お見合い相手が改心しない!

豆狸

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第一章 狐とウサギのラブゲーム?

18・狐と歩けば犬に当たる。⑥

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「……まったく、女性という生き物は信じられませんね」

 婚約指輪を注文しに行った日の夜、車でわたしを送ってくれながら、信吾さんはしみじみと呟いた。

「あんなに可愛い兎のケーキを崩して食べてしまうなんて」

 半円形のスポンジにクリームやドライフルーツで兎をデコレーションしたケーキを、彼はなかなか食べられないでいた。
 もったいないし、と梨里ちゃんがフォークを突き刺して、その後は自分で食べることを諦めた信吾さんの許可を得て、マリーさんとわたしもご相伴にあずかったのである。

「可愛いからって食べないでいるほうが、よっぽどケーキに失礼ですよ」

 わたしの発言に、信吾さんはほんのりと淫靡に口の端を上げた。

「璃々さん、それはご自分のことですか? こんなに可愛いのに、どうして食べてくれないの、と」

 頭上の狐さんは肩らしきものをすくめて、呆れたような表情を浮かべている。

「わ、わたしはケーキじゃありませんよ。それに可愛くもないですし」
「璃々さんは可愛いですよ」
「ちゃんと前を向いて運転してください」
「かしこまりました、璃々さん。……あなたがこんなに可愛くなければ、僕も悶々としなくていいんですがね」

 ……知りませんよ、そんなこと。
 信吾さんには男性としての矜持もあって、結婚を前提につき合いながらなにもないというのは嬉しくない状況なのだろうけれど、女子校育ちで男性との接触がなかったわたし的にはこれくらいでちょうどいい。
 もう心臓を止められるのはたくさんだしね。
 ちょっとだけ学校で習った記憶があるけれど、心臓マッサージの仕方、きちんとマスターしたほうがいいのかな。
 わたしは膝の上に置いていた白い毛皮のポシェットを持ち上げて、車内に漂う甘酸っぱい空気を払拭した。

「こちらもありがとうございました」
「璃々さんに喜んでいただけたのなら、なによりです」

 お礼を言ってはみたものの、このポシェットがなんなのかを考えると複雑な心境だった。
 狐塚家を出るときに信吾さんがプレゼントしてくれたこのポシェットは、先日亡くなった動物園の神鹿の毛皮でできているのだ。

「こんなに貴重なもの、よくいただけましたね」
「ええ、僕はあの動物園のオーナーですから」
「……あの動物園、市営じゃなかったんですか?」
「鹿川のような輩と癒着していた市の上部に、きちんとした運営ができる手腕があるとお思いですか? 数年前、動物園の営業不振がニュースになったことがあるでしょう? あのとき入札しました。金を受け取って売り払った鹿川には神鹿の所有権なんてかけらもなかったのですが、飼育員が勝手に便宜を図っていたようで……その場その場で空気を呼んでだれにでもいい顔をする人間は、結局すべて失ってしまうのにねえ……」

 動物園の人事が大きく変わったのであろうことを感じながら、わたしは話題を変えた。

「確か、カラオケ屋さんのオーナーもされてるんですよね?」
「映画館にゲームセンター……この市にある娯楽施設のほとんどには絡んでいますよ。興信所に依頼しても璃々さんの存在は見つけられませんでしたからね。コレが役に立たないのは仕方ないんですけど」

 信吾さんは溜息をつきながら、片手の指先で頭上を示す。
 いや、狐さんそんなに落ち込まないで。
 狐さんは役に立ってますよ!
 でも不思議よね。
 興信所まで使っていたのに、どうして信吾さんはつい最近までわたしのことを見つけられなかったのかしら。……ん?

「信吾さん? わたしが見つけられなかったことと娯楽施設に絡むことと、なにか関係があるんですか?」
「なんというか……運命のつながりがあったんでしょうかね、璃々さんがこの市にいることだけは確信してたんです。だから娯楽施設を押さえておけば、どこかに訪れた璃々さんを見つけることができるかと思って」

 言葉が返せなくて、わたしはポシェットを抱きしめた。

 ……その入札理由おかしいですから!

