び、最後には涙が涸れるまで泣いてこの世を去った。
 だけどアフォンソが命を絶ったとしても、ふたりの巡る運命の輪はもう同じではない。
 彼女が最後に残した別れの歌でさえ、もう耳から消えていく──
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