泥かぶり治癒師奮闘記

砂城

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銅二十一小隊

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 団長室から追い出された後、私はどれくらい放心してたんだろうか?

 あまり長い間ではなかったのは確かだ。何しろ、ここは騎士団のトップに立つ団長の部屋の前。しかも、そのトップがいきなり変わったんだから、そりゃ混乱するわ。したがって、団長室を出入りする人数はいつもの倍以上。そんなところでぼーっとしてたら、小突かれ、押しのけられ、押しやられ……気が付いたら、廊下の端っこにきてた。


 ……何してんの私。


 手に持ってるのは、やや皺のよった辞令の書かれた紙。

 これ、確か配属された隊長のところにもってくやつよね。でも、銅の二十一って、そんなの聞いたことないんだけど。

 治癒師の養成所を卒業した後、私が最初に配属されたのは銅十五小隊だった。ちなみに貴族の場合は銀スタートだ。だから、銅ランクの事はある程度はわかる。その私がきいたことのない、あるはずのない二十一って一体、どういう事なんだろうか?

 しかし、考えてばかりいても仕方がない。

 そう思って向かったのは、懐かしい銅ランクの為の騎士団棟だ。二年前までは、私もここにいたんで、大体のことはわかる――んだが、小隊ごとに与えられる待機や作戦会議の為の部屋を回っても、やっぱり二十一なんてない。

 仕方なく、その辺を通りがかった人に聞いてみる。


「……は? 二十一? あんなところに何の用だ?」

「え? あるんですかっ!?」


 質問したのはこっちなのに、つい聞き返してしまった。


「あるから聞いたんだろうに……って、あんた、シエルか?」

「え、ええ。そうですけど、貴方は?」

「覚えてないかな、あんたが最初に配属されたときの隣の小隊にいたんだよ」


 そういえば、なんか見覚えがあるような、無いような……当時は配属先の小隊になじむのに必死で、他の小隊のことまで気が回らなかったんだよね。


「すみません、あの頃はとにかく余裕がなくて……」

「いいよ、きにすんな。治癒師とはいえ、こんなむさくるしい男所帯に若い女の子が放り込まれたんだから――まぁ、そのおかげで俺はあんたを覚えてたんだけどな」


 戦闘職とは違い、治癒師には男女の縛りはない。けど、わざわざ討伐騎士団付きになろうなんて女性はそう多くはない。私も、自分以外には数人しか知らないからね。


「ありがとうございます。で、ですね。またこっちに舞い戻ってくることになったんですが、その配属先が二十一小隊でして……」


 そういったとたんに、その人はものすごい渋面になった。


「あんなところに配属なんて、シエル。あんた、一体、何をやらかしたんだ?」

「なにもしてませんよ!」


 嘘じゃない。銀から銅への降格とか、あるかどうかもわからない小隊への配属とか、そんな目にあうような心当たりなんか、ほんとに何もないんだから。


「やらかしちまった連中は、大体そういうんだ……ああ、二十一だが、あんたが銀に上がった後にできたんだよ。隊室はあっちだ」


 そう言って教えてもらったのは、確か倉庫があったはずの方向だ。


「棟内じゃないんですか?」

「生憎とここには空いた部屋がなくて――って、建前でな」


 建前って……だけど、確かに空き部屋はたくさんある。つまり、そんな見え見えの嘘を吐いてまで、ここを使わせたくなかったってこと?

 どうしよう、不安しかなかったところに、さらなる爆弾をいただいてしまった。

 思わず眉毛がハの字になる私に、彼はかわいそうなものを見る目になる。


「……何やったかは知らんが、あの頃のあんたを知ってる俺としては、あの連中付きになるほどひどい事だとは思えん。もし、何か困ったことがあって、何をどうやってもダメそうで、他に心当たりがなかったら……相談しに来てもいいぞ? 助けになってやれる保証はしないが」


 何、それ。つまり、基本的に役には立てないって事じゃん。けど、なんというか――その気持ちはありがたい。


「ありがとう――ボルグ、さん?」


 もしかして、と思いながらも、記憶の片隅にかろうじて引っかかってた名前を呼ぶと、彼は少しだけ笑ってくれた。


「残念。俺の名はホルグだ。ってことで、頑張ってこい」


 エールをもらった。それ自体はうれしいんだけど……この先に待ってるのは、そういうのが必要ってことだよね?


 一体、どんなところなんだろう。その二十一小隊ってのは?



 ホルグさんに教えられた場所に向かうと、ホントに倉庫の一角に、大急ぎで、且つものすごく適当に作りました! といった感じの部屋ができていた。

 一応、ドアはあったんでノックすると、めんどくさそうな声が戻ってくる。


「誰だー? 金ならねぇから無駄足だぞー?」


 借金取りじゃねぇよ! っていうか、ここ(騎士団敷地内)まで借金取りが来てるの!?

 いやいや、まさか。冗談だよね? っていうか、冗談であってほしい。

 覚悟を決めて、ドアを開く。その先にあったのは……。


「あー? 何だ、ねーちゃん。部屋ぁ、まちがえてねぇか? ここは倉庫じゃねぇぜ」


 汚い――大事なことだから、二回言う――ものすごーくっ、きったないっ! 部屋に五人の男がたむろしていた。

 今すぐ、ここを掃除したい気持ちが怒涛のように湧きあがってくるが、それは一旦、横に置いて。

 まずは、基本的な確認事項に入る。


「……ここ、二十一小隊、ですよね?」

「ああ? そうだが、何の用だ?」


 五人いるうちで、私から見て一番近くにいた青い髪の男性。この人が先ほどから、受け答えをしている。声からして、最初に応じたのも彼だろう。

 他の四名は、赤髪、茶髪、金髪、銀髪と、きれいに色が分かれていた。ちなみに『きれい』という表現が使えるのはそこくらいで、男性たちも部屋と同様に小汚……ゴホンッ、むさくるし……エッホン……えっと、大変にくたびれた様子でいらっしゃる。

 そのレザーアーマー、前に手入れをしたのはいつですか? そっちのローブの人、それって洗濯したことあるんですか? 壁際に無造作に積まれてるプレートアーマーですけど、錆まくってませんか? 防具って、騎士にとって命綱でしょ? それを、なんでそこまで無頓着でいられるわけっ? 

 それに何より、それらを着てる本人達。風呂に入ったのは、何日前ですかっ? ろくに窓もない元倉庫なおかげで、室内の空気がよどみまくってます。男くさいのにはある程度の耐性があるけど、これはもうそんな段階を通り越して悪臭です!

 突っ込みたいことが山ほどあるし、あまりの臭さに無意識に口呼吸になっちゃってるし。

 それでも、やるべきことはやらないといけない。


「これ、辞令です。本日より、銅ランク第二十一小隊専属治癒師を拝命しました」

「……は?」

「シエルと言います。よろしくお願いします」


 一気にそう言ったら、何でだろう。全員が、驚愕の表情になる。


「俺らに治癒師っ? マジか? ……おい、パラン、それを見せろっ」


 その中でも、一番奥に座っていた紅い髪の人の命令で、青髪が私の手から辞令書をひったくる。

 この人、パランさんっていうのか。てか、こっちが名乗ったんだから、そっちの面子も紹介しなさいよ。

 けど、そんなことにはお構いなしに、赤髪の人は渡された辞令書を食い入るようににらんでるし、他の人たちもその周りに集まって同じ様にしてる。その様子からして、この人がここの隊長っぽいんだけど、名前は何とおっしゃるのでしょうか……?


「……確かに、書いてある、な……」


 一回読んだだけでは信じられないとでもいうように、何度も何度も、辞令書の文面に目を走らせた末に、ぽつりとつぶやいて――。


「お嬢ちゃん。あんた、どんだけヤバいことをやらかしたんだ?」

「何もやってませんっ!」


 なにこのデジャヴ。思わず叫んじゃったじゃないの。



 新しい職場での顔合わせは、そんな風でごったごたで始まりはしたけれど、それでも少し経てば、お互いに冷静さが戻ってくる。


「あー、とりあえず座ってくれ」


 隊長さん(だと思う)がそう言って、椅子を勧めてくれたんだけど……座る前に、ちょっと拭いていいかな? なんとなくだけど、口にはあまり出したくない感じの物体が乾いてこびりついてる気がする。もしかして、隊室でお酒とか飲んでないよね……って、隅っこに空瓶が転がってますね。うん、私の想像はきっと間違ってない。

 雑巾なんて見当たらなかったんで、仕方なく持っていたハンカチを敷く。お気に入りだったんだけど、これ、もう廃棄だな……。


「……」


 私の行動をみた隊長さんが、ちょっと気まりの悪そうな顔になる。汚いってのはわかってるみたいだ。それも、わざとそういうのを持ってきたわけじゃなく、どこもかしこも汚すぎて感覚がマヒしてたのかもしれない。

 その事にちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、ね――同情しつつ、テーブルを挟んで正面に座ると、『どうぞ』って感じで、にっこりとほほ笑んでやる。


