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第一話 女神の恩恵(ギフト)
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この国では、ときどき女神の恩恵を受けた人間が生まれた。
クルス辺境伯令嬢である私もそのひとり。
与えられた恩恵は、他者の運命の人がわかるというもの。普通に顔を合わせただけではわからないが、目を凝らすと相手の運命の人がだれなのかがはっきりわかった。
運命の好敵手。
運命の主従。
運命の師弟──
そんな中、一番多い運命の人は恋愛に関するものだった。
クルス辺境伯家の当主夫妻である両親も、跡取りである兄とその婚約者も互いが互いの運命の人だ。仲睦まじい様子に、私もいつかは運命の人と巡り会い恋に落ちるのだと胸を膨らませていた。
この国の王太子であるカルロス殿下と出会ったのは、彼と私が六歳のときだ。
残念ながら、彼は私の運命の人ではなかった。
それどころか私に運命の人はいなかった。自分のことだからわからないのか、鏡越しだからわからないのかはわからない。
だけど私は殿下に恋をした。銀の髪に青い瞳、猫のようにしなやかな体躯──彼はそこに存在しているだけで光り輝いて見えた。
彼の運命の人もわかっていたけれど、諦めることは出来なかった。
恩恵でわかった彼の運命の人の名前は社交界では聞いたこともないものだったし、私はもう恋の虜になっていたからだ。ずっと側にいれば、彼のことを思いやり尽くしていれば、いつかは愛されるのではないかと思ってしまった。
実際、運命の人同士でなくても幸せに暮らしている恋人や夫婦もいたし。
父は乗り気ではなかったようだが、国王と当時はまだ存命だった先代国王からの猛烈な懇願があって、我が家はこの婚約を受け入れた。先代国王は亡き祖父の親友で、旅の傭兵に過ぎなかった父を母の婿養子として迎え入れることに尽力してくれた恩人だったので、強く拒絶できなかったのもある。
私の恩恵のことは家族以外知らない。
運命の人がわかってもなんの利もない。むしろ災いを引き寄せるだけだからだ。
以前はそう言われて不満に思っていたけれど、今となっては納得できた。婚約者である王太子殿下の運命の人が私でないなんて知りたくはなかった。ほかの人もそうではないだろうか。
時は静かに、だけど確実に流れていった。
運命の人と出会ってもこれまでの恋人や配偶者を大切にする人々を目にして、私は王太子殿下との未来に希望を抱いていった。そもそも私のように運命の人がいない人間も多かった。
私は王妃教育に励み、運命の人でなくても彼の隣に立つのに相応しい人間として認められるよう努力を続けた。──運命の人と出会ったことで、これまでの恋人や配偶者を捨てる人々の姿に、いつも不安を感じながら。
同い年の王太子殿下と私は、十五歳のとき貴族の子女が通う学園に入学した。
そして、彼は彼女と出会った。
彼の運命の人、六歳のときから名前だけは知っていたデホタという少女だ。彼女はある男爵家の庶子で、正妻の死をきっかけに父親に引き取られたのだという。
私はあがいた。精いっぱいあがいた。
これまで以上に努力を続け、婚約を盾にふたりの仲を引き裂こうとした。
でも無理だった。むしろ私の妨害を刺激と受け止めて、王太子殿下と男爵令嬢の仲は急速に深まっていった。だれがどう見ても、邪魔者は私のほうだった。
三年制の学園の最終学年の始まりに、私は王太子殿下を諦めることを決めた。
女神に恩恵を与えられたくせに、女神の決めた運命の人から殿下を奪おうなんて不遜の極みだったのだ。
だけど──だけど、ならどうして、私達の婚約が結ばれたときに女神は教えてくれなかったのだろう。王太子殿下には運命の人がいて、それはクルス辺境伯令嬢ではないと。
「酷いです、女神様……」
王太子殿下を諦めると決意表明しに行った神殿で、私は女神を責めた。
もちろんなんの言葉も返っては来ない。
私が持っているのは女神の声を聞く天啓の恩恵ではなかったのだから。
天罰も下らなかった。
胸にぽっかり穴が開いたようなこんな気持ちを抱えて生きていくくらいなら、召されたほうがマシだったのにと思いながら私は神殿を出た。
クルス辺境伯令嬢である私もそのひとり。
与えられた恩恵は、他者の運命の人がわかるというもの。普通に顔を合わせただけではわからないが、目を凝らすと相手の運命の人がだれなのかがはっきりわかった。
運命の好敵手。
運命の主従。
運命の師弟──
そんな中、一番多い運命の人は恋愛に関するものだった。
クルス辺境伯家の当主夫妻である両親も、跡取りである兄とその婚約者も互いが互いの運命の人だ。仲睦まじい様子に、私もいつかは運命の人と巡り会い恋に落ちるのだと胸を膨らませていた。
この国の王太子であるカルロス殿下と出会ったのは、彼と私が六歳のときだ。
残念ながら、彼は私の運命の人ではなかった。
それどころか私に運命の人はいなかった。自分のことだからわからないのか、鏡越しだからわからないのかはわからない。
だけど私は殿下に恋をした。銀の髪に青い瞳、猫のようにしなやかな体躯──彼はそこに存在しているだけで光り輝いて見えた。
彼の運命の人もわかっていたけれど、諦めることは出来なかった。
恩恵でわかった彼の運命の人の名前は社交界では聞いたこともないものだったし、私はもう恋の虜になっていたからだ。ずっと側にいれば、彼のことを思いやり尽くしていれば、いつかは愛されるのではないかと思ってしまった。
実際、運命の人同士でなくても幸せに暮らしている恋人や夫婦もいたし。
父は乗り気ではなかったようだが、国王と当時はまだ存命だった先代国王からの猛烈な懇願があって、我が家はこの婚約を受け入れた。先代国王は亡き祖父の親友で、旅の傭兵に過ぎなかった父を母の婿養子として迎え入れることに尽力してくれた恩人だったので、強く拒絶できなかったのもある。
私の恩恵のことは家族以外知らない。
運命の人がわかってもなんの利もない。むしろ災いを引き寄せるだけだからだ。
以前はそう言われて不満に思っていたけれど、今となっては納得できた。婚約者である王太子殿下の運命の人が私でないなんて知りたくはなかった。ほかの人もそうではないだろうか。
時は静かに、だけど確実に流れていった。
運命の人と出会ってもこれまでの恋人や配偶者を大切にする人々を目にして、私は王太子殿下との未来に希望を抱いていった。そもそも私のように運命の人がいない人間も多かった。
私は王妃教育に励み、運命の人でなくても彼の隣に立つのに相応しい人間として認められるよう努力を続けた。──運命の人と出会ったことで、これまでの恋人や配偶者を捨てる人々の姿に、いつも不安を感じながら。
同い年の王太子殿下と私は、十五歳のとき貴族の子女が通う学園に入学した。
そして、彼は彼女と出会った。
彼の運命の人、六歳のときから名前だけは知っていたデホタという少女だ。彼女はある男爵家の庶子で、正妻の死をきっかけに父親に引き取られたのだという。
私はあがいた。精いっぱいあがいた。
これまで以上に努力を続け、婚約を盾にふたりの仲を引き裂こうとした。
でも無理だった。むしろ私の妨害を刺激と受け止めて、王太子殿下と男爵令嬢の仲は急速に深まっていった。だれがどう見ても、邪魔者は私のほうだった。
三年制の学園の最終学年の始まりに、私は王太子殿下を諦めることを決めた。
女神に恩恵を与えられたくせに、女神の決めた運命の人から殿下を奪おうなんて不遜の極みだったのだ。
だけど──だけど、ならどうして、私達の婚約が結ばれたときに女神は教えてくれなかったのだろう。王太子殿下には運命の人がいて、それはクルス辺境伯令嬢ではないと。
「酷いです、女神様……」
王太子殿下を諦めると決意表明しに行った神殿で、私は女神を責めた。
もちろんなんの言葉も返っては来ない。
私が持っているのは女神の声を聞く天啓の恩恵ではなかったのだから。
天罰も下らなかった。
胸にぽっかり穴が開いたようなこんな気持ちを抱えて生きていくくらいなら、召されたほうがマシだったのにと思いながら私は神殿を出た。
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