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第三十五計(後) 連環計《れんかんのけい》… 敵と正面からは戦わず、第三者と対立させます

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 長い一日だった。
 勝利に沸く街での歓待を振り切って城へと戻った僕は、ベッドへと潜り込む。
 うとうとしているうちに、瞼の裏に映ったのはこのステータスだ。

 〔カリヤ マコト レベル35 16歳 筋力100 知力96 器用度95 耐久度91 精神力106 魅力75〕 

 レベルの半分が端数切り捨てで、精神力に加算されていた。
 このまま朝まで眠り込んでしまおうと思ったが、部屋の戸を叩く音に、何事かと起こって飛び起きる。
 廊下を覗き込むと、そこには城に泊まることを許された、魔法使いのレシアスと僧侶のロレンが立っている。
 聞けば、城内にアンデッドが現れたらしい。
「どんな?」
 ロレンが、眠そうな目をしばたたきながら答えた。
「何人かの目撃者の話を総合すると、幽霊《ゴースト》のようなのですが……」
 有無を言わさず、僕は城内の探索に駆り出されることになった。
 ロウソクを灯して長い回廊を歩いていくと、その奥で佇む白い影を見つけることができた。
 背の高い、幽霊の割には恰幅のいい、初老の男だった。
 さっそくロレンがターン・アンデッド生ける屍の退散で追い払うかと思っていたら、その口から洩れたのは神への祈りではなかった。
「陛下……」
 それは先王、つまりディリアの父が幽霊となって現れたことを意味していた。
 幽霊は、凄まじい速さで廊下を飛んでいく。
 追いかけていくうちにロウソクの灯は消え、僕たちはいつしか中庭に出ていた。
 ふと見上げると、城の上にぼんやりと浮かぶ先王の姿がある。
「あ……」
 僕が指差す先で、それはロウソクの灯をひと吹きしたように消えた。
 
 捜索を諦めた僕は、夜明けまで部屋で眠ってから、朝礼が行われる大広間に行った。
 ディリアが姿を現すと、レシアスが懸念を述べた。
「このままでは西家が、開き直って本当に謀反を起こしかねません」
 リカルドの兵が城を襲ったのを知った西の大貴族が、すっかり怯えてしまったのだ。
 ロレンが言葉を継ぐ。
「かといって、リカルドの調略についての注進に及んだ以上、手を差しのべるのが道義に適っておりますかと」
 要は、西の国からの攻撃と、リカルドからの脅迫から助けてやればいい。
 それならば、打つ手はある。

 三十六計、その三十五。
 連環計れんかんのけい… 敵と正面からは戦わず、第三者と対立させる。

 たとえば、西の国が見捨てられない誰かを、他の国が人質に取ってくれればいいのだ。
 こういうとき、アンガに頼むと仕事が早い。
 さっさと西の国から適当な人物を連れ出して、しかも助けを求める手紙まで書かせてしまったのだ。

 ……リントス王国の元宰相・リカルドとは手を切ってください。

 当然、西の国からは関与を疑う抗議の手紙がその日のうちに来たが、本当に事情を知らないディリアは、正直に書いてやる。

 ……誘拐事件を憂慮はしておりますが、我が国との関わりはありません。

 これで、しばらくは西家も大人しくしているはずだ。

 僕はその晩、幽霊に会うために、心当たりのある場所へ向かった。
 城の隅にある長い長い階段を上って、僕がたどり着いたのはディリアの空中庭園だった。
 ここを知っているのは、この世にあと、ひとりしかない。
 夜闇の中に花々をぼんやりと照らしている白い影……名前も知らない、先王の幽霊だった。
 僕は恭しく、ひざまずいて尋ねた。
「何か、僕たちに伝えたいことがあるんですね?」
 返事はなかった。
 辛抱強く待っていると、いきなり、僕の背中を寒いものが走る。
 エナジードレインだ、と気付いたとき、僕は必死で先王の幽霊……いや、不死の王ノーライフキングを見据えた。
 悪寒が失せていったのは、精神力が100を超えていたからだろう。
 僕はすかさず、魔法解除ディスペルマジックの呪文を唱える。
 魔法を封じて先王と対峙することができたのは、白々と夜が明けていたからだ。
 一番鶏が鳴くと、先王の姿はうっすらと霞んできた。
 やがて、空中庭園には僕だけが残される。
 ぽつりと漏れた、微かな声と共に。

 ……ダンジョンの底へ。
 
 それは、僕への遺言のようにも聞こえた。

 こっそり入り込んだ空中庭園から抜け出した足で、僕はディリアの朝礼に出た。
 廷臣たちや貴族たちが居並ぶ前にディリアが現れると、何食わぬ顔で恭しく頭を下げる。
 再び顔を上げたとき、僕は唖然とした。
 東西南北の大貴族……麻雀四家の主たちによって、ひとりの男がディリアの前に突き出されていたのだ。
 ディリアはその男に、満面の笑みを浮かべてみせる。
「よく戻ってきました、リカルド」
 西の国は、侵攻を受けるかリカルドの脅迫に屈するか、どちらかを西家に選ばせたのだろう。
 西家は他の三家に働きかけてリカルドを探し出し、拘束したのだ。
 だが、そこでもうひとり、懐かしい人物が現れた。
 一見、どこの幼い令嬢が紛れ込んのかと思ったが、よく見れば西北の国の使者だったリンドだ。
「今ごろはアンガが西の国に人質を送り返しておる頃じゃが……はてあの娘、名を何と言ったか」
 アンガは大胆にも、人質をリンドに預けていたのだった。

 だが、捕らわれの身となっても、リカルドはリカルドだった。
「もちろん、解放していただけるのでしょうな……王位継承権をお持ちでないディリア様」
 決定を追認していた元・宰相を裁ける者は、誰もいないという理屈になる。
 ディリアが、その身分にふさわしい相手と結婚しない限り。
 リカルドは、いつもの調子でまくし立てる。
「しかし、目の前にいらっしゃる東西南北の大貴族には、年頃の男子がおりません。外国からの養子を取ろうにも、その親となるべき国王は……」
 夕べ、幽霊になって現れた。
 さらに、リカルドは勿体をつけて一同を見渡す。
「残るは、これまで何人か現れて化けの皮が剥がれた、つまりはこの世のどこにもいない……」
 その言葉を遮った者がいた。
「救国の士は、僕です」 
 異世界召喚者の、カリヤマコトだった。
 リカルドは、呵々大笑する。
「それは、名乗ってなれるものではありません……どうしてもとおっしゃるなら、ディリア様、カリヤ殿に、この国難を救っていただきましょう」
 望むところだった。
 ディリアはすぐさま、廷臣たちに申し渡す。
「カリヤに、破邪の剣を」

 こうして、僕は再び、王家に伝わる破邪の剣を手に、ダンジョンへと潜ることになった。
 ドラゴンがダンジョンへと飛び去るのを確認したオズワルは、城に戻るなり、馬上で僕を背中に乗せて後を追った。
 後を馬でついてきたレシアスは、ダンジョンを前に言った。
「いかにドラゴンといえども、飛び続けることはできない。必ず、ダンジョンの底へと戻ってくる。本当に破邪の剣の持ち主としてふさわしい救国の士であれば、これを倒せるはずだ」
 これは、ディリアとリカルドの一致点でもあった。
 ただし、これには期限があるが、その辺りは、ダンジョンの前で合流したロレンが詳しい。
「ディリアとの結婚には、実績だけでなく、それ相応の品格も求められます。それが充分であるかどうかは、貴族と大貴族たちの評議によって決められます」
 その評議が終わるまでに、ドラゴンを倒さなければならないのだった。
 アンガが口を挟んでくる。
「カリヤ殿がディリア様と結婚するのに異論のある者はありますまいが、それで結論が出ても困るのです」
 あまり評議が早く終わると、かえって時間がなくなるのだった。

 後を追ってきた悪党のロズと盗賊のギルは、さっさと片付けようぜと互いに言いながら、ゴブリンなどの小さなモンスターを引き受けてくれた。
 第34層からいったん退却したドワーフのドウニは、その屈辱を晴らそうとするかのように、トロールやオーガーなどの巨体を片端から叩き伏せていく。
 ダンジョンの一番大きな異変は、心の重苦しさだった。
 誰に対するものか分からない、どす黒く得体の知れない感情が、身体の底から湧き上がってくる。
 いつの間にか僕の隣にいたエルフのターニアは、それを「怨念の精霊グラッジ」の働きによるものだと言った。
「私に任せて……そんなカリヤ、見たくないから」
 澄んだ歌声がダンジョンの中に響き渡ると、心の中に溜まった塵芥《ちりあくた》のようなものが吹き払われていく。
 だが、気が付くと、ターニアの姿も消えていた。

 ダンジョンを埋めつくす、羽の生えた小鬼《インプ》たちと戦ったのはフェアリーのポーシャとレプラホーンのハクウだ。
 光り輝くポーシャの羽の目くらましと、ハクウの撒き散らす魔法の粉で、小鬼たちは死角を封じられてダンジョンの壁にぶつかり、自滅していく。
 そして、第34層で出会った相手を前に、オズワル、レシアスとロレン、そしてアンガは立ちすくんだ。
 不死の王ノーライフキング……先王が、不敵に笑ったかと思うと、骨と皮ばかりの腕を振った。
 レシアスの「魔法解除《ディスペルマジック》」が、「死の呪文デススペル」を無効化する。
 そこへ歩み出たロレンが、先王に恭しく一礼して告げた。
「死の国のお言葉は通じないかもしれませんが……心ゆくまで、私がお話を伺いましょう」
 魔法使いと僧侶の背後を案じたのか、アンガが短剣を構えて辺りを見渡す。
 オズワルは先王を前に鞘へ収めた大剣の柄を押さえながら、僕を促した。
「頼む……ドラゴンを」

 第35層は、単純なものだった。
 大きな洞窟に、大きなレッドドラゴンが座って、僕を見つめている。

 〔レッド ドラゴンが あらわれた? どうしますか?〕 

 こんなウィンドウが目の前に現れたら、答えはひとつだ。

 〔倒す〕

 僕が破邪の剣を抜き放つと、ドラゴンはゆっくりと身体を起こして、焦げ臭い息をついた。
 息を吸う、次の瞬間が勝負だ。

 ……ドラゴンブレスを吐く前に!

 呼吸を合わせて、破邪の剣を振り下ろす。
 だが、ドラゴンの呼吸も早かった。
 渾身の力で吐いた炎が、僕の視界いっぱいに広がる。

 ……僕もおしまいか? これで。

 自分の死を「GAME OVER」の文字で茶化そうかと思ったときだった。
 破邪の剣が切り裂いた炎の向こうには、ドラゴンの巨大な身体が真っ二つになって横たわっていた。
 その向こうには、開け放たれた地獄門がある。
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