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第三話 彼女は悪魔に殺された
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魔導学園でアリスが奇行を見せてから半月後、私は王妃である母に呼び出された。
実母だが、昔から彼女との間には隔たりを感じていた。
おそらく王妃は私よりもアリスのほうを愛しているに違いない。
「あなたとジュベル公爵令嬢の婚約が解消されました」
「そうですか」
学園に入学してディアーブラと出会ってからずっと望んでいたことのはずなのに、不思議と心は踊らなかった。
あの日からアリスは学園にも来ていない。半年後の卒業パーティにも来ないのだろうか。
王都の公爵邸を訪ねたら、いつもの護衛騎士に追い返された。不敬の極みだが、家主であるジュベル公爵の命なら仕方がない。公爵に直接文句を言おうかとも思ったけれど、彼は多忙なようで機会が作れなかった。公爵令息で私の未来の側近でもあるダニエルの姿もあれから見ていない。
狂ったように泣き叫ぶアリスの姿を目にしてから、私はおかしい。
なんだか夢の中にでもいるかのように、すべてが虚ろに感じるのだ。
特にディアーブラと一緒にいるときにそれを感じる。ふたりで脚本通りのお芝居をしているかのような気分になるのだ。ディアーブラも違和感を覚えているようで、どうしてダニエルがいないのかと、酷く気にしていた。取り巻きの中で彼女が一番好きなのは彼なのかもしれない。
「アリスは悪夢を見たそうです。あなたと取り巻き達に拷問部屋に連れていかれて処刑される悪夢を」
「それが婚約解消の理由なのですか? そんな愚かな……」
「魔導学園に入学してからのあなたの非礼が理由のほうが納得できますか?」
「非礼だなどと……」
反論したいのに言葉が出てこない。
過去の自分の言動を思い出すと嫌な汗があふれてくる。婚約者であるアリスを無視して、私はなにをしていたのだろう。毎日ディアーブラと登下校して、昼食も彼女と摂り、夜会すらアリスとは出席していない。
それに、母が口にした『拷問部屋』という単語にも覚えがあった。アリスが泣き叫んだ日の昼食で、私はディアーブラに言ったのだ。
──あんな婚約者など処刑してしまいたい、と。
アリスにはなんの罪もないことは、私が一番よく知っている。婚約者が自分以外の異性と一緒にいることを責めるのは罪ではない。
だからこそ、彼女を罪に落とすには拷問による自白の強要が必要だ。
あのときディアーブラが『可哀相よ、やめてあげて』と言わなかったら、私はどうしていたのだろう。もちろんすぐに拷問することなど出来はしないが、卒業後、ジュベル公爵がなにかの用事で王国を離れているときなら?
ディアーブラの取り巻きにはアリスの義兄がいる。
公爵邸の人間も跡取りである令息の命には逆らえない。
私達は簡単にアリスを連れ出すことが出来る。……なにを考えているんだ、私は。そんなことする必要ないじゃないか。
「私のお姉様はね、悪魔に殺されたの」
突然母が語り出して、私は驚いた。
彼女が私に個人的な話をするのは珍しい。
我がことながら随分妙な親子関係だな、と心の中で自嘲する。
「悪魔ですか?」
「ええ。聖王猊下が正体を見破ってくださったけれど、そのときはもう遅かったわ。お姉様は激しい拷問の末に犯していない罪を自白して、処刑されてしまっていたの」
「母上? な、なんだかアリスの悪夢のような話ですね?」
「そうね。……ピンク色の髪の少女、婚約者のいる男性を取り巻きにして、彼らの婚約者を孤立させていく……二十年前の通りなのに、どうしてこんな状況になるまで私達は気づかなかったのかしら? これも悪魔の力なの?」
「ディアーブラが悪魔だとおっしゃるのですか? それは……」
母に言われるまでもなくわかっていた。
婚約者のいる男に纏わりつき、自分の取り巻きを増やしていく女は異常だ。まともではない。
貴族だとか平民だとかいう問題ではない。身分の上下に関わらず、決まった相手のいる異性にすり寄るのは間違ったことだ。どうして今までそれに気づかなかったのだろう。
「ジュベル公爵が苦心して、聖王猊下に我が国を訪問していただく約束を取り付けてくださったわ。養子に公爵家を譲渡する手続きをしながらだから大変だったでしょうに……それほど愛しい女性の忘れ形見が大切なのね」
「え? ダニエルが公爵家を継いだということですか? 公爵とアリスはどうなるのです?」
「公爵家が所有していた子爵の爵位をアリスに与えて、ふたりで子爵領へ行くようよ」
「アリスは子爵領に行くのですか……」
「会いに行っては駄目よ」
「どうしてですか? 婚約解消を申し出たのは向こうのほうだ。拷問だの処刑だのは悪夢の話でしょう? 私はなにも罪を……」
「犯してないと言えるの?」
「うっ……」
私は口籠った。
「ただの悪夢に過ぎなくても、忘れられないのなら本当の過去と同じよ。アリスにはもうなんの責任もない。あなたを愛するという約束も、あなたの乱行を聞いた時点で反故にしてもいいと私が伝えたしね」
