愛は見えないものだから

豆狸

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最終話 愛は見えないものだから

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「愛しているよ、ジャンナ」

 学園で私の襲撃未遂が起こってしばらくして、ステファノ王太子殿下とロンゴ公爵令嬢ブルローネ様が学園から姿を消しました。
 それからおふたりの取り巻きも少しずついなくなっていきました。
 ステファノ殿下も襲撃未遂事件に関与していたのではないかという疑いは晴らされたのですが、ブルローネ様を止められなかったということで廃太子となりました。少し重過ぎる罰のような気がするのですけれど、国王陛下のご決定なのでどうしようもありません。

 ステファノ殿下に代わってヴィオーラ公爵令息のエリベルト様が国王陛下の養子となり、新しい王太子となりました。
 そして、出席者の少ない学園の卒業パーティで、エリベルト王太子殿下と私、フィオーレ侯爵令嬢ジャンナの婚約が公表されたのです。
 ……私とステファノ殿下との婚約は、殿下が廃太子となられる前に白紙撤回されていました。

 今日はエリベルト殿下が王都のフィオーレ侯爵邸へ遊びに来てくださっています。
 一緒に中庭でお茶を飲んでいたら、急に愛の言葉をおっしゃるので、私はびっくりして固まってしまいました。
 エリベルト殿下は妖精のような美貌にイタズラな笑みを浮かべます。

「あれ? 応えてくれないの? 迷惑だったかな?」
「い、いいえ。そんなことはありません。嬉しいです、ありがとうございます」
「喜んでもらえたみたいで良かった。……今だから言うけどね、本当は僕、ずっと君のことが好きだったんだ」
「え……」
「好きな子のためじゃなければ、図書館の外壁に張り付いて会話したりしないよ。普通に話しかけて君が変な誤解を受けるのは嫌だったからね、あれは苦肉の策だったんだ。あ、でも、ステファノと別れてしまえ、なんて思ってたわけじゃないよ」

 そこで、エリベルト殿下は悲し気にまつ毛を揺らしました。

「心から君とステファノが上手く行くように願って協力してた」
「はい、わかっています。私の力不足だったんです」
「そんなことないよ。君は頑張っていた。婚約者が常にほかの女性と一緒にいて、周囲には陰口を叩かれて、なにをやっても否定されるような状況で結果を出すのはとても難しいことだ」
「……気遣ってくださって、ありがとうございます。ですが私は……ステファノ殿下に愛していると告げることはありませんでした。婚約者になったのだから愛さなくてはいけない、愛そう、と思っていたものの、どうしても……」
「仕方がないよ。愛はふたりで育むものだからね。ステファノは……彼女ブルローネ嬢を愛していたんだ」

 エリベルト殿下はどこか遠くを見ているような表情になりました。

「愛は見えないものだし、正しいか間違っているかもわからない。だけど不貞は明らかに悪いことだ。彼女ブルローネ嬢を愛していたのなら、ステファノは君を傷つける以外の方法で愛を貫くべきだったんだ。彼女がなってしまったのは、ステファノとの不安定な関係のせいもあったんじゃないかな」

 貴族である以上政治的な事情からは逃げられません。
 エリベルト殿下と私の婚約だって、この国のために結ばれた政略的なものなのです。
 それでも……彼とならば愛をも手にすることが出来るのではないかと、私は夢見ているのです。

「失礼いたします。エリベルト王太子殿下、ジャンナお嬢様、旦那様がお戻りになりました」

 殿下とふたりで会話をしていたら、我が家の家令が当主の帰還を報告に来ました。

「フィオーレ侯爵が?」
「まあ、お父様が? 王宮でのお仕事は大丈夫なのかしら?」

 襲撃未遂事件からしばらくの間、お父様はお仕事を休んで私と過ごしてくださいました。
 上手く予定を組んで、学園の卒業パーティにも出席してくださいました。
 本当は卒業パーティのころに周辺国で問題が起こり、国王陛下が出向かなくてはいけないのではないかという話が出ていたのですが、エリベルト殿下が王太子として初の外遊をなさって、卒業パーティ前に解決してくださいました。もしエリベルト殿下が解決していてくださらなかったら陛下が国を離れ、お父様は王宮に釘付けになっていたことでしょう。

「それで、でございますが……」

 家令は言いにくそうに言葉を続けます。

「エリベルト王太子殿下を裏庭の訓練場での剣の勝負へお誘いでございます」

 私の背後で、侍女がぴくりと動きました。
 彼女はこれからもずっと私の侍女でいてくれるそうです。
 我が家は給金が良いので、彼女が支援している孤児院に多額の支援が出来るから、とのことです。その孤児院には、襲撃未遂事件のときに彼女が怒っていたような事例でこの世に生を受けた子ども達もいるそうです。

「わかった。訓練用の剣は向こうで用意してくれるのかな?」
「エ、エリベルト殿下! お父様は強いですよ」
「知ってる。侯爵はひとりでも王宮くらいは制圧出来ると思う」
「でしたら、あの、おやめになったほうが……」
「酷いな、ジャンナ。まさか僕が負けるとでも思っているの? 僕はもう小さな可愛い妖精さんじゃなくて、君を愛する婚約者なんだよ?」

 エリベルト殿下は立ち上がり、私の席へといらっしゃいました。
 そっと手を差し伸べて来ます。
 妖精さんと呼んでいたのと面と向かって話すことが少なかったせいで、私はずっと彼を小柄だと思っていました。でも実際の彼は私よりも背が高くて手も大きい、凛々しい男性だったのです。

「お手をどうぞ、愛しの婚約者殿。君の前で僕の強さを証明してみせるよ」
「……はい、エリベルト王太子殿下」

 私はエリベルト殿下に自分の手を預けて立ち上がりました。
 背後の侍女からウキウキとした感情が伝わってきます。
 彼女は武者修行時代のお父様と会ったことがあり、その強さに憧れているようなのです。

 私はまだエリベルト殿下に愛しているとは言えません。
 だけど愛は見えないものですから、いつかきっと自分の口から愛しているとお伝えするつもりです。
 彼を愛せるという予感がするのです。今はもう妖精さんではない私の婚約者を、いつかきっとだれよりも──
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