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第一話 貴方が呼ぶ名前
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「愛しているよ、デロベ。学園を卒業したら私の妻となって欲しい」
ユタン伯爵家の裏庭で、令嬢である私の婚約者セパラシオン様が呼びかけているのは私ではありません。
「嬉しいわ、セパラシオン。でもお父さん達に反対されているんでしょう? アナタが侯爵になれなかったりしたら……」
「大丈夫だ。あの女と結婚しさえすれば両親は私を跡継ぎから外さない。最初は王都に囲う妾という立場に甘んじてもらわなければならないが、すぐにあの女を始末して君を迎えに来るよ」
「まあ! 本気なのね、セパラシオン」
「父と母は幸せというものを勘違いしているんだ。いくら伯爵家の正当な血筋でも、あんな薄汚い髪の醜い女と結婚して幸せになれるものか。私の幸せは君の黄金の髪と同じように光り輝いているんだ」
「確かにそうよね。それにあの女はセパラシオン以外の男を家に引き込む淫売だもの」
私は音を立てないようにその場を離れました。
自分の家の自分に与えられた花壇で園芸を楽しんでいて、なぜあんな会話を聞かせられなければならないのでしょう。
わかっています。デロベがセパラシオン様をここへ誘導したのです。
ユタン伯爵だった母が亡くなった三年前、婿養子だった父が王都の伯爵邸へ連れ込んだ私の異母妹デロベは光り輝く黄金の髪を持つ美しい少女でした。
美しいだけでなく悪知恵も働き、甘い声で思い通りに他人を操るのもお手の物です。
彼女と一緒に伯爵邸へやって来た母親に似たのでしょう。だからといって、私と同い年の異母妹を作った父を騙されただけの犠牲者だとは思いませんが。
先ほどの会話は殺人計画です。
さすがにセパラシオン様を非難しようと思わないでもなかったのですけれど、あそこで姿を見せれば、いつものように盗み聞きをする卑しい人間だと罵られるだけでしょう。
ご自分がデロベの言うままに私のいるところへ連れて来られて彼女と睦み合っているだなんて、セパラシオン様は考えもしないのです。
いいえ、デロベには彼女の両親と、私の母の死後に入れ替えられた使用人達という味方もいます。
伯爵邸へ男性を連れ込んで遊んでいると噂されている私の言葉など、もうセパラシオン様の耳には入らないのです。
私の言葉どころか、セパラシオン様はヴァンサン侯爵夫妻であるご両親のお言葉も聞こうとしません。小母様が彼とデロベの関係に心を痛めて寝込んでいることも私のせいだと思っていらっしゃるくらいなのですもの。
『ジャンヌ』
昔の彼は私の名前を呼んでくれていました。
デロベとはまるで違う、私の黒髪を艶やかで綺麗だと言ってくれました。
まだ婚約をする前は、ともに次代の当主となるために頑張って行こうと約束してくれました。婚約をしてからは、ヴァンサン侯爵家だけではなく私の実家のユタン伯爵家の繁栄のためにも励んでいこうと誓ってくれました。
『ジャンヌ、大好きだよ。婚約者になってくれてありがとう』
生前の母を説得して、たったひとりの跡取りだった私がセパラシオン様の婚約者になったのは間違いだったのでしょうか。
私の名前を呼ぶセパラシオン様の声の記憶は甲高いものだけです。
彼の声変わりは母が亡くなる前に終わっていたはずなのに、低い声が優しく呼んでいる名前はデロベのものしか思い出せません。
「……っ」
彼らから離れたところへ辿り着き、私が涙を飲み込んだときでした。
「どうしたの、ジャンヌ」
ユタン伯爵家の裏庭で、令嬢である私の婚約者セパラシオン様が呼びかけているのは私ではありません。
「嬉しいわ、セパラシオン。でもお父さん達に反対されているんでしょう? アナタが侯爵になれなかったりしたら……」
「大丈夫だ。あの女と結婚しさえすれば両親は私を跡継ぎから外さない。最初は王都に囲う妾という立場に甘んじてもらわなければならないが、すぐにあの女を始末して君を迎えに来るよ」
「まあ! 本気なのね、セパラシオン」
「父と母は幸せというものを勘違いしているんだ。いくら伯爵家の正当な血筋でも、あんな薄汚い髪の醜い女と結婚して幸せになれるものか。私の幸せは君の黄金の髪と同じように光り輝いているんだ」
「確かにそうよね。それにあの女はセパラシオン以外の男を家に引き込む淫売だもの」
私は音を立てないようにその場を離れました。
自分の家の自分に与えられた花壇で園芸を楽しんでいて、なぜあんな会話を聞かせられなければならないのでしょう。
わかっています。デロベがセパラシオン様をここへ誘導したのです。
ユタン伯爵だった母が亡くなった三年前、婿養子だった父が王都の伯爵邸へ連れ込んだ私の異母妹デロベは光り輝く黄金の髪を持つ美しい少女でした。
美しいだけでなく悪知恵も働き、甘い声で思い通りに他人を操るのもお手の物です。
彼女と一緒に伯爵邸へやって来た母親に似たのでしょう。だからといって、私と同い年の異母妹を作った父を騙されただけの犠牲者だとは思いませんが。
先ほどの会話は殺人計画です。
さすがにセパラシオン様を非難しようと思わないでもなかったのですけれど、あそこで姿を見せれば、いつものように盗み聞きをする卑しい人間だと罵られるだけでしょう。
ご自分がデロベの言うままに私のいるところへ連れて来られて彼女と睦み合っているだなんて、セパラシオン様は考えもしないのです。
いいえ、デロベには彼女の両親と、私の母の死後に入れ替えられた使用人達という味方もいます。
伯爵邸へ男性を連れ込んで遊んでいると噂されている私の言葉など、もうセパラシオン様の耳には入らないのです。
私の言葉どころか、セパラシオン様はヴァンサン侯爵夫妻であるご両親のお言葉も聞こうとしません。小母様が彼とデロベの関係に心を痛めて寝込んでいることも私のせいだと思っていらっしゃるくらいなのですもの。
『ジャンヌ』
昔の彼は私の名前を呼んでくれていました。
デロベとはまるで違う、私の黒髪を艶やかで綺麗だと言ってくれました。
まだ婚約をする前は、ともに次代の当主となるために頑張って行こうと約束してくれました。婚約をしてからは、ヴァンサン侯爵家だけではなく私の実家のユタン伯爵家の繁栄のためにも励んでいこうと誓ってくれました。
『ジャンヌ、大好きだよ。婚約者になってくれてありがとう』
生前の母を説得して、たったひとりの跡取りだった私がセパラシオン様の婚約者になったのは間違いだったのでしょうか。
私の名前を呼ぶセパラシオン様の声の記憶は甲高いものだけです。
彼の声変わりは母が亡くなる前に終わっていたはずなのに、低い声が優しく呼んでいる名前はデロベのものしか思い出せません。
「……っ」
彼らから離れたところへ辿り着き、私が涙を飲み込んだときでした。
「どうしたの、ジャンヌ」
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