「あー……ゴホン。俺が、この小隊のリーダーのアドムだ。こっちの青い髪のはパラン。茶髪がメレン、金のがザハブで銀がサーフェスだ」

「治癒師のシエルです。今日からこちらにお世話になることになりました。よろしくお願いします」


 あちらから名乗ってもらえたんで、こっちももう一度名乗り直す。

 しかし、えらい簡単な挨拶だな。普通は、各々の役目というか、得意な武器とかも教えてくれるもんなんだけどなぁ。

 隊長のアドムさんは防具を身に着けてない。ってことは、あの錆だらけのプレートメイルがこの人のかな? マジシャンらしい銀髪のサーフェスさんだけがローブを着てて、他の三名はレザーアーマーだ。


 三年も騎士団付きの治癒師をしてると、その人の装備を見ただけで大体の見当がつくようになった。パランさんはアーマーの形状からしておそらく弓、ザハブさんは腰ベルトに剣を引っ掛ける金具が二個ついてるってことは双剣遣いだろう。メレンさんはちょっと迷ったけど、部屋のプレートメイルが置かれてるとは別の隅っこにメイスが転がってるから、おそらくこれだ。で、隊長は防具の横の長剣が獲物だろう。ああ、サーフェスさんはなんとなくだけどワンド(短杖)かなって気がする。

 ちなみに私は、スタッフ(長杖)遣いだったりする。何の飾りもないまっすぐな棒状の武器だ。任務の目的地が(ゲートから)遠かったりした場合、杖にもなるし、たまに周りの騎士さんたちをすり抜けてきたのが居ても、これで殴って逃げる隙を作れるんで重宝してます。


 ……で?


「ええと……?」


 まさかこれで終わりじゃないよね? 大事なことわすれてない?


「なんだ?」

「前の治癒師の方の記録を見せていただきたいんですが……?」


 そう、これが重要なんだよ。

 治癒術というのは、単に傷を治すだけじゃない。毒や麻痺を受けたら正常な状態に戻せるし、混乱や気絶、魅了なんかの精神異常も解除できる。それから、術師の魔力量や技量にもよるけど、つぶれた眼球を再生したり、ちぎれた手足をくっつけたりもできたりする。

 内蔵系の病気以外ならば、ほぼ万能――だけど、落とし穴というか、注意しないといけないことがあるんだ。


「はぁ? 記録?」

「ええ。付けてらしたと思うんですけど……あれがないと、今後の治癒の方針が決められません」


 なんでかといえば、一言でいうなら治癒術というのは、その人の元々持っている自然治癒力を、外側から魔法で強制的に爆上げするものなのだ。勿論、そのために必要な体力その他は、治癒師の魔力が肩代わりするから、本人には負担はほぼ無い。それはとってもいいことに見えるが、落とし穴はここにこそあるんだよね。


「どの方が、どれくらいの頻度で、どの程度の治癒を受けられていたか。それを知っておかないと、次の時の治癒術の加減がわかりません」


 強制的に治癒力を上げるってことは、それをあまり多用すると、元からあった力が弱まる可能性がある。そうなると、治癒術を使わない場合の怪我――例えば、ちょっとしたことで指を切ったとか――が、非常に治りにくくなる。場合によっては、化膿したり、もっとひどいとその部分が壊死しちゃったりする。これを自然治癒力不全症――略して「治癒不全症」という。

 万が一にもこの症状が出てしまった場合、数か月、或いは数年。治癒術を受けず、できるだけ怪我をせず、体の持つ自然治癒力が元に戻るのを待つしかない。騎士としては、使い物にならなくなる、ということだ。

 人によって許容量の違いもあるが、治癒師としてはできるだけ過剰な術の使用は控えたいと思うのが当たり前で、そのために必要なのが過去の記録(治癒師ならみんなつけてる)なのですよ。


「……そんなものは無ぇよ」


 そんな私の説明に、答えたのは隊長ではなく青髪パランさんだった。


「はい? ない?」

「ああ。元々、うちの小隊には治癒師なんざいねぇ。だから、記録も無ぇってことだ」

「……は? 治癒師が、いない……?」


 どういうこと? 小隊には必ず一人、専属の治癒師が付く。これは金だろうが銅だろうが同じだ。じゃなかったら、怖くて魔物の討伐になんか行けないじゃない。


「元々が、うちの隊はなんだかんだではじき出された連中が集まってできたもんだ。だから番外の二十一で、そこにわざわざ貴重な治癒師なんざ、つけてもらえるわけがねぇだろ」

「え……で、でも、怪我とかしますよね?」

「そん時は、そこにいるメレンが応急処置をしてくれんだよ。それでも間に合わねぇなら、戻ってから他の小隊の治癒師に頼む」

「……」


 思わず、絶句してしまう。

 なにそれ……そんなの信じられない! だけど、他の人たちは「うんうん」って感じで頷いてる。ってことは、これって本当の事?


「ち、ちなみに、ですけど、その『他の隊の治癒師』に癒してもらったのは、何方でいつ頃の事しょう?」

「……何時、だったかな?」

「俺なら、半年くらい前っスね」

「俺は……一年は経ってない、くらい」

「俺は記憶にねぇな。裂けたくらいなら、メレンに縫ってもらやぁ済むし」

「俺は二か月前ですね。脛んとこ思いっきり噛まれて骨がバッキバキに折れて、さすがに自分じゃどうにもできなくて。仕方ないから頼み込みました」


 上から順に、アドムさん、サーフェスさん、ザハブさん、パランさん、メレンさん……特にメレンさんのケースには涙が出そうだ。なんてひどい勤務状態なのよ、これ!

 だけど、きっと。

 この人たちは、さっきやってきたばかりの私の同情なんか欲しくないだろう。


「わかりました。つまり二か月前のメレンさん以降は誰も治癒を受けていない、ということですね」


 不全症の予防措置として、定められた期間に一定の回数を超える治癒術を受けた場合、検査をしなければならないのだが、そこは気にしなくてもよさそうだ。


「では、次に。今、怪我をしてる人がいれば教えてください」

「はぁ? どういうことだ?」


 アドムさんが、びっくりしたように聞き返してくるが、私としてはこれは当然すべき質問だ。


「治すんですよ、当たり前でしょ?」


 同情じゃない、これが私の仕事だ。


「治すって……そういや、お嬢ちゃんは治癒師だったな」


 お嬢ちゃんじゃなく名前で呼んでくれ、と言いたいが、鼻で笑って流されそうな気がするんで、そこは突っ込まずに。


「現時点で、怪我をしてるのはどなたですか?」


 もう一度、同じ質問をすると、皆の目がパランさんに向いた。

 そういえば、『縫えばいい』ってさっき言ってたな。


「パランさん、見せてください」

「ああ? 治癒なんざいらねぇよ」

「いいから見せてください。それを判断するのは私です」


 強めに言うが、それでもパランさんは動かない。まぁ、予想はできてた。なので、隊長であるアドムさんに目をやる。


「パラン。お嬢ちゃんが気の済むようにしてやれ」

「ちっ……ほら、よ」


 流石に隊長の言葉は無視できないようで、渋々上着を脱ぐ。

 その下のシャツもはだけて――見せてくれたのは、右の胸からわき腹にかけて。包帯を巻かれてはいるが、わずかに血がにじんでいて、それも解くと肉の盛り上がり切っていない傷口が現れた。


「この傷を受けたのは、何日前ですか?」

「忘れた」


 そうですか。では、他の人に聞きますね。


「……これ、縫ったのはメレンさんですね。非常にうまく縫えていると思います」

「お? そ、そうか?」

「ええ。ちなみに、何日前ですか?」

「五日は経ってない、かな」


 それでこれ、か。改めて『探査』をかけて体の様子を調べたところ、臓器や骨に異常がないようだけど、かなり痛みがあるはず。

 ……ああ、そうか。だから、お酒が必要なのね。

 全く、男ってのはどれだけやせ我慢が好きなのよ。


「ありがとうございます――では、パランさん。体の力を抜いて、楽にしてください」

「治癒なんざいらねぇ。ほっときゃ治る」

「私は、これでお給料をいただいています。給料泥棒と言われたくありません」


 押し問答をしていても始まらない。有無を言わさずその部分に手をかざす。


 治癒術は人によって効果が微妙に異なる(その人の魔法耐性値でちがう)ので、まずは最も初級の術を流してみる。


「マナよ、この手に集いて、かの者を癒せ。『ヒール』! ……あら」


 見る見るうちに内部から肉が盛り上がり、それに押されるようにして縫っていた糸が下に落ちる。


「おお! やっぱりすごいなっ」


 無邪気な声を上げたのはメレンさんで、パランさんは仏頂面のままだが、傷はきれいにふさぐことができた。

 でも、初級って、ここまで効果があったっけ?


「……ちっ」


 もう一度舌打ちの音が聞こえるが、良いんですよ。別にお礼の言葉とか求めてません。自分の仕事をしただけです。


「他に怪我をされてる方は?」


 念のためにもう一度尋ねるが、どうやらパランさんだけだったらしい。

 この時、私は気が付くべきだった。治癒師のいない小隊で、一人しか怪我人がいない事の不自然さってやつに。

 だけど、私もこの新しい状況にまだ適応しきれてなかったこともあって、ついうっかり見逃してしまってたんだよね……。
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