お見合い相手が改心しない!

豆狸

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第一章 狐とウサギのラブゲーム?

6・風が吹けば狐が儲ける?④

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 豆田少年との邂逅から、さらに数日が過ぎた日曜日。
 わたしは郊外にある動物園に来ていた。
 どこもかしこも親子連れかカップルで、ひとりのわたしは浮いている。
 この田舎都市は老人が多い。
 最近はどこもそうかもしれないけれど、ここは昔からそうだった。
 そのため、こういう娯楽施設は、ほとんどが学生無料になっている。
 少しでも若者を呼び込める都市を作ろうとしているのだ。
 引き籠りニート女子大生のわたしも、凛星女学院の学生証で無料入場した。
 将来税金を納めることができるかどうかわからない人間なので、なんだか申し訳ない。
 わたしはバイトをしたこともなかった。
 だって会社って、なんだかすごく黒い影が多そうな気がするんだもん。

 ……このまま狐塚さんと結婚できたらお金の心配はないけれど、シスコンをやめるほうが彼のためだし、そうなったら梨里ちゃんと同じ名前のわたしは必要なくなるし。

 考えていても仕方がないので、わたしは辺りを見回した。
 じっくり見てみれば、ところどころにわたし以外のひとり客もいるようだ。
 わたし以外のひとり客は、動物が好きで将来獣医や飼育員を目指しているか、動物をモデルに絵を描きに来たりしているようなタイプばかりに見えた。
 動物が放つ独特の匂いに負けず訪れているのは、ある程度この場所を愛している人だからだろう。
 そのおかげか、あまり黒い影は目に入ってこない。
 たまにあってもすごく薄くて、すぐ消える。
 人込みに隠れながら歩くわたしの耳に、前を行くふたり連れの声が飛び込んできた。

「狐塚、なにから見たい?」
「えっと……狐?」
「わかった」

 梨里ちゃんと豆田少年である。
 動物園をデート場所にしたらどうかと勧めたのは、わたしだ。
 ここはところどころにベンチや東屋があって、家族連れやカップルがお弁当を広げている。
 そう、家事男子である豆田少年の魅力を梨里ちゃんに伝えるのに最適な場所!
 梨里ちゃんが今以上に彼を好きになって、その魅力を語ったら、狐塚さんも諦めざるを得ないのではないかという、まあ猿知恵なのだけれど。
 わたしが来ているのは、もし万が一狐塚さんが出現したときを考えてだ。
 梨里ちゃんは秘密にしているはずなのだが、以前もふたりで映画に行こうとしたら、どこからともなく狐塚さんが現れたことがあるらしい。
 盗聴器とか……まさか、そこまでしないわよね……たぶん。
 言うほどシスコンじゃなさそうだし、ヤンデレってわけでもない、と思うし。
 でも狐塚さんにはあの影狐がついているので、油断はできない。
 影狐は狐塚さんに使役されているのではないはずなのに、なんとなく逆らえなさそうな雰囲気がある。
 聞かれたら、不思議な力で調べて教えちゃうんじゃないかしら。
 わたしがいたからといって、狐塚さんを止められるかどうかはまたべつの話だけど。
 思いながら、狐の獣舎を目指すふたりを追いかける。
 今日は不審者三点セットをつけていないので、梨里ちゃんが振り向いたらすぐ気づかれてしまう。気をつけなくちゃ。
 でも……今日の梨里ちゃんは全然黒い影を集めていない。
 それだけでもここを勧めて良かったな。

 ……動物園か、久しぶりだな。

 最近はさっぱりだが、幼いころはわたしもよく動物園に来た。
 当時も黒い影は少なかったように思う。
 黒い影が少ないだけじゃなくて──なにかが脳裏をよぎる。
 前のふたりは狐目当てに進んでいるので興味はなさそうだけれど、わたしはこの辺りの草食動物エリアに引きつけられてならなかった。
 懐かしくて落ち着いて、なんだか嬉しくて、だけど……あのころとはなにかが違う。

「兎々村さん?」

 どこか聞き覚えのある声に呼びかけられたのは、鹿の獣舎に違和感を覚えたときだった。
 違和感といっても、べつに鹿の代わりにアルパカが入っていたわけではない。

「……あ、えーっと」

 わたしは声の主を確認して、首を傾げた。
 声は覚えているものの、どうにも名前が出てこない。

「休学して、こんなところでなにをしているの? まさかおひとり?」
「うん、そうなの。あははー。……じゃあこれで」

 動物園に来るにしては派手な格好をして、全身にアクセサリーをつけた彼女の名前を思い出すまで待っていたら、梨里ちゃんたちを見失ってしまう。
 そもそも、全身がうっすらと黒い影に覆われているので顔がはっきりしないのだ。
 声だけでは思い出しようがなかった。
 触って消してもいいのだが、ここで体調を崩すわけにはいかないし、狐塚さんに禁じられてもいる。

「待ちなさいよ。まさかあなた、たった三ヶ月であたくしの顔を見忘れたんじゃないでしょうね?」

 見忘れたというか、見えません。
 ううん、うっすらとは見えている。
 影というより霧みたいな感じなのだ。
 だから服装や煌めくアクセサリーは透けて見えた。
 気にはなるけれど、命に別状があるほどのものではない、と思う。
 それにしても、ここでまで黒い影に包まれてるっていうことは、あんまり動物園が好きじゃないのかな。
 黒い影自体は周囲から押し寄せてきたのだとしても、本人が楽しい気分だったり心を許せる人と一緒にいたりすれば薄まるはず。
 この前の梨里ちゃんが集めてた濃い黒色の影ならともかく、こんなに薄いんだったら自然に消えていてもおかしくない。

「そ、そんなことはないよ?」
「ウソおっしゃい! まったく信じられない人ね。中等部からずっと同じクラスだったあたくしを忘れるだなんて! どうして美妃さまは、あなたみたいな人をお側に置いていらっしゃったのかしら。あなたと一緒にいるのがイヤになったから、留学なさったのではなくて?」

 ……ううう、このトゲのある口調には覚えがある。

 理事長の娘の美妃ちゃんは、その上美人で品行方正だったので凛星女学院の生徒たちの憧れの的だった。
 本当に、どうしてわたしなんかと仲良くしてくれたのかな。
 とはいえ美妃ちゃんは自立した女性なので、わたしの存在程度で留学を決めたりしない。
 どうしても学びたいことがあるからと、あまり有名でない外国の土地へ留学していったのだ。

「あら、いつものお顔になりましたのね。思い出しました? あたくしは……」
「鹿川望愛さん、ですね」

 そうそう鹿川さん!
 思い出したものの、彼女の名前を口にしたのはわたしではなかった。
 背後から聞こえてきたのは、柔らかくて澄んでいて、ほんのりと甘い声。
 シスコンかどうかはともかくとして、性格が悪いことは間違いない、わたしのお見合い相手の声だった。
 シスコンから改心しても、性格は変わらないんだろうなあ。

「……狐塚さん?」
「はい、お待たせしました、璃々さん。でも僕たちはおつき合いしているのですから、名前で呼んでくださいませんか?」
「え、あ、すみません、信吾さん」

 来るかもしれないと思ってはいましたが、本当に来てほしいと思って待ってたりしてはいませんでした。
 彼の頭上では、黒い影の狐が申し訳なさそうな顔をしていた。
 うん、間違いない。
 狐塚さんには盗聴器なんて必要ないんだわ。
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