4 / 9
第四話 三年後
しおりを挟む
「セパラシオン」
王都のヴァンサン侯爵邸で、セパラシオンは当主である父に名前を呼ばれた。
「なんでしょう、父上」
「お前が結婚して三年が経つ」
「……はい」
「お前がジャンヌ嬢からの婚約解消を拒んだときは愚行を反省して彼女に償うつもりなのかと喜んだが、そうではなかったのだな。この三年間、ジャンヌ嬢を侯爵領に閉じ込めて社交にも出さず、自分は王都に留まっていた。侯爵領の館へ戻っても同じ部屋で過ごすどころか言葉も交わさず……もう彼女を解放してあげろ」
セパラシオンは父を睨みつけた。
「三年間の白い結婚での離縁が出来るとでも思ってるのですか? 無理ですよ、彼女は伯爵邸に男を引き込んで遊んでいたんですから。まあ身持ちの悪さを理由に離縁することは出来るかもしれませんけどね」
「お前は……」
ヴァンサン侯爵は息子の言葉に溜息を漏らす。
「そんな事実はなかったと教えただろう?」
「父上は彼女に騙されているのです」
「ジャンヌ嬢はそんな令嬢ではない。お前があのデロベとかいう女に惑わされているのだ」
「愛人の娘だということはデロベの罪ではありません」
セパラシオンはデロベのことで責められると、いつもそう言って話を混ぜ返す。
侯爵は舌打ちを漏らしかけた。
貴族のすることではない、と思って舌打ちを飲み込んで話を続ける。
「ああ、そうだな。確かにそれはあの女の罪ではない。婚約者のいる男と不貞をした浮気女になったのも、あの女の罪ではなくお前の罪なのだろうよ」
「父上と母上がデロベとの結婚を許してくれれば、彼女を日陰の身に落とすようなことにはなりませんでした」
「跡取りから外されて平民になっても愛を貫きたいのなら好きにしろ、と言ったぞ」
「……愛人の娘として苦労して育ったデロベに少しでも楽な暮らしをさせてやりたかったのです」
「愛人の娘だからといって責めるなと言い、愛人の娘だから楽をさせてやりたいと言い、愛人の娘というのは随分と都合の良い立場のようだな」
「……」
とにかく、と侯爵は話を戻す。
「ジャンヌ嬢と離縁するんだ。学園を卒業したトマ殿が正式にユタン伯爵家の当主となった。もうあの夫婦がジャンヌ嬢に危害を加えることは出来ない」
先代ユタン伯爵の婿養子とその愛人は、ジャンヌの結婚とともに王都の伯爵邸から追い出されていた。彼らの息のかかった使用人達もだ。
今はトマが伯爵邸で、先代伯爵の死後に入れ替えられる前の使用人達を呼び戻して暮らしている。
セパラシオンが王都に留まっていたのはデロベの両親のためでもあった。
「デロベはジャンヌに殺されたのです。デロベのご両親がジャンヌを恨むのは当たり前のことです」
「そんな事実はない。……お前はあのふたりに生活費を与えていたようだな」
「愛した女性の両親なのだから当然です。伯爵家のために人生を捧げてきた人間をゴミのように放り出すトマ殿のほうが間違っています」
「愛人を作って妻と娘を苦しめるのが伯爵家のために人生を捧げるということなのか?」
「……愛してしまったのだから、どうしようもなかったのだと思います」
「先代伯爵と離縁して愛人親娘と三人で暮らすという道はなかったのか? 先代伯爵が亡くなられたのは、あの男との離縁の準備をしているときだった。慰問に訪れた下町の孤児院で、護衛から少し離れた隙に殺された」
「彼らを疑っているのですか?」
「疑わずにはいられないだろう」
ヴァンサン侯爵は、とにかく、と繰り返した。
「侯爵領へ戻ってジャンヌ嬢と離縁するんだ。その後は好きにすれば良い」
セパラシオンは頭を下げた。納得して首肯したのか納得出来ずに俯いただけなのかは、きっと本人にもわからない。
王都のヴァンサン侯爵邸で、セパラシオンは当主である父に名前を呼ばれた。
「なんでしょう、父上」
「お前が結婚して三年が経つ」
「……はい」
「お前がジャンヌ嬢からの婚約解消を拒んだときは愚行を反省して彼女に償うつもりなのかと喜んだが、そうではなかったのだな。この三年間、ジャンヌ嬢を侯爵領に閉じ込めて社交にも出さず、自分は王都に留まっていた。侯爵領の館へ戻っても同じ部屋で過ごすどころか言葉も交わさず……もう彼女を解放してあげろ」
セパラシオンは父を睨みつけた。
「三年間の白い結婚での離縁が出来るとでも思ってるのですか? 無理ですよ、彼女は伯爵邸に男を引き込んで遊んでいたんですから。まあ身持ちの悪さを理由に離縁することは出来るかもしれませんけどね」
「お前は……」
ヴァンサン侯爵は息子の言葉に溜息を漏らす。
「そんな事実はなかったと教えただろう?」
「父上は彼女に騙されているのです」
「ジャンヌ嬢はそんな令嬢ではない。お前があのデロベとかいう女に惑わされているのだ」
「愛人の娘だということはデロベの罪ではありません」
セパラシオンはデロベのことで責められると、いつもそう言って話を混ぜ返す。
侯爵は舌打ちを漏らしかけた。
貴族のすることではない、と思って舌打ちを飲み込んで話を続ける。
「ああ、そうだな。確かにそれはあの女の罪ではない。婚約者のいる男と不貞をした浮気女になったのも、あの女の罪ではなくお前の罪なのだろうよ」
「父上と母上がデロベとの結婚を許してくれれば、彼女を日陰の身に落とすようなことにはなりませんでした」
「跡取りから外されて平民になっても愛を貫きたいのなら好きにしろ、と言ったぞ」
「……愛人の娘として苦労して育ったデロベに少しでも楽な暮らしをさせてやりたかったのです」
「愛人の娘だからといって責めるなと言い、愛人の娘だから楽をさせてやりたいと言い、愛人の娘というのは随分と都合の良い立場のようだな」
「……」
とにかく、と侯爵は話を戻す。