「私を愛するという約束?」
実母だが、昔から彼女との間には隔たりを感じていた。
おそらく王妃は私よりもアリスのほうを愛しているに違いない。
「あなたとジュベル公爵令嬢の婚約が解消されました」
「そうですか」
学園に入学してディアーブラと出会ってからずっと望んでいたことのはずなのに、不思議と心は踊らなかった。
あの日からアリスは学園にも来ていない。半年後の卒業パーティにも来ないのだろうか。
王都の公爵邸を訪ねたら、いつもの護衛騎士に追い返された。不敬の極みだが、家主であるジュベル公爵の命なら仕方がない。公爵に直接文句を言おうかとも思ったけれど、彼は多忙なようで機会が作れなかった。公爵令息で私の未来の側近でもあるダニエルの姿もあれから見ていない。
狂ったように泣き叫ぶアリスの姿を目にしてから、私はおかしい。
なんだか夢の中にでもいるかのように、すべてが虚ろに感じるのだ。
特にディアーブラと一緒にいるときにそれを感じる。ふたりで脚本通りのお芝居をしているかのような気分になるのだ。ディアーブラも違和感を覚えているようで、どうしてダニエルがいないのかと、酷く気にしていた。取り巻きの中で彼女が一番好きなのは彼なのかもしれない。
「アリスは悪夢を見たそうです。あなたと取り巻き達に拷問部屋に連れていかれて処刑される悪夢を」
「それが婚約解消の理由なのですか? そんな愚かな……」
「魔導学園に入学してからのあなたの非礼が理由のほうが納得できますか?」
「非礼だなどと……」
反論したいのに言葉が出てこない。
過去の自分の言動を思い出すと嫌な汗があふれてくる。婚約者であるアリスを無視して、私はなにをしていたのだろう。毎日ディアーブラと登下校して、昼食も彼女と摂り、夜会すらアリスとは出席していない。
それに、母が口にした『拷問部屋』という単語にも覚えがあった。アリスが泣き叫んだ日の昼食で、私はディアーブラに言ったのだ。
──あんな婚約者など処刑してしまいたい、と。
アリスにはなんの罪もないことは、私が一番よく知っている。婚約者が自分以外の異性と一緒にいることを責めるのは罪ではない。
だからこそ、彼女を罪に落とすには拷問による自白の強要が必要だ。
あのときディアーブラが『可哀相よ、やめてあげて』と言わなかったら、私はどうしていたのだろう。もちろんすぐに拷問することなど出来はしないが、卒業後、ジュベル公爵がなにかの用事で王国を離れているときなら?
ディアーブラの取り巻きにはアリスの義兄がいる。
公爵邸の人間も跡取りである令息の命には逆らえない。
私達は簡単にアリスを連れ出すことが出来る。……なにを考えているんだ、私は。そんなことする必要ないじゃないか。
「私のお姉様はね、悪魔に殺されたの」
突然母が語り出して、私は驚いた。
彼女が私に個人的な話をするのは珍しい。
我がことながら随分妙な親子関係だな、と心の中で自嘲する。
「悪魔ですか?」
「ええ。聖王猊下が正体を見破ってくださったけれど、そのときはもう遅かったわ。お姉様は激しい拷問の末に犯していない罪を自白して、処刑されてしまっていたの」
「母上? な、なんだかアリスの悪夢のような話ですね?」
「そうね。……ピンク色の髪の少女、婚約者のいる男性を取り巻きにして、彼らの婚約者を孤立させていく……二十年前の通りなのに、どうしてこんな状況になるまで私達は気づかなかったのかしら? これも悪魔の力なの?」
「ディアーブラが悪魔だとおっしゃるのですか? それは……」
母に言われるまでもなくわかっていた。
婚約者のいる男に纏わりつき、自分の取り巻きを増やしていく女は異常だ。まともではない。
貴族だとか平民だとかいう問題ではない。身分の上下に関わらず、決まった相手のいる異性にすり寄るのは間違ったことだ。どうして今までそれに気づかなかったのだろう。
「ジュベル公爵が苦心して、聖王猊下に我が国を訪問していただく約束を取り付けてくださったわ。養子に公爵家を譲渡する手続きをしながらだから大変だったでしょうに……それほど愛しい女性の忘れ形見が大切なのね」
「え? ダニエルが公爵家を継いだということですか? 公爵とアリスはどうなるのです?」
「公爵家が所有していた子爵の爵位をアリスに与えて、ふたりで子爵領へ行くようよ」
「アリスは子爵領に行くのですか……」
「会いに行っては駄目よ」
「どうしてですか? 婚約解消を申し出たのは向こうのほうだ。拷問だの処刑だのは悪夢の話でしょう? 私はなにも罪を……」
「犯してないと言えるの?」
「うっ……」
私は口籠った。
「ただの悪夢に過ぎなくても、忘れられないのなら本当の過去と同じよ。アリスにはもうなんの責任もない。あなたを愛するという約束も、あなたの乱行を聞いた時点で反故にしてもいいと私が伝えたしね」
「私を愛するという約束?」
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