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第三話 覚えていない人
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夢の中、目の前には真っ赤な髪の美しい女性がいました。
顔立ちなどは少しも似ていないのですが、大人の女性の包容力のようなものが漂っていて、どこかお母様を思い出すものがあります。
魔獣の大暴走に対抗することを考えて、厳つい砦をそのまま大きくしたようなディアマンテ辺境伯領の屋敷とは違う、優雅な装飾が施された建物の一室で赤毛の女性はおっしゃいました。
「ごめんなさいね。……でも大丈夫。あの子は貴女が好きなのよ。もちろん政治的な思惑がないとは言えないわ。だけどあの子が貴女を好きになったから、貴女を欲しいと望んだから婚約を結んだの。私からも言っておくから、あの子を見捨てないでやってね」
この前の夢と同じ彼女、私とそっくりな黒い髪に紫の瞳の少女が力無く微笑みます。
鏡がなくても姿がわかるのは夢の中だから、ではなく赤毛の美女の瞳にこちらの姿が映っているからです。
「わかりました、王妃様」
この赤毛の美女は王妃様だったようです。
おかしい、と感じます。私はディアマンテ辺境伯家の娘なのです。そうでなくても学園に入学してすぐに王宮で開かれる夜会で王家の方々のお顔は拝見するはずです。下位貴族の子女だと、それが最初で最後のお目通りになることもあります。
どうして私は王妃様のお顔を覚えていないのでしょう。
王妃様のお顔を覚えていない理由は不明ですが、夢の中の彼女が力無く微笑んだ理由はわかります。
『あの子は貴女が好きなのよ』
その言葉は、自他ともに愛されていると明白な人間にかけるものではありません。
もしかしたら好かれてはいないのではないか、そう思われるような対応をされている人間にかけるものです。
王妃様のお言葉だとしても、本人の言葉でない以上本当かどうかもわかりません。いいえ、本人の言葉だって真実かどうかはわからないのです。
この夢にしても、私にそっくりな彼女にしても──
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「フェデリーカ様は嘘をついてはいません。真実を語っていらっしゃいます。フェデリーカ様は、本当にリッカルド様のことも妃教育のことも覚えていらっしゃいません」
そう言われたのは、光の女神様を祭る王都の神殿でのことでした。
光の女神様の加護を受けた初代の聖女様が遺したという、聖なる水晶に手を当てた金髪の少女が言ったのです。
彼女は百年ぶりに現れた光属性の魔力を持つ聖女様だそうです。光属性の魔力を持つ人間は女神様の御力が宿った神具や歴代の聖女様が遺した聖具を扱うことが出来るので、神殿では重宝されています。もちろん嘘を見抜く聖なる水晶も聖具のひとつです。
一緒に神殿へ来ていた赤毛の美女、王妃様が私を抱き締めておっしゃいます。
「……フェデリーカ。貴女がそんなに苦しんでいたなんて……」
「妃殿下のせいではありませんわ。……というか、どうしてなのか自分でもわかりませんし」
私が首を傾げると、王妃様はちらりと後ろに目をやりました。
そこには彼女より鮮やかな赤毛を持つ青年が立っています。王太子のリッカルド殿下です。同い年で、お互いが十二歳のときから私の婚約者らしいのですけれど、一切記憶がありません。
赤い髪は炎属性の魔力が強いことを表しています。炎属性は風属性よりも有効範囲が狭いのと延焼の危険があるのが欠点ですが、威力が強く魔力量もそれなりのことが多いので対魔獣魔導としては最高のものだと言われています。
赤毛の青年は低い声で、ぼそりと呟くように発言します。
「……だろうな」
顔立ちなどは少しも似ていないのですが、大人の女性の包容力のようなものが漂っていて、どこかお母様を思い出すものがあります。
魔獣の大暴走に対抗することを考えて、厳つい砦をそのまま大きくしたようなディアマンテ辺境伯領の屋敷とは違う、優雅な装飾が施された建物の一室で赤毛の女性はおっしゃいました。
「ごめんなさいね。……でも大丈夫。あの子は貴女が好きなのよ。もちろん政治的な思惑がないとは言えないわ。だけどあの子が貴女を好きになったから、貴女を欲しいと望んだから婚約を結んだの。私からも言っておくから、あの子を見捨てないでやってね」
この前の夢と同じ彼女、私とそっくりな黒い髪に紫の瞳の少女が力無く微笑みます。
鏡がなくても姿がわかるのは夢の中だから、ではなく赤毛の美女の瞳にこちらの姿が映っているからです。
「わかりました、王妃様」
この赤毛の美女は王妃様だったようです。
おかしい、と感じます。私はディアマンテ辺境伯家の娘なのです。そうでなくても学園に入学してすぐに王宮で開かれる夜会で王家の方々のお顔は拝見するはずです。下位貴族の子女だと、それが最初で最後のお目通りになることもあります。
どうして私は王妃様のお顔を覚えていないのでしょう。
王妃様のお顔を覚えていない理由は不明ですが、夢の中の彼女が力無く微笑んだ理由はわかります。
『あの子は貴女が好きなのよ』
その言葉は、自他ともに愛されていると明白な人間にかけるものではありません。
もしかしたら好かれてはいないのではないか、そう思われるような対応をされている人間にかけるものです。
王妃様のお言葉だとしても、本人の言葉でない以上本当かどうかもわかりません。いいえ、本人の言葉だって真実かどうかはわからないのです。
この夢にしても、私にそっくりな彼女にしても──
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「フェデリーカ様は嘘をついてはいません。真実を語っていらっしゃいます。フェデリーカ様は、本当にリッカルド様のことも妃教育のことも覚えていらっしゃいません」
そう言われたのは、光の女神様を祭る王都の神殿でのことでした。
光の女神様の加護を受けた初代の聖女様が遺したという、聖なる水晶に手を当てた金髪の少女が言ったのです。
彼女は百年ぶりに現れた光属性の魔力を持つ聖女様だそうです。光属性の魔力を持つ人間は女神様の御力が宿った神具や歴代の聖女様が遺した聖具を扱うことが出来るので、神殿では重宝されています。もちろん嘘を見抜く聖なる水晶も聖具のひとつです。
一緒に神殿へ来ていた赤毛の美女、王妃様が私を抱き締めておっしゃいます。
「……フェデリーカ。貴女がそんなに苦しんでいたなんて……」
「妃殿下のせいではありませんわ。……というか、どうしてなのか自分でもわかりませんし」
私が首を傾げると、王妃様はちらりと後ろに目をやりました。
そこには彼女より鮮やかな赤毛を持つ青年が立っています。王太子のリッカルド殿下です。同い年で、お互いが十二歳のときから私の婚約者らしいのですけれど、一切記憶がありません。
赤い髪は炎属性の魔力が強いことを表しています。炎属性は風属性よりも有効範囲が狭いのと延焼の危険があるのが欠点ですが、威力が強く魔力量もそれなりのことが多いので対魔獣魔導としては最高のものだと言われています。
赤毛の青年は低い声で、ぼそりと呟くように発言します。
「……だろうな」
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