 気づいてはいたけれど、信吾さんは本当に病んでるストーカーなのよねえ。
 幼いころ家族と動物園へ行ったときと同じ安心感を白い毛皮から、自分以外の特殊な存在に対する反発を体内の狐の女神さまから感じているわたしに、信吾さんが微笑んだ。

「そんなに気に入ってもらえて嬉しいです」
「……はい、ありがとうございます」
「ところで本当に良かったんですか? 母と一緒に大干支小町娘の握手会に行くなんて約束して。オタクは強引ですから押し切られたんでしょう。角が立たないよう僕から断っておきましょうか?」

 警察からの電話に答えた後、みんなでケーキを食べながら盛り上がって、そういう話になったのだった。
 来週の平日にあるイベントなので、中学生の梨里ちゃんはお留守番になる。
 引き籠りニート女子大生じゃなかったら、わたしも授業があるところなのだけどね。
 ちなみに大干支小町娘のメンバーは、今年の春に戌井ちゃんが高校を卒業したので、みんな平日イベントOKのはずだ。
 わたしと同じように大学生のメンバーは、上手く授業を調節しているのだろう。

「いえ、全然。すごく楽しみです」
「そうなんですか?」
「安心してください、黒い影を見つけても触りません。犬養さんのことで学習しました。わたしじゃどうにもできないこともあるって。……本当のプロの人にお願いすれば、あの影に逃げられることもなかったかもしれないのに」
「璃々さんが気にすることじゃありませんよ。まさか猪狩くんのことまで気にしてるんじゃないでしょうね?」

 信吾さんの質問に、首を横に振って見せる。
 彼が犬養さんを呪っている犯人だと見なしていた猪狩さんは、自殺していた。
 病院以外での死は変死となり、警察の管轄となる。
 ケーキを食べる前にかかってきた電話は、猪狩さんが自殺したときの犬養さんのアリバイを確認するためのものだったのだ。

「本当に、喫茶店かどこかで話をしておけば良かったですよ。それなら店の人間が犬養くんのアリバイを証明してくれたでしょう。璃々さんや僕の手を煩わされずに済みました」
「……」
「璃々さん……」
「いえ、なんでもないです」

 もちろんウソだった。
 気にならないわけがない。
 本格的に勉強したことはないものの、オカルト関係の本くらい読んだことがある。
 あの蛇のような黒い影……思い出すだけで鼻孔に生臭い匂いが蘇った……が猪狩さんの呪いだったとしたら、彼はわたしがあれを犬養さんから外したことで戻ってきた自分の呪いに殺されたのではないだろうか。
 まあ外したんじゃなくて逃げられたんだけど。

「……璃々さん」

 信吾さんは近くの路肩に寄せて車を停めた。
 わたしの家がある住宅地に近い、公園の横だ。

「犬養くんはバカだから影響がないとか言っていましたが、彼の実家である犬養製鉄の株価は、呪いを受けたとおぼしきころから下がり続けていました。最近では倒産の噂も囁かれています。璃々さんが犬養くんから黒い影を取り除かなかったら、犬養製鉄に所属する多くの人々が路頭に迷っていたでしょう」
「……逃げられちゃっただけです」
「目撃者が叫ぶことで犯罪者が逃げ出したら、被害者は助かりますよ? それがきっかけとなって、しかるべき人間がちゃんと捕まえてくれるかもしれませんしね」
「……信吾さんのお婆さんみたいに、ちゃんとした霊能力者の方ですか?」
「うちの祖母はどうでしょう? 彼女はかなり自己流でしたからね。……璃々さん、猪狩くんの死亡時刻は僕たちが犬養くんと会うより前でした。残念ながら犬養くんが事を成して、駅前に戻ってきて僕たちと会うほどの余裕はありませんでしたが」

 信吾さんは手を伸ばし、優しくわたしの頭を撫でた。

「璃々さんは、なにも悪くありません。今回の件では犬養くんだけでなく、僕のことも救ってくれました」
「信吾さんのことを?」
「はい。犬養くんのことだから変な幸運で持ち直すと思って、犬養製鉄の株価が底値のときに買い集めていたんです。倒産したら倒産したで手段はありますが、それでも株価が回復したときに売り払って現金に換えるほうが楽しいですから……僕が売った株式を買った人が犬養製鉄を乗っ取るのは自由ですし……璃々さん?」

 信吾さんらしい物言いに、わたしは吹き出してしまった。
 引き籠りニート女子大生だったわたしがお見合いをして、結婚を前提に彼とお付き合いすることになって、本当に良かったと思う。

 ……たとえ信吾さんがヤンデレストーカーでもね。
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