「ジャンヌ嬢と離縁するんだ。学園を卒業したトマ殿が正式にユタン伯爵家の当主となった。もうあの夫婦がジャンヌ嬢に危害を加えることは出来ない」
先代ユタン伯爵の婿養子とその愛人は、ジャンヌの結婚とともに王都の伯爵邸から追い出されていた。彼らの息のかかった使用人達もだ。
今はトマが伯爵邸で、先代伯爵の死後に入れ替えられる前の使用人達を呼び戻して暮らしている。
セパラシオンが王都に留まっていたのはデロベの両親のためでもあった。
「デロベはジャンヌに殺されたのです。デロベのご両親がジャンヌを恨むのは当たり前のことです」
「そんな事実はない。……お前はあのふたりに生活費を与えていたようだな」
「愛した女性の両親なのだから当然です。伯爵家のために人生を捧げてきた人間をゴミのように放り出すトマ殿のほうが間違っています」
「愛人を作って妻と娘を苦しめるのが伯爵家のために人生を捧げるということなのか?」
「……愛してしまったのだから、どうしようもなかったのだと思います」
「先代伯爵と離縁して愛人親娘と三人で暮らすという道はなかったのか? 先代伯爵が亡くなられたのは、あの男との離縁の準備をしているときだった。慰問に訪れた下町の孤児院で、護衛から少し離れた隙に殺された」
「彼らを疑っているのですか?」
「疑わずにはいられないだろう」
ヴァンサン侯爵は、とにかく、と繰り返した。
「侯爵領へ戻ってジャンヌ嬢と離縁するんだ。その後は好きにすれば良い」
セパラシオンは頭を下げた。納得して首肯したのか納得出来ずに俯いただけなのかは、きっと本人にもわからない。
363
お気に入りに追加
1,683
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・
月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。
けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。
謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、
「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」
謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。
それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね――――
昨日、式を挙げた。
なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。
初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、
「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」
という声が聞こえた。
やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・
「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。
なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。
愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。
シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。
設定はふわっと。
誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。
salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。
6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。
*なろう・pixivにも掲載しています。
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。
【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
婚約破棄イベントが壊れた!
秋月一花
恋愛
学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。
――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!
……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない!
「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」
おかしい、おかしい。絶対におかしい!
国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん!
2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。
彼女の微笑み
豆狸
恋愛
それでも、どんなに美しいとしても、私は彼女のように邪心のない清らかな微笑みを浮かべるよりも、穢れて苦しんで傷ついてあがいて生きることを選びます。
私以外のだれかを愛しながら──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる